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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

豪傑姫の婚約破棄騒動

作者: 山城昆布

ギーダング国歴698年。

人類を蹂躙し争いを続けてきた魔王は、一人の姫君によって遂に討たれた。

その姫の名前はリフィテル・アレクシア・ギーダング。絹のような金髪は王族にしては短く、肩までの長さ。大きなアメジストを嵌め込んだかのような瞳と、雪のように白い肌。

同年代の貴族の令嬢と比べても華奢で小柄な体格からは1メートルを優に超える剣を振り回していたとはとても思えない。

そんな可憐な姫君が何故魔王を倒せたのか。それは王家の血筋にある。

ギーダング王家は、遥か昔に魔王を封印した英雄の血筋だ。そして初代ギーダング国王は、次のように述べていた。


『魔王の封印が解除され、再度世界が絶望で包まれたその時。我が子孫の力が目覚めるであろう』



そう、その言葉の通り、リフィテル姫は先祖である英雄の力に目覚め、見事魔王を討ち取ったのだ。

………実際にはその先祖の想像よりちょっっっっっっとばかり目覚めた力が強く、異世界から呼ぶ聖女やら勇者やらを『帰る手段用意してんの?してない?………え、馬鹿じゃないの、だめに決まってるでしょ』と召還の儀を一蹴して、『しゃらくせえ!』と一人旅に出て、『魔王むかつきません?一緒にぶっ飛ばしにいきましょーよ!』と仲間は現地調達し、『封印なんぞ甘いことしてもらえると思うなよぉおぉ!!』と見事魔王をぶん殴ってきたのである。人々はそんな豪快な姫を敬い、感謝し、そしてちょっとだけ恐れ慄きながら、見た目は可憐な英雄を『豪傑姫』と呼んだ。




「リフィテル姫!俺はやはり野蛮な貴女との婚約を破棄させていただく!そしてこちらの女性らしく優しいマーティア・フロム男爵令嬢と婚約を結び………」


「そいやあぁ!」


「ぐわぁああ!!」


「ま、マーティアぁあ!」



時は699年、とある夜会の舞踏会で黒檀の髪と黄金の瞳を持つ美男……デイル・ヒルストン公爵令息は、肩に愛人である最愛の男爵令嬢を抱いてその経歴でプライドをバキバキに折ってくる婚約者の豪傑姫を手酷く振って………やろうとした瞬間、腕の中の愛人を目にも止まらぬ速さで槍で貫かれた。

崩れ落ちるマーティアを腕に抱きながら顔を上げる。周囲の貴族は突然の蛮行に悲鳴を上げながら逃げ出した。

涙を零して自分たちを見下ろす巨大な槍を手にしたリフィテルを睨みつける。その場で剣が抜けなかったのは、うさぎが熊に逆らうわけがないのと同じ摂理だ。



「貴様!このようなことをして許されると思っているのか!!」


「思ってますけど?」


「こ………この、化物め……!」



肝心のリフィテルはまだあどけなさの残る愛らしい顔にまるで罪悪感を乗せずに言ってのける。その異質さに背筋が寒くなるが、震えた声で悪態を吐くのが精一杯だ。ああ、目眩がする。それに酷く吐き気を覚えた。この酷い臭いは………臭い?


「にしても、デイル様ってただのボンクラ坊っちゃんじゃなかったんですね」


「何……?」


「よくそんなもの抱えてられますねってことです」



──何故それまで気付かなかったのだろう。否、もしかしたら無意識のうちに現実逃避をしていたのかもしれない。


貫かれた腹から溢れる血は、赤ではない。それはおぞましい黄土色。そしてそこから広がる腐敗臭。吐き気の原因はこれだとぼんやりと悟った。

愛人の彼女は腰までの赤髪と切れ長のエメラルドの瞳が美しい、品と色気のある女性だった。

だが、腕の中の【これ】はなんだ?


四肢らしきものや頭が付いているために辛うじて人の形は保っている。だが、それだけだ。

全身は緑色でぶよぶよと膨張しており、腫れ上がった顔の奥に二つの小さな赤色の双眸と紫色の唇がついている。長い髪などはどこにもなく、けれど全身に獣のような毛が不規則に生えている。これは……この醜い生き物は、一体なんだ?



