第4夜 現れた敵07
「その子が…夜叉姫…?!」
愛羅は信じられないといった様子で琥珀達に視線を向けた。
琥珀達も思いがけなかったのか、目を見開いていた。
「正直に言えば、『夜叉姫』の成りぞこない、かな。この子が覚醒する前に『冥府の使い』とやらに封印されてしまっていたからね」
その言葉に、あの時皇夜が何故話してくれなかったのか、その理由を悟った。
「……その『なりぞこない』とやらをどうする気だ」
紅弥の言葉に、少年はニィッと意味深な笑みを浮かべ、少女の頬を撫でた。
「まだこの子は『眠った』状態だからさ。…彼女を利用するにしても、まずは起こしてあげなきゃならないでしょ?だから、あの駒が必要なんだ」
少年はそう言って、花音へ視線を向ける。
花音は苦しそうに顔を歪めながらも、指を鍵盤に滑らす。
その指が奏でる音は、聞いた事のない戦慄を奏で始めた。
不協和音で耳障りとも言えるその旋律は、愛羅達の脳に直接響いてくる。
「くっ、何だこの旋律は……!!!」
「頭が、痛いっ」
「これは……まさかっ?!」
部屋に響く旋律に、焔は険しい顔で少年を睨み付ける。
少年は、面白そうに笑みを浮かべると
「そうだよ、この旋律は『呪歌』…呪いの歌と呼ばれる曲だよ。その旋律には呪いが込められてる…それに僕の呪力も上乗せしてるからね、強烈だよ。『夜叉姫』の目覚めには最高でしょう?」
クスクスと邪気を含んだ笑い声と共に放たれた言葉に、焔は顔を顰めた。
「その曲は、数百年前に封じられたはずだ。何故、それを知っている?お前は、誰だ?」
焔はボッと身体の周りに焔を生み出しながら問う。
そんな彼の様子に、愛羅は彼が焦っているのを感じ取った。
いつも余裕綽々の彼が、焦るなんて珍しい事。
それ故に、彼女の『目覚め』が『恐ろしい事』なのだと感じ取れる。
【――羅、愛羅】
「え…皇、夜?」
何処からともなく聞こえた声に、視線をさ迷わせるが、彼の姿はない。
しかも、彼の声はどうやら愛羅にしか聞こえていないらしく、紅弥も焔も少年を睨み付けたままだ。
【愛羅、よく聞いて。彼女…彼女は、鬼の力が覚醒すると言われていた16歳の時封印したんだ。だから、彼女自身は自分が何者なのか分かっちない。無理やり目覚めさせてしまうと、自分の力を知らない彼女は、鬼の力を使いこなす事ができず、おそらく暴走してしまう】
「それって…かなりまずいよね」
【そう、だから彼女が目覚める前になるべく奪い返して、救って。万が一、彼女が目覚めてしまったら…『浄魂の笛』で力を鎮めて。目覚めたばかりの彼女なら、おそらくそれで止められるはず】
「…でも、あの子からどうやって彼女を取り戻したら…あの子に近づけない上に、花音を人質に取られているようなものだし」
【僕が力を貸すから、呪歌を笛の音色で相殺させて。後は、虚空の君の力でなんとかなるはず】
「……分かった、やってみる」
【頼んだよ…緋守の主】
皇夜の声が止むと、愛羅は懐から笛を出す。
そっと口と手を添えて、ゆっくりと音を奏でる。
浄魂の笛から奏でられる音に、おそらく皇夜の力であろう神力が交わり、部屋を満たし始める。
その力は、花音の弾く呪歌の力をどんどん消し去っていく。
「なっ?!呪歌の呪力が…消されていく…!!」
少年は小さく見開いて、ばっと愛羅に視線を向ける。
愛羅の手の中にある笛に気付くと、悔しそうに眉を寄せる。
「浄魂の笛……!!まさか、神器を持ち出してるとはね」
予想外だ、と少年は舌打ちをし、愛羅を睨み付ける。
「紫苑!!花音を頼む!!」
「了解」
「させるか!!」
花音へ近寄る紫苑を邪魔しようと、少年は影を放つ。
が、ギリギリのところで紫苑は花音を救い出すことに成功した。
紫苑の作る結界に包まれて愛羅達の元へ戻ってきた花音はかなり霊力を消費しているらしく、姿を保ちきれていなかった。
「かなり霊力を消費してる…。このままだと、消滅してしまうな」
「……琥珀、彼女に少し力を分けてあげて。消滅を防ぐ程度で構わない」
「分かりました」
琥珀は花音に触れ、身体を発光させた。
琥珀の霊力が徐々に花音に流れ込み、花音の姿がだんだんとはっきりしてきた。
会った頃と同じ程度姿を保てるようになったのを確認して琥珀は花音から手を放した。
「…流石、緋守家次期当主様、まさかここまで邪魔されるとはね。――本当に、邪魔だよ」
ス……と眼を細めて少年は冷たく言い放つ。
花音が愛羅達の手元に戻った所為で、少女を目覚めさせる『呪歌』をもう奏でられない。
「君の、本当の名前は何?『地藤大樹』じゃ、ないでしょ?」
「――あぁ、彼に会ったの?彼も、君と同じようにしつこかったよ。だから、ちょっと『呪い』をかけさせてもらった。彼の名前を使ったのは言うまでもないでしょ?地藤家当主の名は中々に都合良くてね、当の本人も『呪い』の所為で表に出られないし、この準備するのに助かったよ」
「……君は、嘗て僕ら緋守一族と同盟を組んでいたのにも拘らず『闇の力』に魅入られ、闇に堕ちた一族…『梔子家』の者だね?」
愛羅の言葉に、ピクッと微かに反応を示した。
「―――そんな事まで、調べたんだ?そうだよ、僕は梔子魔兎李…梔子家直系の三男…『妖鬼使い』」
改めて宜しく、と告げる少年―魔兎李の瞳は冷たく光った。