第3夜 旋律03
ギィィィィ...と重そうな音を立てながら開く扉の向こうは真っ暗で、何も見えない。
明かりをつけようと、スイッチを手探りで探す。
パチンッとスイッチを押すと、パッと明かりのついた。
部屋の中では、部屋の中央に大きなグランドピアノが我がもの顔でそこに存在していた。
普通の人は見えないだろうが、ピアノの周りには薄っすらと影が纏わりついていて、禍々しい雰囲気を醸し出していた。
揺ら揺ら揺れるソレは、意思を持っているように蠢いていた。
「あら…かなり濃い『魔』の気配だと思ったのに…紛い物だったの」
「紛い物…でしたか。どうりで、強いわりに不安定な気配のはずです」
「どういうこと?」
紅林と琥珀の言葉に、愛羅は眉を顰める。
視線は勿論、ピアノに向けたまま。
影はこちらの様子を窺うようにただ揺れるだけだ。
「アレは純粋な『力』…『存在』じゃない。本物そっくりの『紛い物』…人工物」
「人工物?アレが?」
あんなに強い気配を放つものが人工物なのか。
愛羅は信じられなかったが、彼女達が言うのなら間違いはないだろう。
そうなれば問題はただ一つ。
『アレ』は誰が造ったのか、ってこと。
普通の人は勿論、力が弱い術士でもまず無理だろう。
本物と見間違うほどの精密で巧妙な物。
呪物…と言っても良い物かも知れない。
アレは、簡単に造れるものでは無い。
「どんなに強い気配でも、人工物ならそんなに手間は掛からないわね。直ぐに消すまでよ」
紅林が片手に力を圧縮し、それをピアノに向かって放つ。
しかしバチバチッと音をたて、紅林の放った力はいとも簡単に跳ね返されてしまった。
「なっ!!」
力を跳ね返されたことに、全員が眼を見開く。
「おい、簡単じゃなかったのか?!」
「煩いわね、餓鬼んちょ!!こんなこと予想外よ!!普通の紛い物なら私の力で十分消せるもの!!」
紅弥を紅林がキッと睨みつける。
「紅林の言う通りです。『紛い物』は所詮造られた物。『紛い物』が本物の力に勝てるはずがありません。これは、何かおかしいです!!」
「じゃぁ、一体何だって言うんだよ?!」
紅弥が苛立った様に叫んだ直後、ビュンッと影の一つが紅弥に向かって振りかぶってきた。
「危ない!!」
それに気付いた愛羅が擦れ擦れで庇ったおかげで、影は紅弥ではなく壁にドコッとめり込んだ。
「いたたっ…。紅弥は無事?」
「……助かった。…礼は言っとく」
愛羅が庇ったおかげで、紅弥は傷一つ負っていない。
紅弥は俯いたまま、それでも礼を告げた。
「怪我が無いなら良いよ」
「愛羅!!大丈夫?」
焦った様子の紅林が愛羅の元へ飛んで来た。
「心配ない、怪我してないよ。それより、どうやら一筋縄じゃいかないみたいだね」
「……ただの人工物とは、わけが違うみたい。」
「だろうね。紅林の力を弾くほどだ。対策を考えないと」
「迂闊に手を出したら、逆にこちらが不利になってしまいますからね…」
「ほんと、『紛い物』だと思って油断しちゃったわ」
「とりあえず、紅林の力が跳ね返されたってことは直接攻撃出来ないってことかな」
「おそらく。私でも、紫苑でも跳ね返されてしまうでしょうね」
ピアノを睨みつけながら、攻略を練る。
その間も、ピアノの影はうようよと動いてこちらを攻撃してこようとする。
それを琥珀に張らせた結界でしのいでいると、ソレは聞こえてきた。
ポロンポロンッとピアノの音が、静かに旋律を紡ぎ始めた。
これが、依頼にあった旋律。
悲しいような、寂しいような…儚げな旋律が…。
―――静かな部屋を、旋律が支配し始めた。