第10話 ヴァレリーの仕事
あぁ、私はなぜこんなことをしているのだろう……。
昨日までの私は、どこに出ても胸を張ることのでた『誉ある騎士』だったのに……
それが今では 薄暗く湿気った抗の奥で人から隠れセコセコと爆弾を設置している。
あぁ……恥だ。
それもこれも全てあの男が悪い。私の主であるエレオノーラ様を奴隷にまで落とし、私がエレオノーラ様へ怒られるように仕向けたあの男。
ボサボサの黒髪に同じ様に延び散らかした髭。金に汚く、言葉の端々に粗野な言動がみてとれる、盗賊の男。
そして何より憎いのがエレオノーラ様があの男には感情を剥き出しにするのだ。
私の知っているエレオノーラ様は私よりもいくつか年が下であるが常に感情と自分の心を殺して生きていた。
エレオノーラ様がたまに見せてくれる笑顔だけで私は彼女に仕えることが出来て幸せだと思えたのに……あの男のせいで、私はエレオノーラ様に叱られてしまったではないかっ!!
思い出すだけで沸々と湯が沸くようにあの男への憎しみが心の底から浮かび上がってくる。
あの男の顔が脳裏に浮かぶと思わず手に力が入ってしまい、最後の爆裂魔法が封じ込められた箱を剥き出しの岩に叩きつけてしまった。
「まずいっ」
この至近距離で爆発されては一溜りもない。
ゆっくりと一度木箱を持ち上げ、打ち付けた底の部分を覗いてみる。
「よ、よし。大丈夫そうだな」
特に箱に損傷はなく、胸を撫で下ろしたその時――
「誰だ?」
安堵も束の間、私の背後から野太い声がかかった。
その声色は、どう聞いても友好的なものではない。私は立ち上がると、敵意がないと示すようにゆっくりゆっくり振り返ってみる。
そこにいたのは、無法都市の入り口で門番をしていた虎獣人の男。年は三十代半ばだろうか、肩から腕に掛け発達した筋肉が只者ではないと私に知らせていた。
虎獣人はよほど腕に自信があるのか無警戒に私に近づく。
「おっ!お前はマシラんとこの女じゃねえか?どうした、迷子かぁ?俺が良い所まで案内してやろうかあ?」
舌舐りしながら、私に向かって手を伸ばす。
それを私は後ろに身を引いて素早く躱した。
すると虎獣人は、私の動きを予想していなかったようで体勢を崩し躓いてしまった。
まずい!
獣人が手の付いた先には時限爆弾の箱が置かれている。
「んん?なんだ、こりゃあ?」
案の定虎獣人は私が置いたばかりの箱を手に取ると、まじまじと箱の外観を観察し出した。
虎獣人は下品な物言いとは裏腹に魔法にも精通しているようで箱の正体を難なく見破ってしまった。
「おまえ、これで何をする気だ!」
さっきまでのニヤついた笑い顔が一瞬で戦士の顔つきに変わった。
男は腰を低く落とし獣人特有の鋭い爪を剥き出しに構える。
私は獣人の構えに見覚えがあった。
それは一撃必殺を旨とする『獣爪赤牙流』の構え。
以前、騎士団の団長から、獣爪赤牙流を扱う殺し屋の話を聞いたことがあった。
確か団長は、その殺し屋の事を――
「バグー……?」
「なんだ、俺を知ってるのか?なら話は早え。このまま大人しく俺に犯されるか、殴られてから犯されるか選べ」
バグーは構えと鋭い眼光は崩さぬまま下卑た笑みを再び浮かべる。
「どちらも御免だ」
私は腰に射した剣を抜き、上段で構える。
その私の一連の所作を見てバグーは「……ほう」と息を漏らした。
間合いならば剣を持つ私に分がある。その慢心が隙を作った。
バグーはネコ科特有の無音の縮地で私との距離を一気に縮めたのだ。気付いたときには、私の間合いの内に入っていた。
速い!