「ひ……ひぃ!」



喉奥から引き攣った情けない悲鳴が口から上がり、振り払うように腕の中の【それ】を投げ捨ててリフィテルの背中に張り付く。すぐにぺいっと軽く振り払われてしまったが、それでも【それ】の前に差し出さずに背中に庇う辺り彼女は英雄なのだろう。


「ギ……ギィ……何故……何故ェ……!」


「何でわかったかって?調べたからに決まってるでしょ。普通今持て囃されてる英雄の婚約者に手ぇ出すなんてやるわけないじゃない。しかも姫と男爵令嬢なら尚更」


「……ぎ……?」


「わかんないか。まぁそうだよね、あんたら魔物って衝動的かつ享楽主義だもん」


やれやれ、と首を横に振り、リフィテルは槍を構え直す。


「それでも……王を殺された、むかつくー!って思ってるんでしょ?残念、こっちも警戒してるのよ」


そうして【それ】……魔物が何か言う前に、構えていた槍を突き刺した。

次の瞬間、膨らませすぎた風船のように魔物は破裂した。とはいえ、想像していたグロテスクな光景にはならず、白く淡い粒子となってその身体は消えていく。感じていた悪臭もゆっくりと薄らいでいった。



「で、アレとはいつから関係を?」


槍を下ろす仕草と小さく首を傾げて問い掛ける仕草は何ともミスマッチだとぼんやりと頭の片隅で思いながらのろのろと口を開く。



「……二ヶ月前………」


「──そう。では本物の男爵令嬢は………一応、フロム男爵家を捜索してもらいましょう、きちんと埋葬してあげなくては」


眉を下げて悲しげに俯くも、それは本当に一瞬のことだ。

気付けば戻ってきた騎士や臣下にそれらを伝えてテキパキと行動する小柄で可憐な姫君を眺め、頭の中では気付きたくなかった事実を反芻する。


───もしかして、自分はこの二ヶ月、あの化物と睦み合っていたというのか?


『リフィテル姫様って……ちょっと怖いですよね。あ!ごめんなさい、こんなこと婚約者の貴方に言うなんて……!』


いつかの夜会で話しかけてきた【マーティア・フロム】は妖艶な見た目とは裏腹に無邪気で男心を擽るような愛らしい振る舞いをしていた。骨抜きにされるのにはそう時間はかからず、密会を重ねた。

手を繋ぎ、頬を撫でてキスをして、身体を、重ねて……。



「う………げぇっ!」


あの緑色の化物に対して!と考えた途端、胃の中がひっくり返るような衝動が帯びて、吐瀉物を床に撒き散らした。帰ってきたばかりの貴族が悲鳴を上げて自分から遠ざかる。



「いや!なんてこと!」


「ねえ、ヒルストン令息ってあの化物と、その……関係を持ってたってことよね?」


「魔物と睦み合ってた?正気じゃないわ!しかもあんな醜いものと……」


「見た目はフロム男爵令嬢だったけど、……もう彼とそういった甘い関係になりたい女性なんていないでしょうね」


「そもそも彼の身体は無事なのか?」


「魔物と交わって変な感染症でも持ってたら困るな……」


「そんな男が英雄の伴侶だなんて」




遠巻きに眺めている貴族の会話が心を切り裂く。吐き気は未だに治まらず、涙が溢れた。

惨めだ。この後の事など考えたくもない。死んでしまいたい。


そこでふと、背中に手が当てられゆっくりと撫でられている事に気がついた。



「………………リフィテル姫」


「場所を移して休みましょう、立てますか?」



そうして小さな手を差し出した。嗚呼、自分はこの手が大嫌いだった。

小さく可憐な姫君の手は、けれど剣や槍、斧まで振り回すものだから柔らかさ等無縁だ。

そして、その手こそが世界を守った証拠なのだと感じる度に、己の弱さを痛感するのだ。

幼い頃から運動が苦手で、胃が小さく食事量も少ない自分は【ヒルストン家のお姫様】と時々揶揄されていた。

この手の持ち主は、自分が欲しかったものを全て持っている。そう考えると憎くて堪らなかった。



「あ、哀れみをかけるつもりか」


「うわ、めんどくさい男」


言葉を切り捨てられて、ひゅ、と息を呑む。目の前の姫は思った以上にオブラートというものを知らないらしい。婚約して三ヶ月経つが碌に話をしなかったから知らなかった。

ぐいっと力強く手を引かれて無理矢理立たせられる。


「どこの世界に吐瀉物とそれを撒き散らす男を眺めながら進める夜会がありますか。邪魔だから立ちなさい。そんで、退け」


そのまま自分の手を引いて会場を後にする姫に周囲は「先程まで婚約破棄などとされ蔑む言葉まで投げかけた浮気者に、なんと御心の広い……」と話している。抵抗しようとしたが、怒りと軽蔑が入り混じった顔で睨んでくる両親とすれ違い、力が抜けてしまった。


