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第10話 死の街に咲く光

 夜の闇が、世界から色彩と温度を奪っていく。

 俺とサラは小型の電動バギーを駆り、目的地である廃都市の境界線に到着した。エンジンを止めると、耳鳴りのような静寂が辺りを支配する。フロントガラスの向こうには、巨大な墓標のように、崩れかけたビル群が黒いシルエットを夜空に突き立てていた。


「ここから先は徒歩だ」

 サラは運転席から降り立つと、背負っていたライフルを警戒するように構えた。

「バギーの音は、奴らを呼び寄せる格好の的だからな」


 彼女が取り出した小型の線量計ガイガーカウンターが、カチカチと不気味な警告音を立て始める。ここは、目に見えない死が満ちる場所。息をするだけで、命が削られていく土地だ。


「……行こう」

 サラの短い言葉を合図に、俺たちは死の街へと足を踏み入れた。


 アスファルトは至る所でひび割れ、その隙間から奇妙な形の植物が顔を覗かせている。横転したまま錆びついた車両、風に揺れる千切れた電線、割れたショーウィンドウの奥で闇を湛えるマネキン。かつてここに人間の営みがあったことなど、想像もできないほど完璧な廃墟だった。


 湿ったカビの匂いと、何かが腐敗したような微かな悪臭が鼻をつく。ひやりとした夜気が、防護服の隙間から肌を撫でた。

「慌てるな、アキ。だが、常に周囲を警戒しろ」

 先行するサラが、囁くように言った。

「奴ら――クリーチャーは、音もなく現れる」


 その言葉が現実になるのに、時間はかからなかった。

 ビルの影から、何かが飛び出してきた。それは放射線の影響で歪んだ進化を遂げた、狼に似た四足の獣だった。爛々と光る複数の目を持ち、涎を滴らせながら、音もなく俺に襲いかかってくる。


「ひっ……!」


 悲鳴を上げるより早く、俺の前にサラが滑り込んだ。

 彼女の動きは、まるで舞いのようだった。クリーチャーの鋭い爪を最小限の動きでかわすと、懐に潜り込み、抜き放ったサバイバルナイフを獣の喉元に深く突き立てる。

 断末魔の叫びすら上げさせず、クリーチャーはぐったりと地面に崩れ落ちた。


「……大丈夫か?」

 返り血を腕で拭いながら、サラが俺を振り返る。その瞳は、戦闘の興奮で鋭く尖っていた。

「……は、はい……」

 震えながら頷くのが精一杯だった。間近で見る命のやり取りは、俺の心を容赦なく削っていく。


「これが日常だ。少しは慣れな」

 サラはそれだけ言うと、再び前へと進み始めた。彼女の背中は、レオンとは違う形で、俺を守ってくれる壁だった。


 俺たちはその後も、数体のクリーチャーを退けながら、都市の深部へと進んでいった。俺の役目は、月光花の気配を探すこと。ドームでの経験が、特定の植物が放つ微弱なエネルギーや、特有の匂いを鋭敏に感じ取る感覚を俺に与えていた。


 だが、焦りだけが募っていく。時間は刻一刻と過ぎ、レオンの命の灯火も、それに合わせて弱まっているに違いない。

「くそっ、どこにもないのか……!」


 サラが苛立たしげに呟いた、その時だった。

 俺たちの周囲のビルから、今までとは比較にならない数のクリーチャーたちが、一斉に姿を現した。赤い目が、闇の中で無数に光る。完全に包囲されていた。


「ちっ、まずいな! 囲まれた!」

 サラはライフルを構え、応戦する。だが、敵の数が多すぎる。一匹倒しても、すぐに次の個体が襲いかかってくる。

 俺は恐怖で足がすくみ、ただサラの背後で震えることしかできなかった。

(ここまで、なのか……?)

 レオンの顔が、脳裏に浮かんで消えた。

(いやだ……! 俺が、見つけなきゃ……!)


 その強い思いが、恐怖に麻痺していた感覚をこじ開けた。

 研ぎ澄まされた意識が、瓦礫の山の奥から放たれる、ごく微かな、清浄な気配を捉える。


「サラさん、あっちです!」

 俺は、瓦礫で半ば埋まった駐車場の入り口を指さした。

「あのビルの地下……! あります、絶対に!」


 俺の必死の叫びに、サラが一瞬だけこちらを振り返る。

「……信じたぜ、アキ! 道を開ける、走れ!」


 サラは雄叫びを上げると、弾丸のようにクリーチャーの群れに突っ込んでいった。彼女が命懸けで作ってくれた活路を、俺は涙を堪えながら駆け抜ける。

 崩れた駐車場の奥深く、コンクリートの裂け目から、それは静かに咲いていた。


 青白い、儚い光。

 まるで、夜空からこぼれ落ちた星のかけらのように、月光花が幻想的な燐光を放っていた。それは、この死の土地に咲いた、唯一の希望の光だった。


「……あった……!」


 俺は慎重に花を摘み、携行していた特殊なケースに収めた。安堵のため息をつき、サラに合図を送ろうとした、その時。


 グルルルルルルォォォォォ―――ッ!


 駐車場の暗闇の奥から、地響きのような雄叫びが響き渡った。

 それは、今まで遭遇したどのクリーチャーとも比較にならない、圧倒的な威圧感と存在感。


「……ちっ、最悪だ」

 クリーチャーを蹴散らし、俺の元へ合流したサラが、苦々しく吐き捨てた。

「どうやら、ここの『ぬし』のお目覚めのようだな」


 闇の奥で、巨大な二つの赤い光が、ゆっくりと俺たちを捉えた。

 絶望的な状況。果たして俺たちは、この希望の光を、生きてレオンの元へ届けることができるのだろうか。

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