第28話 恐怖
クエストボードに貼られた俺の手配書。報奨金も以前より跳ね上がってやがる。
今はなき髭面の俺が御大層に描かれ、なかなか満足のいく出来の手配書だ。
「ケケケ。俺のサインも追加で書いてやろうかしらね……」
「バカか、お前は!ふざけている場合じゃないぞ。もうこんなところまで手配書が回って来ているんだ。逃げ切ることなんて出来ないぞ!!」
声を小さく落としてヴィーが得意の説教をたれてくる。
んなもん、やってみなきゃ分からんだろ。
俺は、ヴィーの言葉を聞こえないふりしてやり過ごす。
ついでに、心配そうに俺の顔を伺うエルには、ニッカリとスマイルをプレゼントしておこう。
そんな内輪でごちゃごちゃしている間に受付ちゃんが何やら思い出したように声をあげた。
「あっ!もしかして?」
「おお!思い出したのか?」
「たぶんですけど……一年ほど前に移住してきたドワーフの鍛冶師が、たしかドゥーイと言う名前だった気がします。キルトさん!ちょっと、キルトさんってば!」
受付嬢は、群れる冒険者の中からキルトと呼ばれる男を呼んだ。
キルトと呼ばれた男は、おそらくパーティー仲間と飲んでいたらしく、ジョッキに入ったアルコールを一気に飲み干すと俺たちの元へとやってきた。
その出で立ちは戦士然としており、俺よりも身長が高く体格はがっしりとして剣を腰にぶら下げている。
「なんだ?」
見た目通りぶっきらぼうで野太い声で受付に話しかける。
「キルトさん、前言ってたじゃないですか。ドワーフの鍛冶師の話。この方たちドゥーイって言う鍛冶師を探しているらしいんですけど……」
「ああ。確かに、あの鍛冶師ドゥーイって名前だったな」
それを聞いてエルは、嬉しそうに微笑んだ。
「よかったぁ、いてくれて」
しかし、それに水を差すように野太い声が重なる。
「あの爺さん。かなり偏屈だぞ。会うときは気を付けるんだな……」
「忠告かたじけない。しかし、偏屈とはまたドゥーイ殿らしい……まったくお変わりがないようだな」
どうやらドゥーイが偏屈ってのは皆の共通認識のようだ。
会うのなら愛想の良い奴がよかったぜ……
キルトにそのドゥーイの住処を聞いて、一応の礼をしていた時、ギルド内が静まり返った。
さっきまで酒を飲み気炎を上げていた冒険者たちが一同に開け放たれた扉を見ていた。
「!!!!!!!!!」
俺もそいつを目視するや否や俺の体中から冷や汗が噴き出て、震えが止まらなくなった。
「お、おい。あいつ……」
固まる俺の隣でヴィーも、その男に気づく。
「え?……ああ、あの人!」
少し遅れてエルも男の姿を確認した。
「あれ?知り合いですか?」
俺の様子に受付嬢が話しかけてきた。
知り合いなんてもんじゃねえ!!
声にならない声が呻き声として喉の奥から漏れる。
「あれが噂してた、新人の子ですよ……ここに着くなり、亜空間から大量の魔物を取り出すわ、A級の冒険者を打ち負かすわで、一躍アンスル冒険者ギルドの有名人ですよ。でも、すこし変わってるけど良い子なんですよ」
あれが、良い子なもんか……あいつと対峙した俺には分かる。
あいつは化け物だ。
ゆっくりと男が俺の方に近づいてくる。
俺の心臓はやたらめったらバクバクと動き回るくせに、手足は感覚がマヒしたかと思うほど冷たく感じる。
間違いねえ。俺の仲間を殺した謎の男だ。
「あぅ……あっ……」
女たちが下手なことをしないように、隷属の首輪を発動しようとするが、恐怖で上手く口が回らない。
男が俺の真横を男が通るさい、一瞥をくれる。
バレたかっ!!?
しかし、男は特に俺には興味を示さずそのまま受付のカウンターに歩みを進めた。
「カケルサン キョウハ ドウシマシタ?」
受付嬢が何やら男に話しかけるが、今一つ頭に内容は入ってこない。が、男の名前がカケルだということは理解できた。
と言うか、ずっとカケルの名が頭にリフレインしていた。
「キョウハ イライタッセイノ ホウコクニ キタダケデス」
カケルと呼ばれた男が受付嬢と楽しそうに話をしている。
ほれ、さっさと逃げろ!!今がチャンスだぞ!!!
俺の意思を裏切るように、恐怖から体がその場を動こうとしてくれない。乾いた喉が張り付いて唾も飲み込めない。
なんだ、このくそったれな体は!!死にかけたことなんて何度もあるだろ!!しっかりしろ!
自分自身に喝を入れるが、今まで俺はどうやって歩いたのかさえ忘れちまっていた。
そんな俺を不審に思ったのかカケルが俺の方を振り向こうと動き出す。
まずい……
ションベンちびりそうなほどびびった俺の手をエルが引いてくれる。
「いきましょう」
一瞬エルが女神のように見えちまったのは内緒の話だ。
「あ……ああ」
俺はそれだけしか言葉を発することで精一杯だった。
エルは受付にお礼のお辞儀をして、堂々と冒険者の間を通ってギルドの外へ連れ出してくれる。
そのまま、ガキの手を引く母親のように俺を引っ張って人気のない路地裏に連れて行ってれた。
俺は野ざらしにされて所々腐っている木箱の上に腰を下ろしたところで、やっと呼吸のやり方を思い出した。




