第22話 転移勇者カケル
山田翔は、何の変哲もない高校生だった。
あまりクラスメイトとは馴染めず、いつもどこか他人との距離を感じていたが日々粛々と問題なく高校生活を送っていた。
灰色の日常。それが彼の毎日であった。
ただ時間だけが通り過ぎ、このまま大人になって平凡な日々を送るだけの人生だと、翔は信じて疑うことはなかった。
しかし、その信じていた日々は突如として崩れ去る。
黄昏時の帰路。
公園。
飛び出すボール。
それを追う小さな子供。
迫るトラックのけたたましいクラクションと甲高いブレーキの音……
それは一瞬の気の迷いだったかもしれない。それでも彼は行動に出た。
道路に飛び出し、子供をトラックから守ったのだ。
……異世界物語のありきたりな冒頭のシーン。
死後、異世界の神に認められ、彼は常人ならざる力と魔力、そして、神剣トルーカを手に入れ、異世界へと転移した。
異世界の神からの計らいで、運命の動き出す地、ダコタの森の中に彼は降り立った。
「ステータス、オープン」
現れる数字の羅列。それは彼がこの異世界で活躍するには十分すぎる暴力の数値であった。
「す、すげえ。本当にゲームみたいだ」
どれほどの数値か比べるには比較対象がいない。
それでも千を超える数の列に彼は打ち震えた。
彼の喜びは束の間、森の中から女性の悲鳴があがる。
それは物語を告げる号砲。
カケルは胸を高鳴らせ、悲鳴の元へと駆けつけた。
そこには、倒れる馬と馬車。殺されている数人の騎士。
嗅いだことのない、むせかえるような血と臓物の臭いが充満していた。
ボサボサに伸びた黒髪と髭を蓄えた盗賊のリーダーらしき男が、カケルとさほど年の変わらない少女を羽交い絞めにしていた。
その先には赤毛の女騎士。
「や、やめろ。エレオノーラ様には手を出すな」
「そりゃ、お前次第だな」
盗賊のリーダーが歪んだ笑い顔を浮かべる。
「ぐっ。卑怯者めっ」
女騎士は悔しそうに下唇を噛んで、剣を投げ捨てた。
「ぐへへへ。俺が一番のりぃ!!」
そう言って盗賊らしき男が赤毛の女騎士を殴りつけた。
女騎士はそのまま地面に倒れ込むと、殴りつけた男が覆いかぶさるようにのしかかる。
女騎士が抵抗できないように、他の男が二人その手を地面に押さえつけた。
「やめろっ!!はなせぇええ!」
女騎士は抵抗を試みるが男三人からは逃げ出すことができない。
「いいねえ、いいねえ!!気の強い女が泣き叫ぶ姿はぞくぞくするぜえ」
嗜虐趣味のある男なんだろう。嫌がる女騎士の白い頬を刮ぎ取るかのように異様に長い舌で舐めた。
その顔は抵抗できない女性に明らかに欲情している様子だった。
カケルは自分も知らぬ間に女に跨る盗賊の心臓を神剣トルーカで一突きにしていた。
ズルリと胸を突き刺す剣が抜け、男は下にいた女騎士の上に倒れ込んだ。
遅れやってきた肉と骨を突く、なんとも不快な感触に皮膚が粟立つ。
「な、なんだこの野郎は」
女騎士の手を縛り付けていた二人がカケルに襲い掛かる。
しかし、スキルの成せる技か自然と体が動き、盗賊を瞬く間に切り伏せた。
カケルはこの時、思った。
――ああ、これこそ、異世界もののストーリーの序盤じゃないか!!この女性達を助けることで物語が始まるんだ!!
たった数振りで肉を断つ不快な感触が快感に変わる。
「あ、あなたは……?」
女騎士が立ち上がり、青白い顔で翔に訊ねる。
翔は、やっとここで自分が異世界の言語を操ることが出来る事に気付いた。
それと同時に少し、主人公らしい事をしてみたくなった。
「えっと……俺、助けてよかったですか?」
尋ねられた質問とはズレた回答。
しかし、これが異世界主人公のテンプレートのような気がした。
「もっ、もちろんだ!!エル……エレオノーラ様を助けてくれ!」
「わ、わかった。おい、あんた達。その人を離すんだ」
剣など構えたことのないカケルは見よう見まねで正眼に構えてみた。
何やら小柄で痩せた男が吠えながら、カケルに飛び掛かる。
「ふっざけんじゃねぇ!!仲間殺しておいて俺たちに指図するんじゃねぇ!!」
(そうだ、魔法があった!)
