第十話 最後の水面
目が覚めた時、天井は波打っていた。
光が揺らぎ、壁に反射している。
ベッドにいるはずなのに、どこか水底のようだった。
枕元には、黒いノート。
ページの端から水が染み出し、布団へと広がっている。
慌てて跳ね起きると、足元がぬるりと冷たい。
ページに文字が浮かんだ。
『最後の読者は、あなた』
――
バスルームのドアが、わずかに開いている。
中から湿った風が吹き出し、肌にまとわりつく。
閉めようと近づいた瞬間、足首に水が触れた。
部屋の床に水はない。なのに、その感触は確かにあった。
ドアの隙間から覗くと、湯船は空だった。
だが、鏡に映る浴槽は、水で満たされ、底は見えない。
「……やめろ」
声は震えていた。
鏡の中で、水面がひとりでに揺れる。
ポチャン
音と同時に、鏡の水面が大きく広がり、部屋の中へとあふれ出した。
――
気づけば、腰まで水に浸かっていた。
家具も窓も、水の向こうに歪んで見える。
息をするたび、水音が肺の奥に響いた。
スマホが手の中にあった。
画面には小説投稿サイトが開いている。
最新話のタイトルは――『最後の水面』。
スクロールすると、そこに書かれていたのは、今の自分の行動そのもの。
――あなたは、立ち上がろうとするが、水の重みが足を縫い止める。
――視界の端で、白い手が揺れる。
ページを閉じようとしたが、スマホから冷たい雫が滴り、指先まで凍える。
――
白い手が近づく。
その先に、蒼依と恵麻がいた。
水の中でもはっきりとわかる、虚ろな目と口元の笑み。
「……次は、あなたが書く番」
冷たい囁きと共に、背後から何かが押した。
視界が水面の下に沈む。
音が消え、代わりに心臓の鼓動だけが響く。
――
暗闇の底で、ノートが漂っていた。
ページを開くと、最後の行に文字がにじみ出す。
『これを読んだ者は、最後の読者となる』
ノートの紙が溶けるようにほどけ、周囲の水に混ざっていく。
やがて、その水が自分の肺の中まで満たしていった。
――
翌日、この部屋には誰もいなかった。
ただ、机の上にはスマホが一台、黒い画面を静かに光らせていた。
やがて画面が切り替わり、新たな小説ページが開く。
『第十話 最後の水面』――読者:あなた
これで、この連鎖はひとまず終わり…かもしれません。
ただ、今あなたが読んだことで、“次のページ”はすでに開き始めています。




