第1夜 依頼04
―夕刻
旧校舎の調査をカガミに任せて、愛羅は屋敷へ戻ってきていた。
カガミが調べている間は不用意に現場に立ち入るな、と焔に念入りに言われたうえ、彼は一向に離れようとしない為、仕方なく現場には立ち寄らずに屋敷に戻ってきたのだ。
「僕も旧校舎を調べたかったのに」
ベッドに座って溜息吐く愛羅を、焔が軽く睨んだ。
「馬鹿か、何の為のカガミだ。あいつが調べている間は大人しくしとけ。
お前が動いたら、あいつが動く意味が半減するだろうが」
「そうだけど…」
「それにな、あそこには霊気が充満してたんだ。いくらお前でも当てられる可能性はある。
それを危惧したカガミが忠告してただろ」
焔にそう言われ、朝のことを思い返す。
確かに、彼女には忠告らしきものを言われた。
理由は言わなかったが、そう言う事か、と納得した。
「まぁ、二人がそう言うなら大人しくしとくけどさ」
「って、どこに行くんだ」
キシッとベッドから立ち上がって部屋から出ようとする愛羅の肩に急いで飛び乗る焔。
愛羅はフッと口元に笑みを乗せ他だけで何も言わず、スタスタと部屋を出て廊下を進んでいく。
「おい、愛羅」
焔が声を掛けても、愛羅は応えない。
真っ直ぐ続く廊下の奥をじっと見ながら歩みを進めるだけ。
そんな彼にこれ以上声を掛けても無駄だと悟った焔は、納得いかないまま口を閉じ彼の首元に巻きついた。
目的地である部屋の前まで来ると、愛羅はすっと真剣な表情を浮かべ、トントンッと軽くドアを叩いた。
「誰だ?」
「愛羅だよ。兄さん、少しお話があるんだけど、いい?」
「いいぜ、入ってこいよ」
部屋の主の許可を貰い、キィッとドアを開けて入る。
中で待っていたのは、ベッドに座った愛羅と同じ藍色で癖っ毛の髪、右目を包帯で覆った青年―緋守翠。
愛羅の実兄であり、緋守家次期当主の有力候補。
しかし、当人は家を継ぐ気はないらしく、愛羅に全て譲ると豪語しまわってる、少し変わった人だ。
「どうした、お前がここに来るなんて珍しいな」
そう言いながらも嬉しそうな様子を見せる翠に、愛羅も頬を緩ませる。
しかし、ここに来た目的を思い出し、すぐさま真剣な表情に戻した。
「ちょっと兄さんに聞きたい事があって」
「聞きたい事?」
本当に珍しいな、と翠は首を傾げながらも、話を聞く体制をとった。
「うん、兄さん、確か霊属性について詳しかったよね?」
「うん?お前だって詳しいだろ」
なんたって、お前はこの家の秘蔵っ子なんだから、と茶化す翠を「兄さん」と一言咎め、話を続ける。
「僕の知識じゃ、お手上げなんだ」
「お前でお手上げって…」
一体何だよ、と先ほどまで穏やかだった目が真剣みを帯びる。
「今、依頼を受けてるのは耳に入ってるよね?」
「あぁ、確かお前が通ってる学園だっけか。
依頼内容を見た限りじゃ、そう難しいものじゃないと思うんだがな」
「依頼内容は、ね。実は、今日現場に下見に行ったんだ。そこでちょっとおかしなことがあって」
「おかしなこと?何があった?」
「霊気が酷く充満してるんだ。なのに、霊の姿どころか、霊の気配すらない。
今カガミに調べさせて入るんだけど…兄さん何か知らない?」
「……霊気の質は?」
「え?」
問われた問いに、一瞬動きを止める。
しかし翠はそんなことは気にしないで先を促すように愛羅を見つめた。
「…霊気にしては冷たくはなかった。重み…圧力はあったけど」
「…成る程な」
納得した、とでも言うように呟く翠に、愛羅は首を傾げた。
「兄さん、何か知ってるの?」
「愛羅、それは、もう霊気と呼べるものじゃない」
「―どういうこと?」
「簡単に言えば、霊気と妖気の中間か」
「…ますます分かんないんだけど」
時々こうして遠まわしな言い方をする翠。
どういう意味があるのか、愛羅には検討はつかなかったが、こういう言い回しをする翠は、どことなく畏怖の念を感じさせる雰囲気を纏う。
「つまりだ、そこにいるのは、ただの霊じゃないってこと」
「え、それってつまり……」
「そうだ」
ニィッと不敵な笑みを浮かべて、翠は告げた。
「怨霊だ」