隣の部屋には何人かのメンバーが集められた。

国王夫妻とリフィテルと共に魔王を倒した仲間、そして自分の両親。


とても休めるような心地ではなく、自分は殺気を飛ばす両親に挟まれるように席に着いた。



「………リフィテル姫殿下、この度は息子が大変申し訳なく………」


「何とお詫びしたら良いのか……」


「まぁまぁ、デイル様もある意味被害者ですし」


両親の謝罪に対しても本人が笑顔であっさりと言ってのける。


「お前はもう少し怒って良いのだぞ?」


「そうですよ、貴女は浮気された上、公の場で貶められそうになったのですから」


こちらは国王夫妻の言葉だ。それは国の主であるというより親として愛する娘に対してかける言葉であり、じろりと自分を睨んできたのでそれから逃げるように顔を俯かせた。


彼女の旅の仲間は元は平民であったはずだが、しょうもないものを見るように自分を眺めてくる。僅かに残っていたプライドすら全てすり潰された。

そんな中周囲の同情を軽く躱して被害者の英雄は自分に質問を投げかけてきた。


「そう、私お聞きしたかったのですけれど。デイル様は私と婚約破棄をしてその後はどうするつもりだったんです?」


「……………え?」


「だって私、今や国どころか世界的に魔王を倒した有名人でしょう?まぁ、それは私だけじゃなくてサムとクレア、ラッセルのおかげだけど」


「いや、俺達はあの戦い、基本的にサポート寄りだったから」


「武器が折れたからって回し蹴りで魔王にトドメをさした貴女を見たときは本当に血の気が引いたわ」


「おう、俺ですら着いていくのでやっとだったからなぁ」


「えー?」


「えー、じゃない。無茶苦茶よ、貴女」


和気藹々と話す旅の仲間の三人とは、本当に深い絆で結ばれているのだろう。初めて見るその楽しそうな笑顔に心を奪われたが、本人は真顔でこちらを振り返ってきた。


「あ、ごめんなさい。それで?王族であり魔王を討った私との婚約をあんな形で破棄したら無事では済まないって流石にわかるでしょう?どうするつもりだったの?」


「……………魔王がいない時代に、リフィテル姫のような力を持った者は脅威でしかない。だからまずはその立場を陥れ、影響力を落とし……英雄をよく思っていない貴族に縋ろうと、マーティア……あの、魔物が」


「貴様!!正気か!?」


隣に座っていた父に胸倉を掴まれた。

殴られると目を固く瞑るが、またもやリフィテルによって宥められた。



「単に私をよく思っていない【人間】ならまだ良いんですけどね……その名前、此処に書き出して教えてくださる?」


そうして渡された羊皮紙とペンを見て、ようやく父から解放された。

震える手でペンを握って名前を書き連ねる。反発派の高位貴族が人間だった場合裏切りになる、という揺らぎは、未だに脳裏にこびり付いて離れない愛人が魔物へと変化した姿で掻き消えていた。

そもそも、魔王を倒しても完全な平穏などないと自分の行動が証明してしまったのだ。





そんな中、先程ラッセルと呼ばれた前衛職の大柄な男は、頭を掻きながら問い掛ける。


「というかよ、そもそも何でこの男と婚約したんだ?お前今は世界的な英雄で、生まれだってやんごとなき姫さんなんだろ?相手は選びたい放題じゃねえのか?」


「あー……まぁ、ヒルストン家と繋がりが欲しかったのは確かだけどね、私が指名したの。デイル様にはちょっと悪いことしたなぁ」


「え!?なんで!?確かに顔はいいけど、プライドばっかり高いお坊ちゃんでしょう?」


「お前、あんなの趣味じゃなかったろ?」


とある村の巫女であり、旅の仲間の治癒を任されていた清廉とした女性のクレアと、生まれ育った村と魔族の森が近いせいで、しょっちゅう襲撃に遭っていた魔道士の優男といった風貌のサムが、驚きの声を上げる。

