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第15話 我が魂の宣言

 独房の冷気が、骨の髄まで染み渡るようだった。

 魂の抜け殻のようになったレオンの隣で、俺は静かに、しかし途切れることのない意志で、彼に語りかけ続けていた。


「レオンさん、聞いてください。まだ、何も終わってなんかいません」


 返事はない。彼はただ、虚空を見つめているだけだ。だが、俺は構わなかった。これは彼に聞かせるためと同時に、俺自身の心を奮い立たせるための、誓いの言葉でもあったからだ。


「俺は、もう道具にはなりません。あなたを、こんな場所で終わらせたりしない。俺たちが、俺たちの手で、未来を選ぶんです」


 俺に残された武器は、この身体と、忌まわしい記憶だけ。

 だが、それで十分だった。ドームが俺からすべてを奪い、代わりに詰め込んだ知識と体質。それを今度は、ドームを内側から破壊するための、毒として使ってやる。


 そして、「儀式」の日は来た。

 俺は、まるで生贄の子羊のように、純白の豪奢な衣装を着せられた。肌を滑る絹の感触が、ひどく皮肉に感じられる。鏡に映る自分は、感情を失った美しい人形のようだった。だが、その瞳の奥では、反撃の炎が静かに燃え盛っていた。


 巨大な式典会場へと連行される、長い廊下。

 世界中に生中継されるこの世紀のショーを前に、兵士たちの緊張と興奮が肌で感じられた。

 俺は、その中で、静かに息を吸い込んだ。そして、唇から、歌とも詠唱ともつかない、ごく微かな音を紡ぎ始めた。


 それは、ドームの実験の中で、俺の精神を安定させるために使われた特殊な音波療法を応用したものだった。オメガにしか出せない、人間の可聴領域ギリギリの高周波。兵士たちにはただの鼻歌にしか聞こえないだろう。

 だが、この音は、俺の魂の叫びそのものだった。


 監視カメラの映像が、微細なノイズで一瞬だけ乱れる。

 そして、俺の後ろを鎖で引かれて歩いていたレオンの耳が、かすかに、ぴくりと動いたのを、俺は見逃さなかった。

 届け。レオンさん。

 あなたの魂に、直接語り掛けている。まだ、終わらせないで、と。


 会場は、狂信的な熱気に満ちていた。

 ドームの純白の旗が掲げられ、居並ぶ高官たちの前で、俺は壇上の中央へと進み出る。ステージの隅には、見せしめのように鎖に繋がれたレオンが、罪人のように跪かされていた。

 やがて、俺の「相手」として選ばれた、見知らぬアルファの男が紹介される。男は、傲慢な笑みを浮かべていた。


 司会進行役の高官が、マイクの前に立つ。

「Ω-7よ。全人類が見守る前で誓うか。己が身を捧げ、人類の輝かしき未来の礎となることを」


 世界中が、固唾をのんで俺の答えを待っている。

 俺はゆっくりと顔を上げた。その瞳には、もはや恐怖も絶望もない。ただ、鋼のように揺るぎない意志が宿っているだけだ。


 俺は、高官の問いには答えなかった。

 代わりに、壇上の隅で項垂れている、ただ一人の男をまっすぐに見つめた。


「俺は」


 マイクが拾った俺の声は、不思議なほど落ち着いていた。

「誰の資源でも、誰の道具でもない」


 会場が、蜂の巣をつついたようにざわめき始める。高官が「何を言っている! 答えろ!」とヒステリックに叫んだ。

 俺は構わず、言葉を続ける。その声は、この会場だけでなく、中継を見ている全世界の人間へと届けられる。


「俺は、俺自身の意志で、未来を選ぶ!」

 そして、俺は鎖に繋がれた騎士を、誇りを込めて指さした。

「俺が、この命を懸けて共に生きたいと願う人間は、たった一人だけだ!」


 高らかに、俺は宣言した。


「俺のつがいは、そこにいる騎士、レオン・シュタイナーただ一人だ! 俺は、レオンと共に、この世界の未来を選ぶ!」


 その瞬間、世界が変わった。

 俺が魂を込めて放った宣言の周波数が、会場の音響システムと共鳴し、人間の耳には耐え難いほどの超高周波を発生させたのだ。兵士たちが耳を塞いでうずくまり、システムが異常をきたす。

 それは、外部で待機していたサラたちへの、反撃開始の合図だった。


 ガシャン! という轟音と共に、レオンがその身を縛り付けていた鎖を、信じがたい力で引きちぎった。俺の魂の呼びかけが、彼の奥底に眠っていた騎士の魂と、アルファの本能を、完全に覚醒させたのだ。


「レオンッ!」


 俺が叫ぶ。レオンが咆哮する。

 会場の巨大モニターが、ドーム政府の非人道的な研究記録や、権力者たちの不正の証拠映像を次々と映し出し始めた。サラとジン、そして仲間たちの、命懸けのハッキングだ。

 会場は、大混乱の渦に飲み込まれた。


「貴様……ッ!」

 高官が、驚愕と怒りに顔を歪めて俺を睨む。

「ただの従順なオメガではなかったというのか……!」


 混乱の渦の中心で、俺は静かに、そして生まれて初めて不敵に微笑んでみせた。


「言ったはずです」

「俺はもう、道具じゃない、と」


 絶望のどん底から、俺たちは自らの手で、この世界をひっくり返し始めたのだ。

 本当の戦いは、今、この瞬間から始まる。

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