縮地の勢いを利用しそのままバグーが蹴りを放つ。狙うは私の頭部。
私は剣での迎撃を諦め、上段に構えた剣の柄頭で迫り来る上段蹴りを迎え撃つ。
バグーの蹴りが私の頭に当たる直前、思い描いた通りに柄頭がバグーの足の甲にめり込んだ。
本来ならばそのまま柄がバグーの足の骨を粉砕するはずだった。
「かっ、硬いっ」
バグーの鍛えぬかれた足は何十にもきつく重ねた分厚い革布のようだった。
剣の柄で相手の足を破壊するはずが逆に腕ごと吹き飛ばされ、固い坑道の壁に私は背中から激突してしまう。
「がはっ」
固い石壁に体を打ち付け、一瞬呼吸が止まる。
しかし男所帯の騎士団で力負けすることなど日常茶飯事。
この程度のダメージでは私の心を折ることは出来ない。
私は背中の痛みに耐えながら、バグーを視界の中心にとらえ続けた。
バグーの方も、一応は足にダメージがあったのか追撃はなく、その場でトントンと跳んで怪我の程度を確かめていた。
その隙に私は息を整え剣を正眼に構える。剣先が見据えるのは、バグーの眉間だ。
軽快に左右にステップを踏むバグー。足捌き鈍らせるほどのダメージは与えられなかったようだ。
飛び跳ねるバグーを私の剣先が追う。
「カカカカ!気の強い女は嫌いじゃないぜ。どんなふうに鳴くのか楽しみ……だっ!」
再びバグーの縮地。
先ほどとは違い縦横無尽に狭い坑道の中を動き回るバグーは、目で追うには不可能と思えた。
それは常人ではとらえることのできない達人の域に達する縮地。
私は「ふう」っと息を吐き出す。
騎士団にいたころのことが思い出された。
私の所属する騎士団には二人の英傑がいた。
一人は剛力無双の騎士団団長ガストロフ。もう一人は疾風迅雷の副団長サイだ。
二人に近づきたく訓練に訓練を重ねた。それが今脳裏を過ぎる。
見ろ。バグーのスピードはサイより速いか?
否。サイなら小賢しいフェイントなど入れる必要なく私を仕留めるだろう。
見ろ。バグーの力は団長より強力か?
否。団長なら最初の蹴りで私の命を刈り取るだろう。
そう思うと「ふふ」と笑いがこみ上げてきた。
私は胸いっぱいに息を吸い込み細く吐く。目は薄く開き体の余分な力を抜く。
力の劣る私が男連中に勝つために必死に磨いた技。これを体得してから団長と副団長に続く騎士団の三番手を任せて貰えるようになった。
『水下推霓』
床を、壁を、天井を、予測不能な動きで飛び回っていたバグーが私に襲い掛かる。
それは私の死角となる頭上から。常人であれば間違いなく不可避の攻撃。
しかし、私はそこからバグーが訪れることを予測していた。いや、こうなることをあらかじめ理解していた。
これが私の『水下推霓』。端的に言えば予測や予感をさらに高めた、予知ともいえる第六感の冴え。
私は振るべきタイミングで刃を頭上に送ってやる。
そこへバグーが誘蛾灯におびき寄せられる虫のように私の剣に吸い寄せられ突進してくる。
バグーは眼前で光る刃が信じられないのか驚きの表情を顔に張り詰めたまま無残に空中で血しぶきをあげ地面に落ちた。
「ふう……」
息を一つ吐いて、刃に着いた血を振り落とす。ぶつけた背中は痛むものの問題はない。
私は散ったバグーに一瞥もくれてやることなくエレオノーラ様と合流するため出口へと向かった。
しかし、私の背後で死んだと思われたバグーが動き出した。どうやら、分厚い筋肉で身を守り一命を取り留めていたようだった。
しかし、その出血の量からして先は長くない。
それなのに、バグーは不適に笑ってみせる。
「ゲホッ……ゴボッ……ぜぇ、ぜぇ……こんな小娘に負けたとあっちゃあ、バグー様の名前に傷がついちまう……マシラのアホに地獄で待ってると伝えてくれ」
そう言って事切れる直前、手に持つ箱にバグーは渾身の魔力を籠めたのだ。
「まずいっ!」
時限式の爆裂魔法は一つの箱がスイッチとなり残りの全ての魔法が発動する仕組みになっている。
バグーは知ってか知らずかスイッチとなる木箱を作動させたのだ。
(ああ……どうかエル様ご無事で)
私は後方から迫る爆裂魔法にのまれないよう一生懸命走った。




