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第八話 語り継ぐ者

“記録者”の目覚め


あの日から、蒼依の姿を見た者はいない。


大学も、バイト先も、SNSにも、蒼依は一切姿を見せなくなった。


しかし――彼女が“消えた”その翌日、新たなレビューが「読書アプリ」のコメント欄に投稿されていた。


『第七話、震えました。次は……誰が語るんでしょうね』


投稿者の名前は伏せられていた。だが、そこには“蒼依の部屋のIPアドレス”が記録されていた。


それに気づいたのは、大学院で情報解析を研究していた佐倉恵麻さくら えま、22歳。


蒼依の先輩であり、かつてのルームシェア仲間だった。




「蒼依が……いない?」


蒼依の部屋を訪れた恵麻は、鍵のかかっていないドアと、薄暗い室内に不穏な気配を感じた。


バスルームの扉が、わずかに開いていた。


そして、床には濡れたスマホと、黒いノートが落ちていた。


ノートの表紙には、金の箔押しでこう記されていた。


『第八話:語り継ぐ者』


それを手に取った瞬間、ページが一枚、ゆっくりと開かれた。


その紙にはこう書かれていた。


『記録者へ。ようこそ。あなたはまだ“読者”である』




恵麻は、その日から黒いノートを研究室に持ち込み、解析を試みた。


活字ではない、手書きのような筆致。それでいて、ページが開くたびに内容が変わる。


電子ペーパーの技術か? それとも未知の印刷方式か?


――だが、最も恐ろしいのは、ノートの内容が“常に”現在進行形で書き換わることだった。


ある晩、ノートにこう記されていた。


『恵麻は今日、5限のゼミを欠席した。彼女は理由を“頭痛”と答えたが、本当は――』


その内容は、誰にも話していない“心の中の真実”だった。


「なんで……」


震える手でページを閉じた。


しかし、次に開いた時、こう書かれていた。


『あなたが読むことで、物語は続く。あなたが書かなければ、“次の読者”は選ばれない』




次の日から、恵麻のまわりで異変が起きた。


自宅の風呂場の鏡に、湯気がないのに“指の跡”が浮かぶ。


大学のトイレで、誰もいないはずの個室から水音がする。


スマホの画面が、勝手に真っ暗になり、フロントカメラが起動する。


そして、ノートの一節が“通知”として届いた。


『あなたが最後まで語り継がなければ、この物語は“永遠の読者”を求めて彷徨う』




ある夜、恵麻は決意した。


自室の机の上にノートを広げ、ボールペンを手に取る。


「……私が、記録する」


そう言って、書き始めた。


『第八話:語り継ぐ者』


『蒼依がいなくなった日、私はその痕跡を見つけた。バスルームには黒いノートが残されていた。これが呪いなら、私はその正体を暴いてやる。だが、書けば書くほど、物語は“こちら側”へと滲み出してくる――』


その瞬間、ノートの中から水滴が一粒、ポタリとこぼれ落ちた。


ペンの先が濡れたページに染み込む。


そして、新たな行が自動的に記された。


『記録者・恵麻の物語は続く。だが、次のページを開いた時、“彼女”はすでに読者ではない』


その夜、恵麻の部屋の灯りは、朝まで消えなかった。


彼女が記した第八話は、アプリにアップされることはなかった。


だが、そのノートは――今日もどこかの浴室に置かれている。


次の“読者”を待ちながら。


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