第2夜 神の子04
「まさか、あなたが…あの有名な『冥府の神子』…?!」
「へぇ、そんな風に呼ばれてるんだ?昔は『死神』だの『冥府の鬼人』だの呼ばれてたのに」
目の前でおかしそうに笑う青年に、愛羅は冷や汗を流す。
ケラケラと笑う彼は、傍目から見たら普通に見えるだろう。
しかし、放たれる『気』が凄まじい。
腕一本、いや指一本も動かすことを阻まれる。
彼の膨大で圧倒的な『気』に飲まれる。
「…君は、本当に当主に相応しい器の持ち主だね」
冷や汗を流しながらもどうにか立っている愛羅に、青年は眼を細め告げる。
「俺を初めて見て倒れなかったのは、洸以来だ」
「じい様も、あなたを見て倒れなかったんですか…?」
「あぁ、あいつは俺の気に怯えはしたものの倒れなかった。今の君と一緒だね。因みに、君の兄と姉は後一歩の所で気を失ってたよ」
あの姉と兄が、この気に負けた…。
その事実に少なからず衝撃を受ける。
どんな者にも臆することがなかったあの二人が、この気を前に破れたと言うのだから、驚かない方がおかしい。
「…で、あなたは何の用で僕に会いに?」
曲がりなりにも神である相手に不躾か、と思いつつも疑問に思ったことを問う。
青年は、フッと微笑んで手にした扇を広げ口元を隠しながら言った。
「あぁ。実は、今君が受けてる依頼についてなんだけど」
「依頼…についてですか?」
「そう。さっき、君が見た通りここはかつて俺が冥府の生贄として殺された…儀式が行われた場所なんだ。その上にこの校舎が建ってしまったが、校舎を取り壊せば儀式の痕跡が生々しく残ってるのを確認できる」
「儀式が行われた場所…生贄を捧げた場所……まさか…!!」
「分かった?ここは、『禁忌の術』を行うのに、最も適した場所。亜空間まで作ってるみたいだから、『禁忌の術』発動させる為に用意された空間だと言っても良い。だからこそ、俺は君の所に来た。『禁忌の術』を止める手助けをする為に」
「何故、あなたが…」
確かに、禁術を発動させられるとここ一帯の土地が歪み、均律が崩れる。
それは避けたいことだが…。
ここに存在しているとはいえ、ここの土地神ではない目の前の彼には禁術など直接の影響はないはずだ。
「言っただろう?ここは俺が生贄に…今の『父親』の子になった場所。だから、この土地は神聖な場所になる。この土地はね、冥府とも深く繋がってるんだ。だから、禁術なんて発動されたらあちらの世界にも歪みが来てしまう。そうなれば、『父さん』の仕事が増えてしまうからね。だから、それを止めたいんだ」
成る程、この地は冥府と繋がっているから『向こう側』にも影響を及ぼすのか。
愛羅は納得したように、小さく頷いた。
禁術の影響は『向こう側』でも脅威になる。
だからそれを阻止する為、彼は『使えそうな人間』として愛羅を選んだのだろう。
「分かりました、何としでも禁術を止めましょう。もとより、禁術を放って置くなど出来ません」
「頼むね。俺は手助けは出来るけど、直接干渉が出来ないから、君だけが頼りなんだ。本当なら、俺が何とかしたいところ何だけど」
「分かっています。『神の掟』には、逆らえないのでしょう?僕が、なんとかします」
真っ直ぐ、意志の強い眼で青年を見つめる愛羅に、青年は懐かしそうに眼を細め、
「…やっぱり、君はあいつの血を引くものだね。その心、その意志の強い眼、変わらないな。さぁ、夢が覚める…」
―気をつけて…
その声を微かに聞きながら、薄れていく視界に身を委ねた。