元は平民といえど、豪傑姫と共に魔王を倒し、世界を救った英雄達と、まんまと騙されて英雄を貶めようとした挙句、魔物と交わった公爵家の子息では前者の方が圧倒的に力が強い。下唇を噛み締め、一心不乱に名前を書き連ねた。


「確かに私の好みはラッセルみたいな筋肉隆々で豪快な人だけど」


「リフィテルもイイ女だけど、俺には世界一美人なカミさんと世界一可愛い娘がいるからなぁ」


「わかってるわよ、あとでお土産に王都のクッキー持っていってね。……じゃなくて。ほら、残党の暗躍は予想できてたじゃない?で、その矛先は私の婚約者になる人かなって。で、ヒルストン家は昔から魔物への耐性が高い家だったの」



初めて聞く話に父の顔を上げると苦虫を潰したような顔で頷く。



「…………その通り。我がヒルストン家は初代国王に能力を買っていただき、その際に子々孫々と続く加護を賜った。──今回の件も、この加護がなければ我が愚息は廃人と化していたでしょう」


会場で自分に対して感染症を持っているのでは、と嘯いていた貴族を思い出す。正にその通りだったのだと身体が小刻みに震えてしまった。


「他にも呪いを弾いたりね。流石に直接攻撃してきたらどうしようもないから護衛を影でつけていたんだけど……まさか浮気現場を発見しちゃうなんてねぇ」


どうなるかわかんないわね、なんて明るく笑っているのはリフィテルだけで、他の者は皆、冷めた視線を自分に送ってくる。


「………お前は、最初は婚約など、結婚などまだ良いと言っていた。だが私達は、世界を平和にする使命に昔から心身を注ぎ込んできたお前に、幸せになって欲しかったのだ」


「大事な人と結婚して家庭を築いて欲しかったの……でもそれは間違ってたようですね、本当にごめんなさい」


「やだ、お父様もお母様も頭を上げてください。お二人が私を思っての行動なのはよくわかっていますから」



暗い表情を見せる国王夫妻に、リフィテルはやはり明るい表情で首を横に振った。



「そもそも彼を選んだのは私ですし。浮気してたのだって、元々女性関係を思えばやっぱりなー、くらいのものですから」


「…………貴女は…………」


「ん?」


「……貴女は、俺の事を好いていなかったのか?」


しん、と辺りが静まり返る。指名したのはリフィテルだったと聞いていたから、てっきり自分に惹かれていたのだと思っていた。だから尚更権力を笠に来た行いに腹が立った。まさか、そんな危険性を考えての行動だなんて。



「……えっと、デイル様」


「ああ」


「貴方、私に好かれる要素があると本当に思ってたのですか?碌にエスコートもしない、あんな態度で?」


「…………か、顔とか」


「サムの方が整ってますよ。まぁ、私の好みはラッセルなのですが」


ドヤ顔の男英雄二人の横で、女英雄のクレアが「そうよねえ、サムはよく旅先の女の子にもキャーキャー言われてたもの」とぼやいた。


「いつの時代もいるのねぇ、こういう男性」


「ああ、なんて恥ずかしい……」


王妃と母の言葉に、自分が如何に女性に関しては【ない】と言われる言動を取ったのか理解した。


「……ま、まあ!確かに夜会に参加する男性の中では格好良い方ですよね。そもそも他人の容姿など比べるものじゃないですもの、すみません」


あ、ところでもう書けました?とリフィテル本人に雑にフォローされ、テーブルに伏した。





「で、婚約破棄の件なのですが」



遂に来た話題に両親と共に息を呑む。


「もしよろしければ撤回しません?」


リフィテルの言葉に全員がぽかん、と口を開けた。



「り、り、リフィテル!!?どういうつもりだ!!?」


「もう無理しなくていいのよ、リフィテル!!」



酷く狼狽えるのは国王夫妻だ。いくら選んだのが本人とはいえ、その相手が貶めようとしてくる浮気者で、しかも魔物と交わったのだ。そんな輩と婚約を続けるなど、正気の沙汰ではない。

