第16話 月夜の宴会
二人の間に気まずい空気が流れるが、俺がわざわざそれを汲み取ってやる義理はない。
「嬢ちゃん、こっち来な」
俺の手招きに応じてエレオノーラがとぼとぼと、こちらに向かってくる。
俺のすぐ隣をポンポンと叩いて座れと命じれば、その通りに隣に腰掛けてきた。
「んっ」
俺は隣に座ったエレオノーラに酒の入ったマグを差し出す。
「やめろ!エレオノーラ様はまだっ――」
「いいじゃねえか。嬢ちゃんもそこまで子供じゃねえんだ。それにお前が言った通り苦労の多い人生なんだろ?酒くらい飲ませて楽しませてやれよ」
俺は「飲め」とマグをさらにエレオノーラに近づけてやる。
するとエレオノーラは意を決したようにマグを受け取り、ゴクゴクと酒を腹の中に流し込んだ。
「ぷはっ……あまり美味しいものじゃないんですね」
ケホケホと涙を滲ませながらむせ返る嬢ちゃんの顔はすでに赤らんでいた。
「安酒だからな。ほれ、もう一杯」
「ありがとうございます」
再び受け取ると、今度はしっかりアルコールの味を確かめるようにゴクリ、ゴクリと喉を鳴らしてゆっくり酒を飲んでいた。
俺もつられるように最後の一杯に口をつける。
「嬢ちゃんの癖にイケる口だねぇ」
コン、と嬢ちゃんは丁寧な仕草でマグを切り株に置いた。
「あのぉ……言いたいことが私もあるんれすけどぉ」
すでに酒が回ったのかエレオノーラの呂律が若干、怪しくなる。
「ん?」
「私のことを嬢ちゃん、嬢ちゃん言うのやめてくらはい!私の名前はエレオノーラ、れす!!これからはエルって呼んでくら、はいっ!」
「かかか!!そんな事か!」
ヴァレリーのクソみたいな頼みの後だ。エレオノーラ、いやエルの気持ちの良い頼みに俺は最高の気分になった。
しかし、エルの方は俺が頼みごとをバカにして笑ったと勘違いしたようで、むうっとふくれっ面になっていた。
「んな、カエルみたいに膨れるな。よし、エルだな!ちゃんと、そう呼ぶぞ!!エル!」
「あい!!」
完璧に出来上がった嬢ちゃん……いや、エルは真っ赤な顔で返事をする。
「それじゃ、俺からも注文だ。耳の穴かっぽじってよく聞け」
「あい」
「今から俺に敬語を使うのは禁止だ!!です。ます。なんて言われるとケツの穴がかゆくなってしかたねえ。わかったか、エル?」
「あぁい、わかったあ!頑張ってみま……ヒック!」
まぁなんとも頼りのない間延びした返事だが良しとしよう。
「エ、エレオノーラ様?」
ヴァレリーがおそるおそるエルの顔色を窺う。さっきのことでばつが悪いんだろう。
「……」
エルはわざとらしくプイっとそっぽを向く。
なぜか、その態度が俺のせいだとでもいうようにヴァレリーが非難がましい目を送ってくる。
しかたねぇなぁ。
俺はヴァレリーに見せつけるようにエルの名を呼ぶ。
「エルよぉ」
「あーい」
上機嫌のエルが返事を返してくる。
その様をどうだと言わんばかりの顔を作ってヴァレリーに見せつけてやる。
「ぐぬぬぬ……」
どこまで悔しいのか鬼のような顔で俺をさらに睨みつける。
「エ……エルぅ……さまぁ?」
「……」
さっさと観念しろよ。
俺はわざとたらしくデカいため息を吐いて首を振って見せる。
俺の反応見てヴァレリーが意を決したように「んんっ」と咳ばらいをした後、震える声で――
「エ、ル……?」
と小さく呼んだ。
「なあに、ヴィイ?」
満面の笑みを浮かべたエルが振り返る。
その顔を見た途端、本当に泣くんじゃないのかってくらいに感動したヴァレリーがエルを抱きしめた。
また始まったよ、仲良しごっこが。
抱きしめ合って友愛だかなんだかよく分からんもんを確かめ合っている二人を置いて俺はサンタナのマグを持って立ち上がる。
「感動ごっこはつまんねぇんだよ、ばかやろーー!!!」
そのままその辺に生えている木に向かってマグをぶん投げてやる。
バリンっ!!
