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第33話 夜明けに咲く花

 アキから溢れ出した光は、暴力的な閃光ではなかった。

 それは、まるで夜明けの最初の光のように、穏やかで、温かく、そして抗いがたい優しさで、部屋のすべてを包み込んでいった。

 子供たちの恐怖は、その光に触れた瞬間、雪が溶けるように消え去り、純粋な驚きと安らぎの表情へと変わっていく。


 光の中心で、アキの声が、音ではなく、魂に直接響き渡った。

 司令室にいるサラやジンの心にも、武器を構える兵士たちの心にも、そして、絶望に立ち尽くすレオンの心にも、等しく、その声は届いた。


 《これは、終わりじゃない。これは、未来への贈り物だよ》


 その言葉を聞いた瞬間、レオンは、堰を切ったように泣き崩れた。

 違う。間違っていたのは、俺だった。

 俺は、アキという光を、失う恐怖のあまり、自分だけの小さな箱に閉じ込めようとしていた。だが、彼の光は、そんな箱に収まるものではなかった。世界そのものを照らすための、光だったのだ。


「……アキ……ッ!」


 レオンは、涙に濡れた顔を上げた。そして、自らが作り上げた、愚かで醜い機械――能力封印装置へと向き直る。

 彼は、その手にしたライフルを、憎しみを込めて振りかぶった。


「お前の意志が、俺の誇りだッ!」


 絶叫と共に、ライフルが装置の制御パネルを粉々に砕く。火花が散り、青白い光を放っていた機械は、完全に沈黙した。

 レオンが、自らの手で、自らの過ちと狂気を、破壊した瞬間だった。


 その行為を、アキの光が肯定するように、ひときわ強く輝いた。

 光は、もはや部屋の中だけには留まらなかった。施設の壁を透過し、共同体を包み、そして、乾ききった荒野の果てまで、慈雨のように降り注いでいく。

 奇跡は、そこで起きた。


 ひび割れた大地から、緑の芽が一斉に吹き出す。

 錆びついた鉄骨に、蔦が絡みつき、花を咲かせる。

 死んでいたはずの世界が、アキの命を糧として、猛烈な勢いで再生していく。


 光の中心で、アキの身体が、ゆっくりと透き通っていくのが見えた。

 彼は、その最後の力を振り絞り、レオンだけを見つめて、微笑んだ。

 それは、彼が今まで見せたどんな笑顔よりも、幸福に満ち溢れていた。


「レオン、見て……。俺たちの花が、咲くよ」


「アキッ!」


 レオンは、消えゆくその身体を抱きしめようと、手を伸ばす。

 だが、その指先が触れたのは、光の粒子だけだった。

 彼の耳にだけ聞こえる、吐息のような囁き。


 《ありがとう……あいしてる》


 次の瞬間、光は穏やかに収束し、消えた。

 後に残されたのは、花が咲き乱れる、見たこともないほど美しい世界と、その中心で、ただ一人立ち尽くす、レオンの姿だけだった。


 涙は、とうに枯れ果てたと思っていた。

 どれくらいの時間、そうしていたのだろう。レオンが顔を上げると、サラやジン、そして武器を下ろした兵士たちが、ただ静かに、遠くから彼を見守っていた。

 そして、彼の足元には、怯えるでもなく、ただ純粋な瞳で彼を見上げる、「夜明けの子供たち」がいた。


 ふと、小さな手が伸びてきて、レオンの頬を伝う一筋の涙を、そっと拭った。

 はっとして、その子を見る。

 それは、すべてが始まるきっかけとなった少年、カイトだった。

 そして、レオンは息を呑んだ。カイトのその瞳が、アキと全く同じ、優しくて、強い光を宿していたからだ。


 命は巡り、愛は、確かに受け継がれた。

 レオンは、ゆっくりとカイトの前に跪くと、その小さな身体を、壊れ物を抱きしめるように、強く、強く抱きしめた。温かい。アキが遺してくれた、未来の温もりだ。


 やがて、レオンは立ち上がった。

 カイトの手を、その大きな手で、優しく握る。

 そして、アキが命を懸けて咲かせた、花々が咲き乱れる荒野と、どこまでも青い空を見上げた。


「君が蒔いた花が、今日も風に揺れている」


 彼は、まるで空にいるアキに語りかけるように、静かに、そして力強く言った。


「……行こう、アキの未来へ」


 世界は、一人の青年の愛によって救われ、そして、再び“夜明け”を迎えた。

 その胸に、絶望ではなく、永遠の希望の種を抱いて。

 物語は、切なくも美しい、愛の讃歌の中で、静かに幕を下ろす。

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