第15話 弔い
パチッ。パチパチッ。
暖炉の中で薪が弾ける音で目が覚める。
辺りは既に暗く、明かりは暖炉の炎だけ。
暖炉の前ではエレオノーラとヴァレリーの二人が仲良く肩を並べ眠っていた。
俺はアクビを一つ。のそりと起き上がる。
癒しの魔法では取れない疲労が体の芯にしがみついて離れない。
無理もねえ。ここに来るまで、ほぼ寝ずの行軍だった。
いつの間にか埃にまみれていたテーブルが綺麗に拭かれている。
おそらく嬢ちゃんの仕事だろう。
俺はマジックバッグを漁り、中からカチカチに乾いたパンと、これまたブーツの底だと言ってもおかしくない固い干し肉を綺麗に拭かれたテーブルの上に置いておく。
食べるも食べないもアイツら次第だ。
「っくしゅん!」
不意に嬢ちゃんがくしゃみをかます。
俺は嬢ちゃんが起きてくるんじゃないかと、しばらくその背中を眺めるが、もぞもぞと動くだけで起きてくる気配はない。
「けっ!」
風邪を引かれても困るのは俺だ。
俺は再びマジックバッグをゴソゴソと漁る。
あった、あった。
くたびれてつんつるてんになった毛布を取り出し、座って眠る二人の肩に掛けてやる。
これが頭の器ってもんだ。
自分の度量のでかさに「うん」と頷き、その場を後にする。
外に出るとひんやりした夜風が俺を包んだ。
「うぅ。ちと寒いな」
月はまだ東に傾いている。
夜はそこまで深くはない。
俺は小屋のすぐ側の切り株の前に陣取るとマジックバッグの中から、小汚ないマグを七つと大瓶に入ったワインを取り出す。
「一番汚ぇのが……ヒョッコリ。なんだよ、キッドのヒビが入ってんじゃねえか。サンタナは、相変わらず綺麗に使ってんなぁ。バブズは……普通だ。げ、ジョニーのやつ取っ手が無えじゃねえか……」
俺は七つのマグにたっぷりとワインを注いでやった。
「どうだ、お前ら?そっちで楽しくやってるか?」
切り株の上に置かれた六つのマグに俺のをぶつける。
多少ワインが溢れても誰も気にねえ。
俺は煽るようにワインを飲み干すと、切り株の上に自分のマグの底を打ち付けるように置いた。
「かあ!!不味っ」
安物のワインは酸化して酸っぺぇ。
それでも、俺は近くにあったバブズのマグを手に取り更に飲み干す。
不味くても酒は酒だ。飲んでいるうちに体が温かくなってきやがった。
「仲間の弔いか?」
後ろからヴァレリーが声をかけて来た。俺は振り返ることなく答える。
「んな、上等なもんじゃねえよ。どうだ、お前も?」
「ん?そうだな……では、一つもらおうか」
ヴァレリーはそう言って取っ手の失くなったマグを手に取った。
「ケケケケ。そいつはジョニーのマグだな。お前を犯そうとしたヤツだ」
「なっ!?」
驚いてマグを落としそうになる。
「ギシシシ。返品は不可だぜ。一気に飲み干しな」
「私も騎士の端くれ。一度受けた杯は返すことはせん!」
そう言って一気に飲み干す。
「ゲホッ!相当不味いな」
眉をしかめてマグの中を確かめるように覗く。
「そうだろ?あんたらじゃ飲むことの無い最低のワインだぜ?」
俺もマグを一つ手に取り、飲み干す。こりゃ、サンタナのマグだな。
ちょうど俺がワインを飲み干すタイミングでヴァレリーが畏まった態度で話しかけてきた。
「一つ頼みがある」
鋭い眼差しでヴァレリーの瞳が俺を捉える。
その態度に俺は少しふざけて返事を返した。
「遠慮するな。言ってみろよ、ナンバー2」
「その呼び方はやめてくれ」
ヴァレリーのやつ名誉あるナンバー2の座を辞退しやがった。
「頼みとはエレオノーラ様のことだ。……本当ならエレオノーラ様だけでも逃がしてくれと頼みたいんだが……」
「そいつは、無理だな。お前と嬢ちゃんじゃ人質としての価値が違いすぎる」
「わかっている。だから、エレオノーラ様には無茶をさせないでくれ。荒事なら全て私が引き受ける」
「んなこと、知るか。俺の下に付きゃ貴族も騎士も貧乏人も全部平等だ!同じように働かせるに決まってんだろ!」
俺の言い分は予測済みなのか、ヴァレリーがすぐさま地面に手をついて頭を下げて見せる。
「そこをどうか頼む!エレオノーラ様はこれまで辛いお立場におられたのだ。……公爵家の長女として御生まれになったはずが、幼くして母君を亡くされ、後妻に入った奥様からは邪魔者のように扱われる日々。さらに長男が生まれると公爵である御父上からも距離を取られ……。今回だってそうだ。お前が襲ったのは年の離れた商人の五番目の妻として輿入れするための旅の道中で……」
「ふぁ~あ」
下らん。下らなさ過ぎて欠伸が出ちまうぜ。
「お前っ!!」
さっきまでのしおらしい態度はどこへやら。ヴァレリーは俺の胸倉を掴んで睨みを効かせる。
この女、こんなもんで俺がビビると思ってんのか?
全く興ざめもいいとこ。こんなにつまらないことがかつてあっただろうか?いや、ない!!
「俺に不幸を見せびらかすな」
怒りを通り過ぎて、逆に冷静になってくるってもんだ。
俺は声を荒げることなくヴァレリーを蔑むような目で見た。
その目に何やら後ろめたさでもあるのかヴァレリーの声が尻すぼみに小さくなる。
「べ、べつに見せびらかしているわけではない。私は事実を言っただけだ」
「あのな、その程度の不幸、俺の周りじゃ大した自慢にならんのよ。俺の仲間だったヒョッコリは、ナニを勃たせただけで宗教大好き母ちゃんから金玉一つ潰されちまって死体相手にしか興奮せんアホになっちまったし、お前を犯そうとしたジョニーはガキの頃、両親から変態オヤジ相手にケツの穴掘られて金稼がされてたんだぜ?それでもな、いちいち自分が一番不幸だなんだと喚き散らすような奴はいなかった。だいたいな、不幸だからって他人が気にしてくれること自体が贅沢なんだよ」
ヴァレリーの勢いがしおれて、項垂れるように俺を掴んだ手が落ちた。
不幸自慢で俺から同情を勝ち取ろうとするのがそもそもの間違いなのだ。
俺の気を引こうとするのなら金だ。
「それにお前が嬢ちゃんを庇って気持ちよくなりたいだけにしか俺にはみえん!?だいたいなぁ、嬢ちゃんのことは嬢ちゃんに決めさせろ!!そうだよなあ!!?」
俺は小屋の方に向かって問いかけてやると、答えるように扉がゆっくりと開く。
「えっ!!」
ヴァレリーは驚きの声を上げるが、エレオノーラがこっそりと俺たちの会話を盗み聞きしていたことを俺は最初から気づいていた。
エレオノーラは申し訳なさそうに扉から一歩だけ踏み出しその場にとどまる。
「す、すいません!差し出がましい真似を……」
ヴァレリーは狼狽えながらもエレオノーラへ頭を下げた。
「いいんです。ヴィーが私のことを思ってくれたのは分かっていますから。でも、私のことは心配しないでください。マシラさんの言った通り自分のことは自分で決めます」
二人の間に気まずい空気が流れるが、俺がわざわざそれを汲み取ってやる義理はない。




