第3夜 旋律05
「……喧嘩するのは良いんだけどさ、状況と場所を考えて欲しいよね」
「本当よね。私達が無事なのは琥珀が頑張ってくれてるからなのに」
「私のことは気にしないでください。この程度、なんともありませんから」
深く溜息を吐きながら、紅弥と炎珠のやり取りに呆れたような眼差しを向ける愛羅と紅林。
結界を張り続けているのにも関わらず、余裕そうに答える琥珀。
そんな彼らに苦笑しながらも、自分の主と仲間をフォロー出来ないでいる律。
そんな中、紫苑はス……と瞳を細め、手を紅弥と炎珠に向ける。
キンッと空気が一瞬止まったかと思うと、紅弥と炎珠は動きを止めていた。
「ようやくじゃれ合い終わった?」
「じゃれ合い言うな!!体が動かねぇんだよ!!」
「はぁ?」
「…紅弥と同意見なのは癪に触るが、俺の方も動けん」
本当に体が動かないのか、視線だけ愛羅達に向けて叫ぶ紅弥と、体が動かないと言うのに冷静な炎珠。
皆の視線は、二人に手を向けている紫苑に注がれた。
「紫苑…?何かしたの?」
「煩いから、彼らの体を支配した。彼らの体は、今、私の支配下」
どうやら彼らのジャレ合いが紫苑にとっては相当煩かったらしく、一時的に彼らの体を支配したらしい。
眉間に皺を寄せながらも、もう喧嘩しそうにない二人に手を下ろした。
すると、彼らに掛けられていた術が解けたのか、紅弥と炎珠は手を握ったり開いたりして確認していた。
「紫苑の十八番よね、他人を支配するの。流石、『闇』と『無』の女帝と言われるだけあるわ」
「…紅林だって、意識を支配するの得意。私と然程変わりはない」
「あら、私は意識を『支配』してるんじゃないわ、『魅了』してるだけ。だから、それなりに精神力が強い人は掛かりにくい。だけど、紫苑の『ソレ』は違う。紫苑の場合は、主を除いて『全ての物』を支配できる。紫苑が支配を断ち切らない限り、半永久的な支配が出来る。そんなこと、紫苑以外に出来ないわ。琥珀もそう思うでしょ?」
「そうですね。紅林の『魅了』と違い、紫苑の支配は私達にも効きますから」
琥珀も紅林の意見と同じだ、と首を縦に振る。
当の本人は、そんなことない、と言いたげに二人に視線を向けた。
「――その話は、今はどうでも良いだろ。今はアレを何とかするのが先決だ」
終わりそうにない話に、焔はヒュンッと尻尾を振りながら、ピアノの方に向ける。
やはり少女はただピアノを弾いているだけ。
しかし、その旋律には魔力が混ざっていて、普通の人には害のあるものだろう。
「ふん…今回の標的はあいつか。確かに、律じゃぁ無理だな。俺に勝てん奴が、これに勝てるとは思えん」
「炎珠、もうちっと柔らかく言ってくれ。俺だって傷つくときは傷つくんだぞ?」
「傷ついとけ。どうせ紅弥に甘いお前の事だ。俺が呼ばれたのも、相性最悪なのに紅弥の為とかで対峙してやられそうになったとかなんだろう」
「よくお分かりで。流石だな、炎珠」
「お前と何年組んでると思ってるんだ。いい加減、その甘さを何とかしろ。お前が傷つくと俺が困る」
「……おぅ、今度は気ぃつける」
「そうしろ」
二人で盛り上がってる紅弥の式達に、愛羅達は意外だと言いたげな視線で彼らを見つめた。
「あの二人、属性で言えば相性最悪なのに…」
「チームワークは良好ねぇ。あのプライドが高い『サラマンダー』がああも言うなんて…仲良きことは美しきかな、ってね」
「炎珠…主のあの子の前と律の前じゃ、違う」
「本当ですねぇ」
「……炎珠は、ああ見えても仲間思いなんだ。俺の言うことは素直に聞かないくせにな」
紅弥は溜息を吐きながら言った。
「紅弥も素直じゃないからね。どっちもが維持張ってたら上手くいかないに決まってるじゃん」
愛羅は呆れたように告げると、紅林に視線を向けた。
「紅林、あの陣は炎珠だけでも壊せそうかな?」
「…サラマンダー程の力なら、壊せると思うわ。アレが、普通に施された物ならね」
先程の事もあってか、紅林は考え込むような仕草を見せた後そう告げた。
愛羅自身、先程の例を考えるとあの陣が普通の物かどうか判断しかねる状態だった。
「当たって砕けるしかないだろ。炎珠、あの陣を壊せ。早急にな」
「ふん、いちいち偉そうに命令をするな、未熟者」
そう口答えする炎珠だが、陣に向かって炎を放つ。
別に、紅弥を認めていないとか紅弥が嫌いなわけではないから口答えしても、最終的に命令はちゃんと聞く。
二人のやり取りを見て「本当に素直じゃない奴らだな…」と律が笑っていたのを二人は知らない。