第3夜 旋律06
ボォォォォ... と炎珠の放つ炎が陣を飲み込む。
その様子は凄まじく、肌を撫でる熱風がその威力を物語る。
「やったかっ…?!」
期待したような眼でその様子を見る紅弥だが、炎を放ってる炎珠の顔は厳しいものになり、額には薄っすら汗が浮かんでいた。
シュゥゥゥゥ... と激しく渦巻いて陣を飲み込んでいた炎が、突然消えた。
陣は傷一つなく、未だその姿を保っていた。
皆の視線が炎珠に向けられる。
先程の炎にかなりの魔力を注ぎ込んだのか、炎珠はぐったりと壁により掛かっていた。
顔色も少し悪く、苦しそうに顔を歪めていた。
「炎珠っ!!」
心配そうに炎珠の傍にいく律に、炎珠は片手をあげて制した。
「だ…い丈夫だ。少し、魔力を使いすぎた」
「魔力を使いすぎて大丈夫なわけあるか。ほら、寄りかかれ」
律の言葉に反論する気力もないのか、炎珠は素直に律の方に寄りかかった。
その様子に、皆、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
「紅林、サラマンダーの魔力はどれぐらい?」
「…私達を100とするなら、彼の魔力はざっと85ぐらい…貴族級の魔力よ。大抵の事は出来るくらいかしら」
「…琥珀、陣の方は?」
「…全く傷ついていません。先程の魔力を受けていたら少しは崩れると思いましたが…ビクともしていませんね」
紅林と琥珀の言葉に、愛羅は頭を悩ませる。
上級の魔力でも、あの陣は壊せない。
『普通』なら、紅弥の式である炎珠でも壊せるものらしいが、あの陣は壊せなかった。
つまり『普通じゃない』ということ。
「―――おい、様子が変だぞ」
焔の言葉に、全員の視線がピアノに向けられた。
―先程まで、ピアノを一心に弾いていた少女が、こちらに視線を向けていた。
その瞳は虚ろで彼女の意思が感じられない。
それどころか、ピアノに纏わりついていた影が、彼女にも纏わりつき始めた。
「さっきまで、こっちの事気にも止めてなかったよね?それに、影が…」
「おそらく、あの陣に手を出したからだろ。影はあの霊を支えてるようだな。まぁ、今の姿を保ってるのは陣だからな。陣にしかけたのは少しは効果があったということか」
「と言うことは、僕達は彼女の標的になったって事?」
「そういうことだ。気を抜くなよ、愛羅」
焔は威嚇するように、少女を睨みつける。
焔の体からは金色を帯びた炎が纏わりつく。
『―――て』
少女の口が、動く。
『――し…い…』
「あの霊、何か言いたいみたい」
そう言うと、紫苑は少女の例の前まで移動した。
『闇』と『無』の力を併せ持つ彼女は、操られた霊との交信が得意だ。
そのことを知っている愛羅は、黙って事の成り行きを見守ることにした。
「あなたは、何を伝えたいの?私が届ける、話して」
紫苑の紫の瞳がキラリと光る。
それに合わせて、少女の瞳に微かに光りが灯る。
『―――て、く…しい…けて』
だんだんと少女の言葉が紡がれていく。
『…苦、しい…助けてっ!!!』
ブワッッ
「!!」
「紫苑っっ!!」
少女が叫んだと同時に紫苑は吹き飛ばされた。
おそらく、彼女に纏わりついている影の力だろう。
吹き飛ばされた紫苑を何とか抱き留めた愛羅は、視線を少女に向ける。
『助けて…邪魔をするな…苦しい…手を出すな』
反対の言葉を交互に吐き出す少女。
己の意識を取り戻しつつある少女に、愛羅の瞳に希望が宿る。
「焔、あの子が意識を完全に取り戻したら、陣の威力も弱くなるかな?」
「…そうだな、あの霊の意識を取り戻せば、負の力の供給も難しくなる。必然的に、陣の力が弱くなるだろうな」
焔も、愛羅の言いたいことを理解し、再び少女に視線を向ける。
支配と自分の意思の覚醒で苦痛の表所を浮かべる少女。
ここから、彼らの反撃が始まる。