第26話 朝飯と変装
ま、こうなるわなぁ……
俺はエルの手を摑まえ、宙ぶらりんの形で俺の場所までエルを引き上げてやる。
「お前は無法都市の時といい、ほんと落ちるのが好きだなあ……」
「そんなことはないけど……」
「ほれ、これなら届くだろ」
俺は子供を高い高いする要領で、エルを白頭雉の巣まで抱えてやった。
「は、はずかしい」
「誰も見てねえって。それよりも早く取れよ。さっさとしねえと落っことしちまうぞ」
「鳥さん、ごめんなさい。二つもらいます」
「ケケケ。欲張りめ」
たぶんヴィーの分なんだろう。卵を二つ手に持っている。
「ち、ちがいますよ!これは……」
「わかってるって。ヴィーの分なんだろ。からかっただけだ。それより、黙ってねえと舌嚙むぞ」
「えっ!!!キャァァァアアーーーー!!!!!!」
俺は、いつぞやのようにエルを肩に担いで、木の枝を飛ぶように降りる。
登るより楽ちんだ。
ズン!!
最後の枝から一気に地上に飛び降りた。
「卵、割っちゃいねえだろな?」
「だ、だいじょうぶ……」
「なら、良しだ。ほれ、降りる事なんて心配しなくてよかっただろ?ケケケケ」
俺は、エルを肩からひょいっと降ろしてやる。
乱暴な扱いに非難めいた目線はあるが、小さくエルは「ありがとう」と礼を言った。
俺はエルの目を見るのが気恥ずかしくなって視線を地面に下ろす。
すると、なにやらエルの足元を這いずる影が……
俺はエルの足元を目掛けて大鉈を振り下ろす。
「ひっ!!な、なにするんですか!!」
さすがのエルもこれには珍しく怒ってみせた。
「違う、違う。見てみろ。同業だ。こいつも卵を盗みに来たんだろ」
そこには俺の大鉈で首を切られた大マムシが未だに胴体をグネグネとくねらせていた。
「おお、勿体無ぇ」
俺はマムシのシッポを掴んで、頭の上に持ってきてやると切り口から流れ出る血をそのまま口に流し込んで飲み込んだ。
「ひぃ~……気持ち悪い……です」
俺は口の端についたマムシの血をぐいっと腕で拭う。
「エルもどうだ」
未だに蠢く首なしマムシを俺はエルの目の前にぶら下げた…………
◇
ヴィーはちゃんと言いつけ通り、最初にいた場所で良い子に待っていた。
俺は戻って早々、ヴィーに頭を下げる。
「すまん、ヴィー……」
「いったいこれはどう言うことなんだ?」
ヴィーが困惑して俺に尋ねる。
まっ、そうだろう……
「んー!!すごいっ!!力が漲ってくる!!これが滾るって感じなのね!!!んーーー!!」
さっきから目がバッキバキにキマッたエルがあっちこっち歩き回ってるのだ。
「な、何をしたんだ?」
「ちと、大マムシの血を……な?」
あの後、大層エルが嫌がるもんだから、「あぁあ、これだから貴族のお姫様は……」と挑発してみれば、エルは「むう」っと頬を膨らませてマムシの血を飲んだのだった。
「なっ、てお前……。大マムシの血なんて、それこそ不能になった老人が使う精力剤の原料だぞ。それをエルに飲ませたのか!?」
「おっ!よくご存じで!!さっすが、博識の騎士様だぜ。かっこいい!!素敵!!」
「褒めるな!!あぁ……おいたわしや、エル様」
ヴィーは悲壮な目でエルを見る。
当の本人であるエルは落ち着きなく自分のシッポを追いかける犬のように同じところをグルグルと回っていた。
「元気で良いじゃねえか」
「いいわけあるかーーっ!!」
「アハハハ。ヴィーったら何を怒ってるの?私、こんなに元気なの初めてよ。最高の気分だわ。…………あら、鼻血?」
エルの形の整った綺麗な鼻から一筋の血が流れて、地面にポタリと落ちた。
「エ、エル……落ち着いてください」
「あぁ……ヴィー、なんだか目が回るのぉ」
「エルッ!!」
大マムシのあまりの効き目に卒倒したエルをヴィーが慌てて抱き留めた。
「死にゃしねえんだから、ほっとけよ」
ジュゥゥゥ……
「おまっ!!エルが大変な時に、何のんきに料理の準備なんてしてるんだ!!」
「朝飯だ。エルも食うよな?」
「食べますぅ」
ヴィーに抱きかかえられたままではあるが、食欲はあるようだ。
