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第5話「二度目の尾行とゴミ漁り」

 金曜日の午後。

 怜奈は車で太の後を追っていた。

 地元の町を抜け、車で1時間ほどの大きなショッピングモールへと向かう太。

(こんなところまで……?)

 休日でもないのに、なぜこんな遠くへ買い物に?

 疑問を抱きながらも、怜奈は慎重に尾行を続けた。


 太はモールの中を歩き回り、ふらりと婦人服売り場に入った。

 服を選ぶ女性たちに混じりながら、太は女性ものの衣類や下着を手に取っていた。

 ワンピース、ブラウス、下着セット――

 明らかに、男性が一人で見るには不自然なコーナー。

 店員の若い女性がちらちらと太を警戒する目で見ていた。

 太はそれに気付いたのか、帽子を深くかぶり直し、そそくさと衣類を数点選んでレジに向かった。


「奥様か誰かへの贈り物ですか?」

 店員が声をかける。

 太は一瞬、固まった。

 そして、ぎこちなく笑いながら答えた。

「え……えぇ……あぁ……はい……」

 その歯切れの悪さに、怜奈の胸はきゅっと締め付けられた。

(……誰に? 何のために?)


 太は次にホビーショップに入った。

 美少女アニメ○○シリーズのコーナーで立ち止まり、キャラクターグッズを手に取り、慣れた手つきでいくつかのグッズを購入していた。

 キーホルダー、アクリルスタンド、ぬいぐるみ。


 その手際の良さが、「ただのファン」なのか……。

 それとも――

 怜奈の頭の中で、疑念が膨らんでいく。



 太は買い物を終えたあと、モール内のカラオケ店に入った。

 怜奈は迷った末、店内に入り、太の入った部屋の近くに位置を取った。

 ドアの隙間から、かすかに音が漏れてくる。

 しかし、それはカラオケの伴奏ではなかった。


 聞こえてきたのは――

 まるで動画サイトの音源を流しているかのような、綺麗に整った女性の歌声だった。

 テレビでよく耳にする女性アイドルのヒット曲、そして、美少女アニメの主題歌。

 太の声は聞こえない。


 怜奈は耳を澄ましたが、どうやら太は歌っていないようだった。

 ただ、動画サイトの音楽を流して、それを一人で聴いているだけ。


(……一人カラオケに来て、歌わないで動画を流して聴いてるの? 絶対変よ……)

 怜奈は、得体の知れない不安に胸を締め付けられながら、そっとその場を離れた。


 太はカラオケを終えると、ショッピングモールの地下で、プリンとシュークリームを買い、何事もなかったかのように帰路についた。

 怜奈も車を出し、少し距離を取って追いかけた。

 

 帰宅する太の姿を見届けながら、怜奈は握りしめた拳をそっと開いた。

(証拠は、ない。)

(でも……。)

 明らかに、普通とは違う。

 彼の行動のひとつひとつが、じわじわと、怜奈の不安を確信へと変えつつあった。



 数日後、静香にせがまれて怜奈と静香、伽奈は一条家を訪れた。

 太はいつものように、照れくさそうな笑顔で出迎えた。


 庭先で静香が遊び、伽奈が宿題をしている間、怜奈はふと太を見た。

 彼は、シャボン玉を吹く静香を、静かに見守っていた。


 ただの優しい隣人かもしれない。

 でも――

(いつか必ず、証拠を掴んで、娘たちを守ってみせる。)

 怜奈は、強く、心に誓った。



 翌日、宮野家は少し遠くの町へ出掛ける予定だった。

 怜奈は、子供たちにとってもだが、自分にとってもいい気分転換にもなるかと思っていた。

 しかし、朝になって圭介のスマホに連絡が入った。

「ごめん。急な打ち合わせが入った」

「……断れないの?」

 怜奈の問いに、圭介は少しだけ機嫌悪そうに、

「今、大事な時期なんだ。休めない。それに今日は泊りになるかもしれない」と答えた。

 結局、その日のお出掛けは中止になった。


 静香は、がっかりするかと思いきや、嬉しそうに手を叩いた。

「お兄ちゃんと遊べるから、いいもん!」

 伽奈も、「静香が遊びたいって言うなら……」と、どこか楽しそうな顔をしていた。

 怜奈の胸に、焦りが込み上げた。



 3時のおやつの時間になって、太が庭から手招きしてきた。

「これ……。おじいさんと一緒にいる時に、よく作ってたんです。よかったら、食べて?」

 手渡されたのは、手の込んだオペラケーキだった。

 何層にも重ねられたスポンジとガナッシュ。

 表面はつややかなグラサージュ。


 怜奈は思わず、息を飲んだ。

(私よりも、上手……?)

