第4話 貴族の嘘、王都の迷宮
王都の朝は、昨夜の雨の名残で少し湿っていた。街路には水たまりが残り、人々は傘を差して急ぎ足で通り過ぎる。
そんな中、私――聖女候補の澤渡璃子――は王都の中心にある貴族区へと向かっていた。
「璃子、こんな場所まで?」
ルーカスが少し眉をひそめる。
「事件の匂いは、必ず貴族の屋敷にもあるわ。普通の盗難や失踪じゃなく、権力の絡む陰謀ね」
屋敷に入ると、格式ばった雰囲気と緊張が漂っていた。集まっていたのは、都の有力貴族たち。噂話と皮肉の応酬の中、ひときわ目立つのは、老齢の侯爵と、その隣で不安げに身を縮める令嬢だった。
「聖女様……お願いです。私の家族を……」
令嬢は震える声で訴えた。彼女の兄が失踪したらしい。単なる家族間の揉め事ではない、巧妙に隠された策略の匂いが漂う。
「まず状況を整理しましょう」
私は手帳を取り出し、前世の捜査官としての勘を働かせる。
家の間取り、夜の動線、使用人の証言、貴族たちの微妙な態度――すべてが手掛かりだ。
「犯人は内部にいる。だが、表向きの証拠は誰も疑わない」
ルーカスが頷く。
「またか……王都は静かそうで、裏は血生臭いな」
そこでアレンが小さく笑った。
「それなら僕の魔法で、微細な気配を読み取る。証拠を可視化できるはず」
魔導士アレンの魔法を借り、私たちは屋敷の迷路のような廊下を探索する。微かな足音、物の位置の違和感、夜の光に映る影――それらが次第に線として結ばれていく。
「なるほど……」
私は密かに息をつき、ルーカスとアレンに向かって言った。
「兄は自ら屋敷を抜け出させられたわけではない。外部の誰かが内部情報を使い、誘拐を演出したのね」
犯人は、侯爵家の使用人を買収し、内部から計画を進めていた。動機は単純な権力争いではなく、王都の政治バランスを揺るがすための駒だった。
「王都は、外から見るよりずっと迷宮ね」
ルーカスが肩をすくめ、私の推理に感嘆する。
事件は解決したが、胸騒ぎは収まらない。失踪した兄は無事戻り、侯爵家は表向きは平和を取り戻した。しかし、この陰謀の背後には、七つの嘘のもう一つの断片が隠されていることを私は知っていた。
夜の王都の空に、雲の切れ間から月が顔を出す。光は柔らかくとも、影は濃い。
「この街の闇を、全部解き明かす――」
私は再び心に誓った。