見事命中。マグは木の幹にぶつかり粉々に砕け散った。
いやあ、スッキリ、スッキリ。
「お前、何やってるんだ?」
不思議そうな顔で俺を見上げるヴァレリー。
「ゴミの片づけだ。こんなもん残してても仕方ないからな。どうだ、エル。やってみるか?」
切り株の上のマグを一つ差し出すとエルはしっかりマグを受け取りフラフラと立ち上がる。
そのまま、なんとも覚束ない足で木と向かい合う。
「お父様のばかぁ!」
そして何ともへっぴり腰で情けないフォームでマグを投げた。
エルは投げた勢いを支えきれず、一回転してしりもちをついた。
マグの方も予想通り木の幹まで届かず、道半ばで地面に落ちて割れた。
「あっ、われましたあ」
地面に四つん這いの格好で喜ぶエル。
「上手です!エル」
そんなエルを誉めそやすヴァレリー。
「けっ!どこがだよ。全然届いてねえだろ。下手糞が!」
「んむぅ……もう一回」
別に俺の許可を取る必要もないが、エルは勝手に切り株の上からマグを取った。
「お義母さまのひとでなしいいいい!!」
再び同じようなフォームでマグを投げるが、今回は恨み節が中々良いように作用して山なりではあるが木の幹まで届いてマグが砕けた。
「やった!やったあ!あはははは」
何がそこまで嬉しいのか、エルは犬のように走り回り始めた。
「ちょ、ちょっと危ないですよ、エル」
「好きにさせとけよ。ほれ、お前も」
そう言って残っていたジョニーのマグをヴァレリーに渡してやる。
「いや……私は」
何を遠慮してんだか。これだから真面目な女はつまらん。
無理やりマグを手に握らせる。
「一度、犯されそうになったんだ。恨みを込めて投げろよ」
「がんばってね、ヴィー」
俺の発破とエルの声援で、やっとやる気を出したヴァレリーが木と向き合う。
エルとは正反対に綺麗な投球フォームでマグを投げる。
「なんなんだ!この状況はーーーーー!!!!」
今日一番のマグ投げだ。破片がいくつか木の幹にめり込んでいる。さすがは騎士団の女騎士だ。
「ヴィー、すごい!!」
「ま、まあこれくらいなら朝飯前ですよ、騎士ですから」
とんでもなく鼻っ柱を伸ばしに伸ばしちゃって、まあ。
ここは頭としての威厳を取り戻さなければ!
「じゃあ、次は俺の番だ!」
足を高く上げ、腕を振りかぶる。
「俺は逃げきってみせるぞおおお!!」
気合が空回りしてマグは腕をすっぽ抜けあらぬ方向へ飛んで行った。
闇に包まれる森の中どこかでパリンとマグが割れる音だけが響いた。
「ふふん」
ヴァレリーは勝ち誇った顔を俺に見せびらかす。
「けっ!ありゃ手が滑っちまっただけだ。本気を出せば《《お前》》なんかよりもなあ……」
「そうだあ」
俺の話を邪魔するようにエルが俺の手を取る。
「なんだよ?」
「マシラもヴィーのことをヴィーって呼んで」
「ええ……」
その提案に心底いやそうな顔をするヴァレリー。
どれほどお前は俺が嫌いなのか……まあ誘拐犯を好きになる方がおかしいか。
でも、人の嫌がることが大好きな俺はヴァレリーのその嫌そうな顔を見て笑いが込み上げてきた。
「ヴィーちゃん♡」
「うげぇ」
騎士ともあろうお方が「うげぇ」とは!
うけけけ、楽しいぜ。
「これでみんな仲良しれすう」
なんとも頭の中がお花畑でできたエルが一人素直に喜ぶ。
盗賊の俺、公爵家令嬢のエル、女騎士のヴィー。今宵、月が頭の真上にかかるまで、森の小屋でひと騒ぎしたのだった。




