第3夜 旋律08
『私、いったい…?』
自我が戻った少女の霊は訳が分からないと首を傾げて辺りを見渡し、愛羅達に視線を向けた。
彼女に纏わりついていた影も消え去り、残りの影もピアノに纏わりつくだけで、こちらに仕掛ける様子は見せなかった。
「意識が戻ったんだね?」
『あの、いったい何が…?」
「お前、操られてたんだよ」
紅弥の言葉に、少女は目を見開いた。
そんな彼女に、愛羅はこれまでのことを話した。
強制的に彼女が怨霊化されていたこと。
彼女の弾くピアノが人を自殺に追いやろうとしている事。
そして、彼女に纏わりつく“影”と傍に描かれた“陣”の事。
始めこそ驚いていたものの、少女は話を真剣に聞いていた。
『…それは、ご迷惑おかけしました』
全ての話を聞いた後、少女は深々と頭を下げた。
どうやら彼女は、元々真面目な子らしく、知らず知らずとはいえ自分が迷惑をかけていた事を悔やんでいた。
そんな彼女に、愛羅は「大丈夫」と優しく声を掛けた。
「それにしても…君は何でこんなところに?」
そう問うと、少女の視線はピアノに向けられ、寂しそうに笑った。
『私、ピアノが大好きなんです。将来はプロになりたくて…、だけど大事なコンテスト前に事故で死んじゃって…』
「それで、未練が残って夜な夜なピアノを弾いていたってわけか」
『はい…まさかここまで騒ぎになるとは思わず…。ただ、ピアノを弾いていたかっただけだったんですが…』
苦笑しながら話す少女から、愛羅は微かだが、『悲しみ』を感じた。
…プロを目指している彼女にとって、チャンスであるコンテストに出られなかったことが『未練』となり、地上に縛り付ける『鎖』となってしまっているのは明白だった。
この『鎖』をどうにかしないと、今回助かった彼女でも、次回また利用される可能性が高い。
「……君は、ピアノを弾ければ満足できる?」
愛羅の言葉に、少女は一瞬きょとんっとしたが、次の瞬間ぱぁっと華が咲いたような笑顔になった。
『はい、ピアノを…強いて言えば、あのコンサート会場で弾ければ満足です』
「そう…その会場は何処?」
『龍ヶ崎コンサートホールです』
「…琥珀」
「はい」
「今すぐ家に戻って、あの人に『龍ヶ崎コンサートホールを貸しきり』にするよう伝えてくれ」
「分かりました」
琥珀は小さく頷くとその場からフッと消えた。
「愛羅、こいつを浄化する気か?」
「うん、このまま放っておくと、また利用されかねない」
「けどこいつ、ここに『縛られてる』…自縛霊だろ」
紅弥の言葉に、愛羅は頷く。
この少女は『自縛霊』それは間違いない。
ここに…ここの『ピアノ』に強く思い入れがあるのか、あのピアノからは離れられない。
「だけど…依り代があれば別」
「依り代?確かに、それがあれば移動も出来るけど、そんなのここにはないだろ」
「ないなら、作ればいい」
愛羅はそう言うと、紫苑を呼び、小さな兎の人形をポケットから取り出した。
「紫苑、『コレ』を依り代に出来る?」
「勿論、愛羅が持ってたから、依り代にするには最高の器」
任せて、と人形を受け取り力を込める紫苑。
その様子を、少女は不思議そうに見ていた。