 こんな手間のかかるものを、こんな見事に作れるなんて――

 だが、

(本当に手作り? お店で買ったものじゃないの?)

 怜奈は疑いを拭えなかった。


 静香と伽奈は、一口食べるなり、目を輝かせた。

「おいしーい!」

「なにこれ、ケーキ屋さんより美味しいかも!」

 太は、ただ静かに微笑んでいた。

 怜奈も、渋々フォークを手に取った。

 口に運ぶと、たしかにとても美味しかった。

 でもだからこそ、お店で買ったもので間違いないだろうという思いが確信に変わるのだった。



 帰り際。

 太は静香に、あの金曜日に購入していたアニメグッズを手渡してきた。

「これ……良かったら」

 怜奈は即座に断った。

「いえ、そんな、すみません」

 しかし、静香は手にしたグッズを見た途端、目を輝かせた。

「これ、ほしかったやつ!」

 太は柔らかく微笑みながら言った。

「静香ちゃんに、ぜひ貰ってほしいです」


 怜奈の胸に、再び不安が膨れ上がったが――

 静香は手放さなかった。

 結局、怜奈は言い負かされる形で、そのグッズを受け取ることになった。


 家に帰ると、伽奈が何か言いたげな顔をしていた。

 怜奈は、何気なく尋ねた。

「なにか、言いたいことがあるの?」

 伽奈は口を開きかけたが、すぐに、何かを飲み込んだように目を伏せた。

「……ううん、なんでもない」

 それだけ言うと、部屋に引っ込んでしまった。


 怜奈は不安を隠せなかった。

(……もしも、何かされた? それとも、脅されてる……?)

 心の中で、警鐘が鳴り響いていた。



 早朝。

 まだ日が昇る少し前、怜奈は人目を忍んで道路沿いに出されたゴミ袋に近づいた。

 太がゴミを出すタイミングは事前に調べてわかっていた。

 怜奈は罪悪感に震えながらも、太が出したゴミ袋を素早く手に取り、車のトランクに押し込んだ。


(こんなこと……本当は、したくない……)

 でも、守らなければならない。

 静香と伽奈を。


 自宅に戻ると、怜奈は誰にも気付かれないよう、自室に鍵をかけた。

(会社に泊りで圭介がいないのが幸いするなんてね……。)

 そんな皮肉に苦笑しながら、手袋をはめ、ゴミ袋の口をそっと開く。


 最初に出てきたのは、お菓子作りに使った材料の空き袋やパッケージだった。

 チョコレート、アーモンドパウダー、製菓用バター、薄力粉――

 それは、手間のかかるオペラケーキを作った痕跡だった。

 怜奈は、息を呑んだ。

(……本当に、作ったんだ……)

 お店で買ったものだと完全に思い込んでいた怜奈は、少しの間呆気に取られるのだった。


 さらに袋を探る。

 怜奈は、もっと別のもの――

 成人男性らしいゴミ、性的なものを連想させるような雑誌や包装紙を、どこかで予想していた。

 だが、出てくるのは、生活感のない包装紙や、コンビニスイーツの空き容器ばかり。

 エロ本も、アダルトグッズも、そんなものは一切出てこなかった。


(本当に、杞憂だったのかも……)

 怜奈は、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。



 だが、ゴミ袋の底近く、丸められた紙くずの束を見つけた。

 広げてみると、そこには、震えるような字でこう書かれていた。

「静香ちゃんは天使だよ。ずっとずっと、笑顔でいてね」

 文字は、何度も書き直した跡があり、線が乱れて、くしゃくしゃになっていた。

 怜奈の指先が震える。

 さらに、別の紙も見つけた。

 そこには、簡単な走り書き。

「伽奈ちゃんに似合いそうな衣装」

 そして、その下に、フリルのついたワンピースや、少女趣味のドレスの簡単なスケッチが描かれていた。


 怜奈の喉が、カラカラに乾いた。

(……娘たちに、特別な意識を持っている……?)

 ゴミ袋を元通りにまとめ、怜奈はしばらくその場に座り込んだ。

 静香と伽奈の笑顔が、頭に浮かぶ。


 もし、この違和感を見逃して、取り返しのつかないことが起きたら――

(……絶対に、守らなきゃ……!)

 怜奈は強く拳を握った。


 そして、もっと調べよう。もっと確かな証拠を。

 静かに、けれど確かな決意が、怜奈の中に芽生えた。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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