第2夜 神の子05
―がばっ
勢いよく体を起こし、辺りを見渡す。
頬を冷たい汗が伝う。
部屋は薄暗いが、窓から微かに光が差し込んでいる。
枕元の置き時計を見ると針は五時半を差していた。
「さっきのは夢……じゃないみたいだね」
いつの間に掛けられたのだろうか、愛羅の胸元には先程夢の中であった青年が身に着けていた青い宝玉が埋め込まれた首飾りがキラリとその存在を強調していた。
『忘れるな』という警告なのだろうか。
しかし、彼は『手助けをする』と言っていたはずだ。
とすると、これは『契約』の証なのか。
どっちにしろ、これが存在するということは『あの夢』はただの夢ではないということだけは確信できた。
「随分早いお目覚めだな」
不意に掛けられた声に、視線を首飾りから上にあげると、蒼銀の髪の青年が金色に輝く瞳で愛羅を見下ろしていた。
「焔…?何で人型に……」
空狐と同じ『焔』と呼ばれた青年は小さく溜息を吐くと、愛羅の横に腰を下ろした。
「先刻まで古い友人が訪ねてきてたんでな。それより、いつもより随分早いお目覚めだが…何か『視た』のか?」
焔の問いに、ピクッと微かに反応を示す愛羅。
話すかどうか少しの間考えて、結局話す事にした愛羅は口を開いた。
「焔はさ、知ってる?…『冥府の神子』の話」
その言葉に、焔は眼を細める。
「……知ってる。古い付き合いだ」
「じゃぁ、旧校舎が、昔儀式の場として使われていた事も」
「勿論、知ってる」
焔の言葉に、愛羅は「そう」と一言呟いて口を閉じた。
なんとなく、なんとなくそんな気はしていた。
焔だけでなく、兄も、姉も、式神達でさえ、何か隠しているようだった。
おそらく、彼らが隠していたのはあの場所の『過去』と『彼』の存在だったのだろうと納得した。
彼らのことだ、自分に話さないのは何か理由があるのだとは思っていたが……。
「(まさか、冥府が絡んでいたとは、ね)」
冥府が絡んでいたのなら、おいそれと口に出来る筈がない。
どんなに力を持った術士だろうと、冥府に手を出すなんて死に行くようなものだ。
今回の件も、『冥府の遣い』が出てくる前に片付けたかった、もしくは『冥府に気付かれたくなかった』のかもしれない。
結局は、『冥府の遣い』と言ってもいい『彼』が愛羅に接触してきてしまったが。
口を閉じたまま、今までの経緯と今後についてぐるぐると考え込んでいる愛羅の頭を、何を思ったのか、焔が優しく撫でた。
「焔?」
「……黙っていたのは、悪かった。まさか、こんなにも早くあいつが『接触』してくるとは思わなかったんだ」
どこか落ち込んだ様子を見せる焔に、愛羅はフッと小さく笑みを浮かべた。
「いいよ、焔が僕に話さないときは、何かしら理由があるときだし…今回の件は、そう簡単に口出来るものじゃないし」
「…そうか。で、あいつとは何を話したんだ」
「あぁ、実は……」
焔に先程の夢について話した。
過去視をしたこと。
『彼』に依頼の援護を受けることになったこと。
そして、何故か首に掛けられた首飾りのこと。
「あぁ、その首飾りはあいつとお前を繋ぐ一種の『鎖』だな。あいつは…まぁ、分かってると思うが今回の件について直接手を出せない」
「うん、それは聞いた」
「そこで、だ。お前を媒介にして、力を発揮させようって訳だ。と言っても、あいつ自身が力を使えるわけじゃない。あいつの力を、その首飾りを通して、お前に使わせようって魂胆だな」
「『彼』の力を僕が使えるの?どう考えても無理じゃない?」
愛羅の言葉に、焔は大丈夫だ、と頭を一撫でした。
「あいつの『気』を当てられて立っていたんだろ?なら、充分素質がある。それに、あいつは『お前だからこそ』自分の力を貸すんだろうよ」
「それってどういう…」
コンコンッ
愛羅が言い終わる前に、ノック音が部屋に響いた。
「愛羅様、起きていらっしゃいますか?」
「起きてるよ」
「御前様がお呼びです。至急鳳凰の間へお越しください」
「分かった、すぐ行く」
女中が部屋から遠ざかったのを確認すると、愛羅は立ち上がってクローゼットから服を取り出し、着替え始めた。
「焔も来る?」
「あぁ、久しぶりに洸の顔を見に行く」
いつの間に戻った狐姿の焔を、着替え終わった愛羅は抱き上げて、御前様の待つ鳳凰の間へ足を向けた。