第3夜 旋律04
ポロン、ポロロン...と音が鳴り出したと同時に、ピアノの鍵盤付近にボゥッと人影が浮かんできた。
黒い影が纏わりついているソレは、どうやら少女のようだ。
少女は愛羅たちを見向きもせず、ひたすら旋律をその手で奏でるだけ。
その旋律に合わせて影が愛羅たちを襲う。
琥珀の結界によって愛羅達に危害を加える事はないが、影は何度も結界にぶつかり、ベチャリベチャリと嫌な音を立てる。
それでも、ピアノの前の少女は視線を向けることはなく、ただ旋律を奏でるだけ。
「あの子が元凶か……」
「そうみたいですね」
「あの子は本物ね、しかも怨霊レベルの子。浄霊は出来ないかも知れないわね」
紅林達の言葉に、愛羅は悲しげに少女を見やる。
『浄霊』が出来ないとなれば必然的に『除霊』をすることになる。
霊たちを強制的に排除するやり方は、なるべくしたくない愛羅は、どうにか説得できないかと辺りを見渡す。
ふと、彼女の傍で微かに光る陣を見つけた。
「ねぇ、焔。あれ…」
「ん?…アレは…そうか、こいつは無理やり怨霊になったものか」
「確か、兄さんに貸してもらった本に書いてあったよね?」
「あぁ、あの陣はあの霊を無理に怨霊化させるための物と見て間違いないだろうな」
「無理に怨霊かされたものなら…浄化可能」
「本当?!紫苑!!」
紫苑はこくんっと頷いて、陣に指を差す。
「あの陣が、あの霊に強制的に負の感情を送り込んでる。故意に怨霊にする場合、負の感情を持続的に送り込まないといけない。だから、あの陣はあの霊が怨霊でいるためには必要不可欠」
「と言うことは…あの陣をどうにかすれば何とかなるって事だな」
紅弥がそう言って、律を陣の場所に向かわせようと指示を出そうとすると、紅林が何処から取り出したか分からないハリセンで、紅弥の頭をスパーンッと叩いた。
「何すんだよ、赤女!!」
「この餓鬼んちょ!!律じゃ無理だってどうして学習しないの!!」
「はぁ?」
「あの陣も『魔』の力で構成されてるんですよ。ですから、律では解く事はおろか、返り討ちに遭いますよ?」
比較的温厚な琥珀にまで呆れたように言われ、紅弥は悔しそうに顔を歪めた。
「紅弥、正直…今回俺だけじゃ、きつい。あいつ喚んだ方がいい」
「けど、あいつは俺の言う事を素直に聞かないんだぞ?!」
「あいつ…って?」
『あいつ』が誰だか分からない愛羅は、不思議そうに首を傾げる。
「あいつって言うのは…俺と同じ紅弥の式なんだけど~…まぁ、何て言うか素直じゃないんだよ」
苦笑を浮かべながら告げる律に紅弥は更に嫌そうな顔をした。
「ふ~ん、でも相性はいいんでしょ?式として紅弥と契約してるなら」
「あぁ、相性はいいんだ。けど、ほら、どっちも素直じゃないから」
「ふぅん。まぁ、他に式がいるなら喚んだ方が良いよ。今回律は分が悪い」
愛羅の言葉に、紅弥は「分かってる」と小さく言い、溜息を吐きながら一枚の札を出す。
「炎を纏いし蜥蜴よ、契約に従い、我の前に姿を示せ」
ボォッと札が燃えたかと思うと、そこからオレンジ髪の少年が出てきた。
「フンッ、久々の呼び出しか」
「正直、喚びたくはなかったがな」
「律だけじゃ、手が余るのか。未熟者だな」
紅眼の瞳がキラリと光り周りを見渡す。
紅林の姿をその瞳が捉えたかと思うと、少年は紅林の前まで来て跪いた。
「御目に掛かれて光栄です、妖艶の君」
「あら、誰が喚ばれるのかと思えば、『サラマンダー』あなただったの。プライドが高いと有名だったけど…あの餓鬼んちょと契約結んだのね」
「えぇ…まぁ、ちょっとありまして」
「ふん。素直に『勝負して負けました』ぐらい言えよ、炎珠」
「煩いぞ」
ボォッと炎珠と呼ばれた少年から放たれた炎は紅弥を襲う。
が、紅弥は軽くそれを避ける。
「避けんな」
「なら、当ててみろよ」
バチバチッと睨み合う二人に、愛羅達は深く深く溜息を吐いた。
.