第1話 転生聖女、事件に気付く
私は“聖女候補”と呼ばれていた。だが、その肩書きが意味するのは、朝の行列で笑顔を作り、夜に政略結婚の噂を聞くことだろうか――。
前世は現実の事件現場で血の匂いを嗅ぎ、証拠を追った女だった。ここではそれを「祈り」と「奇跡」に置き換えられている。だが、私の中で答えは変わらない。真実はいつだって、証拠と筋道が教えてくれる。
王都にある聖女庁の高い窓から見下ろす広場は、ちょうど小さな祭の日だった。色とりどりの屋台、笑い声、仮面をつけた子供たち――平和そうに見えるその裏で、小さな異変が起きていた。
「……ふふ、始まったか」
私の視線の先、群衆の中に紛れる影。目立たず、しかし確実に動く者。普通の人間には見えない動きだが、私にはわかる――あれは、消えたはずの物が移動している痕跡。
祭りが終わる頃、最初の失踪が起きる。見つからない子供、忽然と消えた屋台の持ち主、手紙もなく消えた令嬢……。
誰も気づかないほど静かに、しかし確実に、世界の片隅が壊れていく予感。私はそれを“事件”と呼んだ。
「さて、聖女としての役目も悪くないけど……本職は名探偵だものね」
そう呟きながら、私は軽く手袋をはめ直す。華やかな礼服の袖の下には、前世からの直感と推理力が隠されている。
王都の小さな謎を、一つずつ解き明かしていく――それが私の転生先での、新しい生き方だった。