第3夜 旋律02
「ふん、遅かったな」
「色々あったんだよ。それにしても相変わらず力任せなそのやり方、いい加減止めたら?式、かなり消耗してるみたいだよ」
視線を紅弥の傍に控えている律に移しながら呆れたように告げられた言葉に、キッと愛羅を睨みつける。
言い返したいが、愛羅の言ってることが正しいと分かってるのか、悔しそうにギリッ…と唇を噛み締める紅弥に、彼の式である律は慰めるように頭を撫でた。
「律も、いくら紅弥が好きだからって甘やかしてたら駄目じゃないか。いくら君が強かろうと、今回みたいな事になりかねないよ」
「うー…分かってんだけどな」
「分かってる、じゃありませんよ。下手したら、死んでいたかもしれないんですよ?そもそも、あなたは獣属性。対する相手は魔属性。敵う相手じゃないのは目に見えてるでしょう」
「…厳しいなぁ、幽華の君は」
「琥珀が厳しいんじゃない。あなたが甘い、ただそれだけ。自分の力が全く効かない相手と対峙するのは自殺行為。あなた、死ぬ気?」
苦笑を浮かべる律に、琥珀と紫苑が口々に言う。
二人の言い分は最もなこと。
律は、反論も出来ずに苦笑を浮かべるだけ。
「それにしても…さっきの奴、霊の気配はしなかったな…。その代わり…魔の気配が微かに漂ってる。琥珀、よく相手が魔だってすぐ分かったな」
「私は、気配には敏感ですから。気配にはそれぞれの属性事に特徴があるんです。それを感じ取ったので。愛羅も、よく分かりましたね…ほんの微かしか魔の気配はしないのに」
「あぁ…慣れ、だよ」
「ふ、ふんっ。それくらい、俺だって分かってたさ」
「それなのに、律を喚んだの?」
「ぐっ…」
「獣は魔に弱い…基礎中の基礎でしょ。あのまま紫苑が助けなかったら…君達2人とも死んでたよ?」
小さく溜息を吐く愛羅に、紅弥は何も言い返せない。
場の空気を読み間違えたのも、召喚ミスしたのも、全て自分の間違った判断。
それを痛感させられて、ギュゥッと手を握り締めた。
「…『魔』属性なら、紅林を喚ぶか」
5色の宝玉が埋め込まれた首飾りを服の中から取り出し、前に掲げる。
「全てを紅く染める魔の王よ、契約に従い我の前に姿を示せ」
パァッと赤い宝玉が光りだすと、フワンッと紅林が姿を見せた。
「愛羅、やっと喚んでくれたのねっ!!」
嬉しそうに笑う紅林の頭を、愛羅は優しく撫でた。
「この部屋に残ってる微かな魔の気配を追って欲しいんだけど」
「あら?今回の『お転婆さん』は私の配下なの?」
「そうみたいです。霊の気配はしませんが、魔の気配は微かに感じることが出来ます」
「琥珀がそう言うならそうね。紫苑もそう思うんでしょ?」
紅林の問いに、紫苑はこくんと頷いた。
「先程、一匹消した。……魔の属性だった。今回の件に『魔』が関わってるのは確実」
「あら、それなら本当に湊の出番無いわね。湊は私達『魔』にはてんで弱いんだから」
クスクスと笑う紅林に反応するように、蒼の宝玉が点滅する。
おそらく、紅林の言葉に反論してるのだろうが、当の本人は気付かない振りをしている。
「紅林」
「分かってるわよぉ。愛羅はせっかちね」
「紅林、今回の件は『あの方』も関わってるんだ」
「あの方って…まさか」
紅林の視線を受けて、琥珀は苦笑し紫苑は微かに眉を寄せる。
二人の様子に何か悟ったのか、紅林は嫌そうに顔を歪めた。
「それなら、さっさと済ませた方が得策ね。……気配はあっちに続いてるようよ」
紅林の指が指し示すのは音楽準備室。
「確かあそこには…壊れたピアノが置いてあったような…」
「あぁ、3ヶ月前に壊れたピアノが運ばれてたな」
「…紅弥、ついてくる気?」
「俺も、この依頼を受けてるって忘れてないか?」
「忘れては無いけど…」
「……ふん、心配しなくても今回の勝負は無しだ。…さっき不本意だが助けられた義理もあるからな」
フンッとそっぽを向く紅弥に、小さく溜息をつきながら、準備室の扉のドアノブに手をかけた。