第2夜 神の子06
―鳳凰の間。
緋守家の一番奥に造られた部屋で、緋守家当主とその直系の数人しか足を踏み入れてはならない特別の間。
その部屋の前に来た愛羅は、無意識に焔を抱く腕の力を強めた。
「愛羅、緊張してるのか」
「するに決まってるでしょ。この部屋、何回来てもなれないし……じい様は、正直苦手なんだ」
「まぁ、洸は喰えない奴だからな。いつも笑みを浮かべてるが、内心何考えてるのか読めない」
「あの人以上に喰えないよ」
焔の言葉に愛羅は同意するように軽く頷き、扉を軽く叩いた。
「…誰かな?」
「愛羅です、じい様が呼んでいるとお聞きしてやって来ました」
「入りなさい」
中から聞こえてきた声に従い中に入ると、愛羅を少し成長させたような姿の人物が椅子に座っていた。
彼が、この緋守家で『御前様』と呼ばれる人物―洸だ。
「見ないうちに大きくなったね、愛羅。さぁ、そこに座りなさい」
「じい様こそ、相変わらずのお姿で」
そう言いながらも勧めた席に座る。
焔は、愛羅の膝の上に乗っかり洸を見上げる。
「ふふっ、焔も元気そうだ」
「俺を誰だと思ってる。その辺の奴らと一緒にするな」
ヒュンッと尻尾を振って答える焔に微笑して、愛羅の首元で光る宝玉を見て、眼を細めた。
「成る程、もうあの子と接触したんだね」
「あの子?」
「それは、あの子から貰ったんだろう?力を繋ぐ媒体として、ね」
首元を飾るそれを指差し告げる洸に、愛羅は微かに眼を見開いた。
何故、見ただけで分かったのか。
それに、冥府の神子をあの子呼ばわりとは。
「何で分かったか、みたいな顔をしてるね?聞かなかったのかい?あの子に」
「…じい様が、あの方の『気』に倒れなかったと言う話は伺っております。しかし、じい様と付き合いがあるとは思いませんでした」
「あぁ…、私から話せ、ということか。あの子らしい考え方だ」
何かを察し納得したように呟く洸に、愛羅も焔も不思議そうに視線を向ける。
愛羅達の視線を受け、洸は微かに苦笑しながら口を開いた。
「愛羅は、私が何故『歳を取らない』と思う?本来なら、私はかなりの歳を取っているはずなのに、私の姿は20代前半と言ったところだろう。不思議に思わなかったかい?」
「…周りの者は、『不老の秘術』だの何だの言っておりますが…私は、禁術による対価か何かかと思います。じい様が禁術を使った、と言う話は聞いていないので、半信半疑といったところですが」
「ほう…、流石、次期当主候補だね。鋭いなぁ」
感心したように言う洸に、焔は眉を寄せた。
「お前、禁術に手を出してたのか」
「…焔には言ってなかったね。では、話してあげよう。何故、私がこの様な姿になったかを、ね」
洸はポツリポツリと、昔話を語るように語り始めた。
緋守家、氷季家、地藤家の因縁のこと。
冥府の神子のこと。
氷季家と地藤家が神子を従えようとしたこと。
それを阻止する為、禁術を使ったこと。
「それで…その体ですか」
「そうだよ、最も、この体も冥府の神の慈悲のお陰でこの程度で済んでるんだけどね。
本来なら、人の姿をしてない化物に堕ちていたはず」
「それが冥府の神の慈悲で『時が流れない体』で踏みとどまったと」
「そうだね、あの方にもあの子にも感謝してるよ。禁術を使ったとき、私は『人として生きること』を諦める覚悟だったからね」
懐かしそうに語る洸に、心中複雑で聞いていた愛羅は、小さく溜息をついた。
この先祖に、この子孫あり…だ。
自分の父親を思い出して、心の中で小さく悪態をつく。
「で、君を呼んだわけなんだけど」
「昔話を聞かせるためだけじゃなかったんですね」
「うん、勿論だよ。君に渡したいものがあってね」
コトンと小さな音を立てて机の上に置かれたのは小さな箱。
何だ、と視線を箱に向けると、洸が小さく笑いながら
「これは、君に譲ろう。君なら使いこなせるはずだよ」
と箱を愛羅の方へ押した。
「これは、何ですか」
「何だと思う?」
「呪具、の類ですか?それにしては清浄な気を感じますが」
「正解」
洸は楽しそうに笑って告げた。
「これはね、浄魂の笛だよ」