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第9話 月光花の在処(ありか)

 俺の言葉に、司令室の空気が張り詰めた。

 歴戦の戦士であるサラも、すべてを見通すような目をしたエルダーも、一瞬だけ言葉を失い、俺の顔を凝視している。


 やがて、我に返ったサラが、吐き捨てるように言った。

「……気概は買う。だが、あんたに何ができるってんだ。気持ちだけで人は救えない。下手に動いて、こっちの足手まといになるだけだ。大人しく引っ込んでな!」


 厳しい拒絶の言葉。以前の俺なら、きっとこの一言で心が折れていただろう。

 だが、今の俺は違った。


「それでも!」

 俺は食い下がった。自分でも驚くほど、大きな声が出た。

「それでも、何かあるはずです! どんな些細なことでもいい。必要なものを運ぶとか、包帯を巻くとか……俺は、ただ待っているのはもう嫌なんです!」


 俺の必死の訴えに、その場にいた全員が息を呑む。

 そこに、医務室から戻ってきた衛生兵が、絶望的な報告を付け加えた。


「エルダー、サラ……やはり厳しい。問題は出血と、弾の周囲の急速な炎症です。強力な抗生物質と、特殊な血液凝固剤があれば……ですが、備蓄は先日の戦闘で使い切ってしまいました」


 抗生物質。血液凝固剤。

 その単語を聞いた瞬間、俺の頭の中で、何かと何かが繋がった。ドームで過ごした、あの白い部屋での日々。俺の身体に投与され続けた、無数の薬品のデータ。それは苦痛の記憶であると同時に、俺の中に強制的に蓄積された、膨大な知識でもあった。


「あの……」

 俺はおそるおそる口を開いた。

「その薬……もしかしたら、代わりになるものが、作れるかもしれません」


「なんだと?」

 サラの鋭い視線が俺に突き刺さる。


 俺は頭の中に刷り込まれた記憶を必死に手繰り寄せた。思い出すだけでも吐き気がする、あの非人道的な実験の数々を。

「俺は……実験体だったので、色々な薬草や、化合物を投与されてきました。その中に……似たような薬効を持つ植物のデータが……頭の中に……」


 皮肉なことだった。俺を「道具」としてしか見なかった者たちが与えた知識が、今、俺の大切な人を救うための唯一の希望になろうとしている。


「必要なのは……『月光花』。夜の闇の中でだけ、燐光を放って咲く花です。その花弁に含まれる成分が、強力な止血作用と抗菌作用を持っています」

「月光花だと……?」


 エルダーが、壁にかかった古びた地図の前に立った。それは、この辺り一帯の汚染状況を示したもののようだ。

「そんな花、聞いたことがない……。どこに咲く?」

「汚染された土地を好む、と記録にありました。放射線に耐性がある、特殊な変異種です」


 俺の言葉に、その場にいた全員の顔が険しくなる。

 エルダーが指し示したのは、地図上で赤黒く塗りつぶされた、最も危険なエリアだった。


「……軍の廃棄医療施設。月光花の生育条件と一致する。だが、そこは汚染レベルが極めて高く、防護服なしでは数時間と活動できない死の土地だ」

 サラが唸るように言った。

「それに、夜にしか咲かないだと? 夜の廃都市は、汚染の影響で変異した生物――『クリーチャー』たちの巣窟だぞ。自殺行為だ」


 誰もが不可能だと諦めかけた、その時。

 俺は、もう一度、声を張り上げた。


「俺が行きます」


 静まり返る司令室。俺は、その場にいる全員の顔を一人ずつ見回して、続けた。

「その花を見分けられるのは、おそらく俺だけです。それに、俺の身体は……たぶん、普通の人間よりも汚染に強い。ドームで、そういう処置も受けてきましたから」


 自分の特異な体質を、呪われた運命を、初めて「誰かを助けるための力」として、俺は自分の意志で使おうとしていた。


「すげえ……!」

 沈黙を破ったのは、ジンだった。彼は目をキラキラさせながら、俺の肩を叩いた。

「アキ、あんた、カッケーよ! 俺も行くぜ、護衛なら任せろ!」

「馬鹿、お前みたいなひよっこが行って何になる。クリーチャーの餌になるだけだ」


 サラがジンの頭を容赦なくはたき落とす。だが、彼女が俺を見る目は、もう侮りのそれではなくなっていた。厳しいながらも、どこか相手の実力を認めるような、戦士の目に変わっていた。


「……分かった。あたしが行こう」

 サラは、腰のナイフの柄を握りしめ、決然と言い放った。

「こいつの護衛は、あたしがやる。あんたの知識と、あたしの腕。それで、あの朴念仁を地獄の底から引きずり出してやるよ」


 力強い宣言だった。

 エルダーは、俺とサラの顔を交互に見つめ、やがて静かに、そして重々しく頷いた。


「……承知した。レオンの命、そして我々の未来、お二人にお預けする。必ず、生きて戻られよ」


 こうして、作戦は決まった。

 俺はサラという新たな相棒と共に、レオンの命を救うため、死地へと赴くことになった。

 出発を前に、俺は医務室のガラス越しに、生命維持装置に繋がれたレオンの顔を見つめた。その穏やかな寝顔は、まるで俺の覚悟を試しているようだった。


(待っていてください、レオンさん)


 俺は心の中で、強く、強く誓った。


(あなたが俺に生きる理由をくれたように、今度は俺が、あなたに生きる理由を渡しに行く。必ず、助けますから)


 ガラスに映る自分の顔は、もう、ただ怯えていた頃のそれとは違っていた。

 これは、俺が自分で選んだ、初めての戦いだ。

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