第17話 朝の襲撃
翌朝、カーテンのない窓から差し込む朝陽で目が覚めた。
窓の外を見れば雲一つない青空に鳥がピーチクパーチクと喚くのが見える。
部屋の中央では身を寄せ合うようにエルとヴィーが直に床で寝そべりすやすやと眠っていた。
ふいに窓の外の木から、鳥がパサパサと小さな羽音をたてて飛び立った。
ああ、厄介事だ……
俺は急いで部屋の反対側の窓に回り外を覗く。
相も変わず、こちらも森が広がっているだけのつまらん風景。
……だが、気配がする。
目を凝らして木々の間を凝視すると、一瞬、人影が動いた。
服装から見て十中八九、無法都市からの追手だ。
「ふぅ」
俺は胸を撫でおろし安堵のため息を吐いた。
ここを訪れたのが、もし、あの男だったら……
もし、エルの父親が出した捜索隊だったら……
それよりかは断然ましな追手だ。
俺は床に寝ている二人を蹴って起こす。
「んん~、なんだ?」
眉根をよせ不満げに俺を睨みながら起きるヴィー。
「うぅ……気持ち悪いぃ」
昨日の安酒がだいぶ尾を引いているエルは、のそのそと毛布に潜る。
「無法都市からの追手だ。たぶん数は十人ぐらいだな」
「なっ!?」
驚いたヴィーが飛び起き、エルは毛布から顔を出す。
「ケケケ。お前たちを助けに来た奴らじゃなくて残念だったな」
俺の嫌味に二人が沈黙で答える。そんな二人を無視して話をつづけた。
「なあ、エルよ?お前、魔法はどの程度、使えるんだ?」
未だ、起きるのが億劫そうなエルにしゃがみ込んで聞く。
「えっと、回復系なら上級で他は中級くらいまでなら使えるけど……私、人を傷つけるような魔法は使いたくないです」
二日酔いで真っ青な顔をしてるくせに、目の中にはしっかりとした芯のようなモノが光っていた。
付き合いは浅いがエルの頑固さは、身に染みてわかっている。
ここでエルと、ごちゃごちゃ言い争って時間を無駄には使えない。
「わかった、わかった。それじゃ、裏にいる奴らがこっちに近づけないように炎壁を張ってくれ。それならいいだろ?」
それならと、しぶしぶながらエルはうなずいた。
「私はどうすればいい?」
流石は騎士さんは違うね。ヴィーは、すぐさま壁に立ってかけていた剣を腰に差し臨戦態勢をとる。
「俺が敵を引き付けて森に入る。その隙に魔法を解除して裏からエルを連れて逃げ出せ。合流するのは……そうさなあ、あの山見えるか?」
俺は西側の窓の外に見える山を指さす。
「ああ、見える」
「あそこの天辺にある大杉の下で落ち合おう。言っとくけど俺から逃げられると思うなよ」
一応警告として、隷属の首輪があることを思い出させておく。
「わかってる。それでお前はどうするんだ?」
「俺はあいつらを片付けてから、そっちに向かう」
面倒だが、追手はなるべく間引いた方が今後のためだ。
「大丈夫なの?」
また間の抜けた質問をするエル。俺の心配なんぞしてどうする。
だいたい俺が死ねばこいつらに施されている首輪の魔法は解除されるんだ。
それなのに俺の心配なんぞするのは間違いだろ?
こいつ実はまだ酔っぱらってんじゃねえだろな……
疑いの目を向けるが、エルの方はいたって正気のようで俺は仕方なしにエルに笑って答えてやる。
「ケケケ。俺を誰だと思ってんだ。山猿さまだぞ?森の中で俺に敵うもんなんていやしねえよ」
それでも不安げな瞳で俺を見るエル。
「さあ、ちんたらしてる暇はねえぞ、エル!一発ドカンと派手な花火を頼んだぜ」
しみったれた面してるエルの背中を景気づけに一発パチンと叩いてやる。
「痛あっ!わかったわ。……火天の住処。陽炎の檻。我に仇なす者を堰き止め余燼と燻れ。炎壁」
窓の外に文字通り炎の壁がそそり立った。
「やるねえ」
魔法ってやつは、どれくらいの魔力をこめるかで威力が変わる。
エルの魔法は俺が見たことある炎壁の中でも三本指に入るデカさだった。
エルを褒めたはずが、なぜだかヴィーの方が得意そうな顔をして「ふふん」と鼻を鳴らす。
「それじゃ、一丁かましてやるか!」
「ご無事で」
心底、心配そうな顔をしたエルが俺を見る。その顔はいまだに二日酔いからか真っ青だ。
そんな奴の心配なんぞいらん。
俺は二人に一瞥だけくれてやると外に飛び出した。
小屋の外は、すでに追手が姿を現し待ち構えていた。
いるはいるは、エルの炎壁を避けて正面に集まった敵ども。その数……ひい、ふう、みい、よ…………九つ。
九人か、思ったよりも少ねえな。
「マシラ!観念しろ」
リーダー格の男が一歩進む。んー見たことあるが名前は知らねえ。
「わざわざの出迎えご苦労、ご苦労!!」
開口一番、俺はリーダー格の男に飛び掛かる。
手には自慢の大鉈。これでもか、ってくらい右手を大きく振りかぶって男の頭めがけて振り下ろす。
そこはさすがのリーダー君。とっさに剣を取り出し、俺の鉈を受け止めようと頭上に構える。
剣と鉈が交錯すると、男は身構えるが――
スカッ
剣に鉈が触れることはなかった。俺は鉈を振り下ろす直前、左手に持ち替えていたのだ。
男の胴体に大きな隙ができた。
俺は横回転で相隙だらけの胴をたった切る。
「グフッ」
そのまま赤い血と肝を垂れ流しながら地面に倒れこむ、男。
これで他の奴が、ひるんでくれれば楽なんだが……
ま、そんなに事は上手く運ばないわな。
他の奴等に一切の動揺は見られない。
当たり前か。
こいつらは友達してるわけじゃない。ここに来たのは金稼ぎのため。一人減ればそれだけ報酬の取り分が多くなるんだもんな。
俺は肩に大鉈を担ぎながら残りの八人に向き合う。
「なあ、俺の首にはいくらの値がついてんだ?」
俺の質問に小汚いバンダナを巻いた男が答えてくれた。
「お前を生きたまま連れ帰ればルシラ様から十万がもらえることになっている」
安い。実に安い。ケチだね、おたくのボスは……
まったくそんな小銭に命を懸けるたあ、小物の極みだね。
そんな考えが頭を過ぎり、つい頭を振ってしまう。
「何も聞かされてねえようだな、あんたら。実はな、俺、しこたま金貨持ってんだよ。それにバンチのとこの金庫も、ほれ、この中に」
腰に付けたマジックバッグをたたいて見せると、それを聞いた八人の男どもの目の色が変わる。
そうだ、たかだか十万ぽっちで命を張ってちゃ、やってられんだろ。
俺から金貨を巻き上げようと男たちが鼻息荒くにじり寄ってきた。
作戦ばっちり。これで俺一人にこいつらの意識が向いた。
「ケケケケ。俺と遊びたい奴ぁ、この指と~まれっ!!」
俺は追手の間を縫うように走り抜け、森の中へと入っていった。




