第七話 新たな読者
水の底からやってくる
蒼依は、大学で情報メディアを学ぶ20歳の女子学生。風呂好き、ネット小説好き、お気に入りの読書タイムは、入浴中にスマホ片手にアプリで“異世界モノ”を読むことだった。
その日もいつものように、湯船に身を沈め、薄暗くしたバスルームで読書タイムを楽しんでいた。
ふと目に留まったのは、ランキングの上位にあった未読作品。
『第五話まで公開中・話題沸騰のホラー連載』
興味半分でタップしたその瞬間、画面が暗転した。
――『ようこそ、読者さま』
タイトルも作者名も出ていない。だが冒頭の語りは異様に滑らかで、蒼依の指を止める間もなく、ページは進み始めた。
読み始めてすぐに気付く。
……この話、どこかで見たことがある。
湯船、鏡、黒い影――
「これ、私じゃん……?」
そう思った瞬間、背筋がぞっとした。湯が揺れた。振り返ると、蛇口も何も触れていないのに、水面が波打っていた。
スマホの画面が勝手にスクロールし、文字が浮かぶ。
『次は、あなたの番です』
◆
蒼依は風呂場から逃げるように飛び出した。全身びしょ濡れのままリビングに転がり、スマホを床に投げた。
「ふざけないでよ……誰……っ」
けれど、スマホは起動したまま。「第六話」が開かれていた。
『由梨の物語は、いったん閉じた。だが、読者は終わらない。次の“語り手”が必要です』
蒼依は指を震わせながら読み進める。
そこには“自分”の名前が書かれていた。
『2025年8月、新たな読者・蒼依は、湯の中で物語と出会う』
◆
翌日、友人にこの話をしようとしたが、口を開いた瞬間、耳に水音が響いた。
ピチャン……
口が動かない。喉が塞がれたような苦しさ。
家に戻り、スマホを確認すると、新たな投稿が表示されていた。
『第七話:新たな読者』――公開中
だが、表示されていたのは“自分”の顔だった。
フロントカメラの映像。
背景は、浴室。
◆
恐怖と混乱の中、蒼依は決意する。
「こんなのおかしい。消さなきゃ」
アプリをアンインストールしようとすると、スマホが再起動し、画面が黒く染まった。
『書くことからは逃れられません』
湯船の水が勝手に張られていく。
蛇口は閉じたままなのに、底から溢れるように湧き上がっていた。
「いや……来ないで……っ」
しかし、すでに足首まで水が迫っていた。
◆
その夜。
蒼依の部屋には、誰もいなかった。
ただ、バスルームのドアが少しだけ開いており、中には濡れたスマホと、黒いノートが一冊――
そこには、こう書かれていた。
『第八話 執筆予定:2025年秋、次の読者に引き継がれる』




