第1夜 依頼05
「怨…霊…」
「そうだ。悪霊が悪化したもの、妖に近くなったもの…もう、霊じゃないな」
翠はベッドから立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出すと愛羅に手渡した。
「これは…?」
「怨霊に関する資料だ。怨霊っつっても様々だからな。少しは読んどけ」
「ありがとう兄さん」
渡された本をギュッと抱き締め嬉しそうに笑う愛羅に、翠も穏やかに笑う。
「じゃぁ、僕は部屋に戻るね」
「あぁ、あんまり無理すんなよ」
「分かってるよ、……ありがとう兄さん」
パタン……と部屋へ戻る愛羅達を見送る翠の傍に、フッと手乗りサイズの少女が姿を見せた。
横にポニーテイルされた若葉色の髪を揺らし、紅玉の瞳は心配そうに揺らめいている。
「翠様」
「―木蓮か」
木蓮、と呼ばれたその少女は、差し出された翠の掌に降り立つと、不安げに見上げた。
「宜しいのですか、あの事をお話にならなくて」
「構わないさ。あいつのことだ、自分で気付くだろう」
「…………そうですか」
「あぁ。………頑張れよ、愛羅」
*
部屋に戻った愛羅は、早速手渡された本を開いた。
その本は霊属性についてこと細かく書かれた資料をまとめたものだった。
「怨霊…怨霊…」
ぺらぺらと捲くりながら目的の資料を探す。
「あ、あった」
目的の資料を見つけて、ページを捲る手を止める。
そこには『悪霊』と『怨霊』について書かれていた。
「『悪霊』は未練の楔によって地上に縛られた霊が負の感情を取り込むことによって生まれる……」
「悪霊はいいから、怨霊の方を読めよ。そっちが本題だろ」
「分かってるよっ。えーと、『怨霊』には二種類の発生原因がある。一つは『悪霊』が更に負の感情を飲み込みながら長い月日を経たもの」
「あー確か聞いたことあるな。確か悪霊は浄化可能だが、怨霊にまで悪化したら消滅させるしかないって」
「うん、怨霊はもう人の心を喰い尽くされてるからね。魂の消耗が激しくて、正気に戻す衝撃に耐えられないんだ」
「で、もうひとつの原因は?」
焔に促され、愛羅は続きに眼を走らせる。
「もう一つは『故意』に負の感情を詰め込まれたもの。
これは対象が『悪霊』ではなくても短時間で『怨霊化』できる……って霊を怨霊に出来るの?」
「―あぁ、出来るぞ。かなりの霊力と技術が必要な危険な術だがな」
「危険…なの?」
「あぁ、大半の霊力を使うからな。下手をすれば生命力も削られる。禁術の一つの筈だ」
「禁術か……。あ、この二つの判別方法が載ってる」
「どれだ」
「ここ」
資料を覗き込む焔に、資料のある一部を指差してみせる。
「―自然に怨霊になった場合、霊気は一段と濃くなり姿を見せる事が稀である。普段は物や建物で深く眠りについているものが多く、発見しにくい。
故意に怨霊になった場合、冷気が一段と濃くなるのに加え、多少妖気に変化し始める。こちらも姿を見せるのは稀であり、普段は眠りについている者が多い。ただし、故意に怨霊化した者の近くには、その証拠である陣が描かれている」
「成る程な…、翠がこの本を前に渡した訳はこれだったか」
「うん……今回の依頼に、術士が関わってる可能性があるって事だね」
「まだ何とも言えないが、カガミの調査結果次第だな」
焔の言葉に同意するように頷く。
もし、仮に術士が関わってるとしたら、厄介な依頼だ。
「…厄介な事にならないと良いけど」
窓から外を眺めながら、愛羅は深く溜息を吐くのだった…。