俺は熱せられた鉄製のフライパンに卵を落としてやる。
「はぁ……なんなんだ、この状況は……」
一人真面目なヴィーは、頭を抱えてしまった。
「ヴィーの卵、私が取ったのよ」
仲良くフライパンの中に並ぶ三つの目玉焼きをエルが指さす。
その顔は誇らしげで、すこし幼く見えた。
「ありがとうございます」
ヴィーは自分の服の袖でエルの鼻血を優しく拭きながら、微笑んで見せた。
今日の朝飯は白頭雉の卵と、カチカチの乾燥パン。
たいした味付けは無いが、エルとヴィーは美味しい美味しいと笑いながら飯を食っていた。
◇
森を抜け、ヘントン侯爵領が有する広大なフォーン平原を縦断する細い街道を嫌々ながら俺は歩き続けた。
やれ「遠い」だの、「足が痛い」だの不満を垂れながら俺たちは街道をアンスルの町目掛けて進んだ。
ま、ほとんどの文句は俺が言ったやつだ。
しかし、文句言いながらでも人間歩き続けりゃ、いつかは目的地には着くもんだ。
到着したアンスルの町は建物と建物の間が広く取られ、やたらのんびりした印象を受ける町だった。
さぁ、さっそくこれからドゥーイに会うぞって時にエルからストップがかかる。
「あの……皆、その格好で行くの?」
俺とヴィーはお互いの格好を見る。
ヴィーは公爵家付きの騎士丸出しの甲冑姿だし、俺に至っては、公爵令嬢誘拐の手配書が出回っていてもおかしくないのに、いつも通りマシラさん、まっしぐらな格好だ。
「まずいよな?」
「そうだな……」
と言うことで、俺とヴィーは、なんとか見てくれを変えることにした。
ヴィーのヤツは簡単だ。後ろで結んでいた髪を下ろしてやるだけで印象が変わる。さらには御自慢の鎧を脱いで、余った服を着させてやれば万事オッケー……か?
「やっぱ、でけぇな……」
ヴィーは胸が服に収まりきらず、ボタンを三つ開けても、なおパツパツに張ったシャツを着ているのだ。
深い深い谷間が見えてるぞ。こりゃエロい。
「あ、あまりジロジロ見るんじゃない!」
恥ずかしげに胸元を隠すヴィーが、ナヨナヨと怒る。
「隠すな隠すな!余計、変に思われるだろ?もう、見せつけるくらいの勢いで行け!」
「で、出来るわけないだろ!は、はずかしい」
何をモジモジしとるか。
「エルも何か言ってやれよ。隠してたら変だよな?」
「……………………」
エルはなんとも言えない表情で黙ってヴィーを見ていた。
「え、エル?」
その焦点の合わない視線の中に入るようにヴィーは少し腰を折って顔を覗き込むとー
「っは!?な、何?」
エルがこちらの世界に戻ってきた。
「んな、羨ましがるなよ。エルも良い乳してると思うぞ?」
「ち、ちがいます!!それよりも、マシラはどうするの?」
慌てて取り繕うようにエルが俺の格好を気にする。
「おれ?」
「そうですよ。だって……ねえ?」
何やら言い辛そうにエルは言葉を濁してヴィーの方を見る。
「はい。見たまんま完璧に小汚い盗賊ですね」
「そんなこと言われても俺は正真正銘、小汚え盗賊だからなあ……どうにもならんぞ?」
俺は、ぼさぼさの髪の毛をぼりぼりと掻く。
「開き直るんじゃない!その暑苦しい髪を切って、髭も剃れば何とか見てくれは整うだろう。エルもそう思いますよね?」
「ふふふ。ええ、そうね……」
エルとヴィーが手をワキワキ動かしながら俺に近づいてくる。
「いやだ!!これは、俺のトレードマークなんだって!!そうだ、わかった!俺がエルの服を着りゃいいんじゃねか?なあ?そしたら……」
二人は俺の話なんか一切聞かず、いつ取ったのか俺のマジックバッグの中にあった鋏を持っていた。
いったい俺に何の恨みがあるってんだ!
抵抗する俺の背後にヴィーが素早く回り込み俺を羽交い絞めにして、身動き取れなくしやがる。
「くそっ!離せえ!!」
この女めちゃくちゃ力が強え!!腕を振りほどこうとするがびくともしない。
その間にも、エルの奴が鋏をチョキチョキと俺に迫ってくる。
「いやだーーーーーーー!!!やめろーーーーーーー!!!!!」
俺の抵抗の声だけがむなしくアンスルの空にこだました……




