第4夜 現れた敵01
旋律が流れる中、周りに警戒をしていた愛羅達だったが、異変は無い。
只、隔離された空間は戻ることもなく愛羅達を『外』と断ち切っている。
意味もなく閉じ込めるはずは無い。
何かしら相手は行動を起こす気だ、と愛羅達は気を張り詰める。
「愛羅…気を抜くなよ」
「分かってるよ、焔。いつ仕掛けてくるか分からない」
愛羅と焔は小さく頷き合うと、視線を花音へ向けた。
彼女は、それはそれは嬉しそうにピアノを弾いていた。
鍵盤の上を滑る様に動く指先は楽しそうで、見ているこちらも楽しくなりそうだ。
彼女が、本当にピアノが大好きだというのが良く分かる。
だからこそ、愛羅は許せなかった。
彼女のピアノに対する『愛情』を、まんまと利用したこの事件の首謀者が。
純粋な彼女を『負』で染め上げていた術者が。
「絶対…捕まえてみせる」
ギリッ…と強く手を握り締め、愛羅は誓う。
もう、彼女を利用なんてさせはしない。
愛羅の瞳は、決意で煌いていた。
*
そうこうしてるうちに花音は弾き終わったらしく、音色は止んでいた。
余韻に浸っているのか、彼女は暫く瞼を閉じたままその場から動かなかった。
「…満足したか?」
紅弥の問いに、パッと瞼を開き彼女は嬉しそうに笑って頷いた。
心底嬉しそうな顔を浮かべる彼女に、紅弥もどうして良いのか分からず「良かったな」と声を掛けるだけに留めた。
「『上』へは行けそう?」
『はい、愛羅さんたちのおかげで未練も消えましたから』
「そっか。じゃぁ、僕が君を『上』に送ろう」
愛羅は小さく微笑んで掌を彼女の額に添えた。
「天原に神留り坐す、皇親神漏岐、神漏美の命以て、八百万神等を神集えに集え賜い、神議り賜いて……天つ神、国つ神、八百万神等共に、聞こし食せと白す」
愛羅の唱える祓詞に、徐々に透けて依り代が見え始めた花音の体。
この様子だと彼女は直ぐに浄化できる、と愛羅達が思った。
しかし
「させないよ」
ヒュンッと何処から飛んで来たか分からない一枚の札が彼女の後頭に張り付いた。
「邪なる風に呑まれて……内なる闇を解き放て」
『いやぁぁぁぁ!!あ゛ぁぁぁぁっ!!』
何処からともなく聞こえてきた呪詛に応える様に、浄化しかけた花音の体に黒い電流のようなものが走り、彼女に苦痛を与える。
彼女は苦しそうに呻き、その場に座り込んだ。
「花音!!」
「愛羅、浄化だ!!」
焔の声に、愛羅は頷くとかなり長い数珠を取り出して、彼女にかけた。
その間も、黒い電流はバチバチと彼女を蝕んでいく。
「ちはやぶる神の御手を翳さば、悪鬼怨霊の影掻き消えて...怨敵の呪いの息を打ち祓え !!」
『うっ…あぁぁ…っ!!』
シュゥゥゥ...と彼女を縛り付けていた電流が消え、彼女に張り付いていた札もボッと燃えて灰になった。
「花音、大丈夫?」
『は、はいっ…なんとか…』
こくんと頷き答えるも、彼女はかなり気を消耗したのかぐったりとしていた。
このままでは、また負の力に取り込まれてしまう。
そう判断した愛羅は、先程使った数珠を彼女に持たせた。
絶対に手放すなと告げると、彼女は素直に頷いた。
「この呪は……」
「間違いなく、呪詛だ。このタイミングを狙ってたみたいだね」
「――そうだよ、折角使える駒を見つけたのに、消されちゃ堪らないからね」
唐突に聞こえてきた見知らぬ声に、愛羅達は警戒を露にして、辺りを見渡した。
「っ誰?!」
愛羅の声に応える様に二階の客席に現れたのは一人の少年。
明るい茶色の髪に藤色の瞳で、黒いチャイナ服を身に纏っている。
その特徴的な少年は口元に笑みを浮かべて愛羅達を見下ろしていた。
「やぁ、初めまして、かな?緋守家の次期当主、並びに緋守家分家次期当主殿」