そもそも、リフィテルの上には兄が三人、姉が二人いる。無理に婚約などしなくても何の問題もないのだ。


「良いのですか……?」


戸惑った様子でおずおずと確認してくる父に、姫は朗らかに頷いた。


「あ、男女としての交渉は無しでお願いしたいですけど。それをするには流石にちょっと……所謂白い結婚ですね!」


つまり、自分はリフィテルにエスコートを抜けば指一本触れてはならない。けれど、伴侶としてそばにいても良いと言う。もはや魔物と交わった男など誰も見向きもしないだろう。ここで彼女に捨てられたら、自分は一生独身。そもそも貴族の世界から切り離される可能性も充分にある。



「魔物側も、今回で思ったはずですよ。デイル様ちょろいって」


希望を抱き始めた途端、頭から冷水をかけられたような言葉を発するリフィテルに再度固まった。


「今回、恐らくフロム男爵令嬢が犠牲になっています。今後彼女のような悲しい犠牲者が生まれないように国民には聖水の持参と一人での出歩きは禁じたいと思うのです。ですが、今回で味を占めた魔物が女性に化けて、またデイル様を誘惑して王宮への出入りまで漕ぎ着ける可能性は充分にあります」


つまり、と呟いたクレアは、リフィテルとデイルの顔を交互に見比べる。


「彼は餌ってこと?」


「そう、その通り!」


にこにこと笑顔で肯定された。



「あんなふうに婚約破棄されたのにデイル様をまだ伴侶にするって、よっぽど私が彼を好きだっていうふうに見えるでしょう?だとしたら益々魔物も寄ってくると思うのよ」


「じょ、冗談じゃない!!そんな危険な役目……!」


「え?では今後はどうするのですか?」


嘲る感情や脅迫の感情は一切ない、単純に他の人生計画があるのかと問う声に言葉を詰まらせた。ちらりと父を見れば冷めた目で見返してくる。


「……我が家の跡継ぎはお前の弟、ヘンリクに任せよう。姫様の寛大な御心にすら反発するのならば、お前は修道院に入れなければならない」


「ええ……?それは……命に関わります」


そんな!と父の判断を非難する前にリフィテルは眉を寄せて自分を見つめてくる。まるで出荷前の家畜を見つめる幼子のようだ。


「私の近くにいようがいまいが、デイル様は狙われるでしょう。そもそも魔物達は自分達の影響を受けにくいヒルストン家を邪魔だと思っています。しかも今回、デイル様は私達に全て計画を話してしまっていますから、かなり恨まれているかと」


「保って三日?」


「いや、半日だな。公爵の話しぶりからして王都から引き離すのだろう?なら襲われるのは馬車の中だ」


「そりゃ……御者が気の毒だ」


他人事のクレアと、淡々と考察するサム。そして巻き込まれるであろう人間を心配するラッセル。元平民の英雄達は相変わらず好き勝手を口にするが、その無慈悲さが本当に自分の命が風前の灯だと理解させるのに適していた。


「ちなみに、私の隣にいるのなら魔物には手出しさせません」


お得ですよ!と言わんばかりの笑顔を浮かべるリフィテルに、表情が引き攣る。

ちなみに、先程から扉の隙間から覗く恐ろしい顔が四つ。それはリフィテルの兄姉であり、恐らく妹にした仕打ちに酷く怒っている。処刑にしないのはその妹本人の意思を尊重してのことだろう。国王夫妻は汚物を見る目で自分を見つめ、両親ですら子に向ける温かさなど微塵もない視線だ。英雄達は「本気か?」とリフィテルを気遣い、考えを改めさせようとしている。


きっと自分に味方はいない。今日のことが公になった以上、他の貴族……否、世界にすら侮蔑されて生きていくのだろう。


「………………………よろしくお願い致します」


今まで敢えて使わなかった敬語で彼女に頭を下げた。


そんな生き地獄が待っているとしても、魔物に無残に殺される勇気は、自分にはなかった。




結局、デイル・ヒルストンは【魔物趣味の変態貴族】と不名誉な名を押し付けられた。しかしそんな彼を唯一の夫にしたのだから、リフィテル姫は後の世まで語り継ぐ英雄でありながら、こうも言われていたのだ。


『彼女の唯一の欠点は、男の趣味だ』

『かの可憐な女傑ならば、もっと良い夫を持てただろう』


と。それを聞いた本人はからりと笑い飛ばすだろうが、後の世の人はそれを知らない。歴史とはそんなものだ。


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