ステータスの魔法欄にあった聞き馴染みのある魔法を迫る男に唱える。
「火球」
瞬く間に男は消し炭となった。
「すげぇ、マジで魔法出ちゃったよ。すげぇ……」
魔法は圧倒的な力を持っていた。
その凄まじさにカケルは打ち震える。
魔法使用の余韻が覚めないうちにリーダーであろう男がカケルに話し掛けた。
「俺たちを見逃してくれればこいつは無傷で返してやる。それにいくらか金をやってもいい。どうだ?あんた別にこいつらの関係者ってわけじゃねぇんだろ?」
おそらく自分が本気を出せば、ここにいる全てを一瞬で殺せることが出来ると確信があった。
「んー、それは交渉?でもさ、交渉ってのは力関係が対等かそれ以上だから出来るとオレは思うんだよ、ね」
そう、人質を殺すよりも早く翔は動くことが出来る。
盗賊の二人が何やらブツブツと話をしている。それを無視できるほどカケルは圧倒的な力に酔っていた。
カケルは再び剣を構える。
「気を付けて!この人スキルッ――」
盗賊に捕まっていた少女がカケルに忠告を飛ばした。
しかし、そのせいで彼女は盗賊に後ろから首を絞められ苦しそうに呻いた。
「やめろっ!!」
自然と体が動いた。目指すのは少女を捕らえる男。
しかし、男の部下が身を挺して男を守る。
火花を散らし剣と剣が交わる。
(こんなもんか……)
達人同士、切り結べば実力が分かるというが、圧倒的な力の差ならば、経験の浅い素人でも相手の実力を計ることが出来るようだ。
神に与えられし神剣は、全てを断つ。
ゆっくりと、確実に、相手の剣をバターの様に切断していく。
死を覚悟したのであろう男は「カシラ!俺たちの夢かなえてくれよ!!」と叫ぶと同時に肩から腰へ切られ、血飛沫が空中を舞った。
カケルは、そのまま少女を盾にする男に向かった。
男の持つ不可思議な形状の剣が、神剣を防ごうと前に出る。
しかし、翔の方が圧倒的に速い。
神剣が男の顔面を捉えた……そう思った時、男が不敵に嗤ったのだ。
「遁逃だ」
そこからは、意味の分からないことだらけだった。
体はピクリとも動かず、ただただ男が少女を連れ去るのを見ることしか出来なかった。
そのあとを追うように女騎士も、カケルに一瞥をくれるだけで森へと入っていった。
それを見届け、さらに時間が経った時、やっと体に自由が戻る。
「クソッ!クソッ!クソッ!クソがよぉぉ!!」
カケルは子どものようにその場で地団駄を踏んだ。あまりの脚力に地面に大きな亀裂が走る。
「あ゛ぁぁ!!なんで、あんなクソ雑魚に俺の物語を邪魔されなきゃなんねえんだよ!面白くねえっ!!ぜってえ見つけ出してやる」
カケルも同じように森に入った。
しかし、頭に血が上ったカケルは、すぐさま森をさまようこととなった。
森の中をただ闇雲に歩いていれば魔物がカケルを襲う。しかし転移者であるカケルにとって魔物程度、物の数にも入らずすぐさま倒すことができた。
死んだ魔物は念のため収納魔法で亜空間へと送り、再び盗賊を探す。
そんな中、カケルは気付いた。
自分には疲労や眠気、空腹といったものを感じることがないことを。
それはカケルにかけられている常時状態異常無効のスキルの賜物であった。
それでも、広大なダコタの森を一人で探索するのは不可能だと理解したのは、森に入って二日後のことであった。
カケルは途中からは森を抜け、人里を探すことにシフトチェンジした。
森の中で見つけた小川を延々と下って歩くと、小さな橋が架かっているのを見つける。
カケルは橋から延びる道を進み森を出てる。
そのまま道なりに進んでゆけば、小さな集落へとたどり着くことができた。
そこで道行く人にカケルは尋ねる。
「ここは、どこですか?」
男はカケルを舐めるように上から下まで確かめると、その顔が驚きの表情に変わる。
「ここは、アンスルの町だけども……あんた、もしかしてダコタの森を抜けてここまで来たのかい?」
「は、はい……そうだけど……おかしいですか?」
「おかしいも何も、ダコタの森にゃ魔物がウジャウジャいて誰も入りたがらん。それこそ森に入るんは冒険者くらいだわな」
(冒険者だって!!?)
その言葉を聞いてカケルは色めき立つ。異世界物語の定番、冒険者が存在するという事実にカケルは興奮して男に詰め寄った。
「こ、この町に冒険者ギルドってあるんですか?」
「お、おお。あるよ。この道まっすぐ行ったところに大きな建物がある。それが冒険者ギルドよ」
「ありがとう!おっちゃん!!」
それを聞くや否やカケルは走り出した。
これから始まるであろう冒険譚に心踊らせながらも、盗賊を捕らえるという思いを胸に秘めて……




