第3夜 旋律09
「……愛羅、出来た」
「うん、上出来だ。ありがとう紫苑」
力を込め終わった紫苑は、依り代となった人形を愛羅に手渡した。
受け取った依り代を、今度は少女の方へ差し出す。
差し出された人形に、少女は首を傾げ、愛羅に視線を向けた。
「これに手を添えて。中に入るイメージをしてごらん」
愛羅は優しい声でそう促すと、少女は恐る恐る手を人形に添えて、言われたようにした。
すると、少女の体は見る見るうちに人形へ吸い込まれていき…とうとう彼女は人形の中へすっぽりと入ってしまった。
その途端、ポンッと音を立てて人形が、先程までの彼女の姿と大きさに変化した。
少し違うとすれば、髪の間からぴょこんっと生えてるウサ耳ぐらいだ。
『えっ?えっ?ウサ耳??』
「うん、まずまずかな。依り代の元が兎の人形だから、ウサ耳が残っちゃったみたいだけど」
ぴょこんっとその存在を主張するウサ耳に触れながら、愛羅は苦笑する。
即席で作った依り代で人型に変化できただけ上出来か…とも思ったが、やはり少し悔しい。
『私…触れる?』
ペタペタと周りにある楽器に触れながら、少女は驚いていた。
今まで幽体だったから、『物に触れる』ということは出来なかった。
それが、驚きに拍車をかけているんだろう。
「今の君は『依り代』という器に入ってる状態だから、物に触れることは可能だよ。勿論、ピアノを弾くことだって出来る。ただし、一時的な器だから、『生き返る』なんてことは出来ないけど」
『ありがとうござます』
「お礼を言われることじゃないよ。えと、君の名前は?僕は緋守愛羅」
『あっ、私は白城花音です。そちらの方は…?』
「あぁ、僕の式神の紫苑と紅林。この子は相棒の焔。あっちは、従兄弟の紅弥とその式の律と炎珠だよ。紅弥、挨拶ぐらいしなよ」
「…緋守紅弥」
愛羅に促され、どこか不服そうに名を告げる紅弥に、愛羅は苦笑を零す。
もう少し素直になれないのかよ…、と律が呟いたが、幸いなことに彼の耳には入らなかった。
『緋守……?えと、お二方はあの有名な『緋守家』の方々なんですか?』
「よく知ってるな。確かにこいつらは、その『緋守家』の人間だ」
焔の言葉に、少女―花音は「そうですか」と軽く頷いた。
『有名ですから…物の怪(私達)の間では特に』
「あぁ、お前達にとって俺達はある意味天敵だからな。知らないほうがおかしい」
紅弥は素っ気無く告げると、コツコツと部屋から出ようとした。
「紅弥、どこ行くの」
「どこって…決まってんだろ、そのコンサート会場だ」
「…紅弥、急いては上手く行く事も上手く行かないよ?」
余裕そうな態度を見せる愛羅に、皇夜は眉を顰めた。
今の状況は、余裕なんて持つことが出来ないはずだ。
あの少女だって、何時また負の力に侵されるか分からないというのに。
それなのに余裕なのは、お前にそれだけ実力があるからって言いたいからか、と紅弥は心の中で毒づく。
「お前は随分と余裕そうだな。いくら依り代に入ってるとはいえ、何時また負の力に侵されるか分からないっていうのに」
「余裕ってわけじゃないけど…帰ってくるのを待ってるんだよ」
紅弥の刺々しい言い方に愛羅は苦笑を漏らすしかなかった。
彼の言い分も分かる。
事実、愛羅には『余裕』なんてものは全然ない。
何時また負の力が彼女を侵し始めるか分からない、時間が勝負だ。
だからこそ、愛羅は『彼女』が帰ってくるのを待っている。
「待ってる?」
いったい何を、と言いたげな紅弥に、愛羅は小さく笑って視線を上にあげた。
するとそこに大きな鏡が出現し、中から琥珀が現れた。
「お帰り、琥珀」
「ただいま戻りました、愛羅。例の件はあちらで進めてくれるそうなので、そのまま現場まで行けとのことです」
「そう。なら、いつもの通り頼むね琥珀。紅林は一旦戻って」
「また後でね、愛羅」
紅林はそう一言言い残しフッと消えた…いや、宝玉へ戻ったというほうが正しい。
「成る程、琥珀の『移動能力』を使うのか。確かに、足で赴くよりそいつの力で飛んだほうが早い」
「だから待ってたんだよ。言っとくけど、今の僕には余裕なんてものひとかけらも残ってないからね。あぁ、勿論紅弥も連れて行くから式達を一旦還しなよ」
「…律、炎珠、一旦戻れ」
「おう、後でちゃんと呼べよ」
「…ふん、呼んだら来てやらなくもない」
二人も一言残し、フッと消える。
それを見届けると、焔は愛羅の肩に飛び移り、愛羅は左腕で紫苑を抱えた。
「花音、君も行くんだよ」
ほら、と差し出された愛羅の右手に、花音は恐る恐る手を添えた。
そんな彼女の手をきゅっと握り、ふんわりと笑って見せた後、愛羅は琥珀に視線を向けた。
「琥珀」
「分かりました。道を開けます」
ヴォンッと、先程よりも大きな鏡を造り出す。
愛羅達は、その鏡の中にずぶずぶと入っていく。
全員が鏡の中に入った瞬間、ヒュンッと鏡は消え、その場は静寂に包まれた…。