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第3話 妹王女アニス

 この広大にして、多くの民族種族が住まう大陸は長きに渡る平和を謳歌していた。


 大陸を創造したとされる女神フェロニアの自然と寄り添い、自然の前では人も亜人も平等であるとの教えが、深く人々の魂に刻まれている。

 

「聞いてよ、おっちゃん。お母様も姉様も酷いんだよ?

 魔法ブッパしてストレス発散させていたら、王宮の一部が火の海になったんだ。

 けど、ちゃんと証拠隠滅に大地を深く抉って大穴作って鎮火させたんだよ」


 ディンレル王国王都リュンカーラにある、ドワーフ工房店は朝から騒がしかった。

 マツバを伴い店に入った私はヒゲモジャでビヤ樽体型の店主グラベックに愚痴が炸裂中だったからだ。


「なのに、お母様も姉様も私を疑うんだよ?

『この大穴はアニスの仕業ね!全部埋めるまで、おやつ抜きの刑ね!』

 って、何の証拠も残ってないのに、私がやったと決めつけてくるって酷いよね?」


 グラベックは私の愚痴に慣れた様子で付き合っている。

  

「姉様だってお母様だって、よく大穴作って誤魔化しの土魔法で元に戻してるけど、詰めが甘いから、よくお父様や重臣たちが穴に落ちてるのに。

 あっ、これどんな魔導具? 綺麗な赤い液体ね。効果どういうの?」


 このドワーフ工房店には、グラベックや工房勤めのドワーフたちが製作した魔法道具や武器が、所狭しと並んでいる。

 

「これは二日酔いをたちどころに治すポーションよ」


 グラベックは私に甘い。

 何故ならば人口10万人を誇る、ここディンレル王国王都リュンカーラの王女にして、様々な揉め事や喧嘩に首を突っ込んでは解決してしまうからだ。


 姉王女アリスと、私、妹王女アニスを知らぬ住民なんていない。

 リュンカーラの人々全員が、この私たち姉妹と友達なのだ。

 

「ほへえ、二日酔いにね~。私には関係ないわ~。

 でも買い占めて、このポーション持つ私にザックスが懇願して手を伸ばす光景は見たいかも。

 おっちゃん、これいくら? あだっ⁉」


 アニスが懐から財布を出そうとすると、後頭部にげんこつが飛んできた。


 振り向くと、そこにはザックスが立っている。

 

「アニス様、何をなさっておられるのでしょうか?」


 ザックスは青髪碧眼と整った顔立ちで、理知的な目が特徴的である。

 身長は180センチメートルを越える長身痩躯で人目を引く。

 女神フェロニアに、生涯を捧げた20歳の青年である。

 死者以外の、あらゆる傷や病気を癒してしまうとまで言われる、凄腕の神聖魔法の使い手だ。

 

 ただ性格は神官っぽくなく、軽薄で、いいかげんだけど。


 そんなザックスが、今にも吐き出しそうな青ざめた表情でドワーフ工房店に現れたのだ。 


「ちょっ、やめてよ! ここで吐かないでよ!

 ハイ! これが目当てでここに来たんでしょ?

 フッフッフ、さあ、このポーションが欲しければ、私に懇願するがいい!」

 

「な~に言ってるんです、このバカ王女は。

 女神フェロニア様に身を捧げた俺が、二日酔いになるわけないでしょうが。

 うぷ。ちょっと飲みすぎただけです。うぷ」

 

「それを二日酔いって言うんだっての!」

 

「わからないお方ですね。うぷ。

 これは所謂飲みすぎというやつです。うぷ。

 グラベックさん。昨日の宴会で話していた二日酔い止めのポーションください。うぷ」

 

「って! やっぱ二日酔いじゃないの!

 フッフッフ、そのポーションは今、私の手元にあるんです。

 さあザックス! どうする! どうすれば買えると思うか考えるがいい!」

 

「……吐きます」

 

「ほえ⁉」

 

「ちょっ⁉ ザックス落ち着け! アニス姫も早くポーションを!

 おい、そこの黒髪娘! アニス姫をどうにかせえ!」

 

 グラベックは私の後ろで控えていた黒髪の少女に大声で指示をする。


 少女は無言で頷くとザックスの背に周り込み、ザックスの口を大きく開けた。

 

「今です! アニス様!」

 

「な、なんか思ったのと違うけど、まあいいや。えい!」


 私はポーションの栓を抜くと、ザックスの口内に流し込んだ。


「ぎゃああああああああああああ」


 するとザックスはみるみる青い顔を赤い顔に変え、火を吹きそうな悲鳴を上げて倒れた。

 

「ありゃりゃ、失敗作だったようじゃの。

 我らがシュタイン王に、もちっと改良するように言っとくかのう」


 あちゃー、と私がポリポリ頭を掻いていると、黒髪の少女マツバが口を開く。

 

「アニス様、この方を教会へ運びますか?」 

 

 マツバは私の側仕えだ。

 

 マツバは無表情で黙々と仕事をこなすが、時折見せる微笑みには不思議な魅力があった。

 私は彼女を信頼し、大切な友人として扱っている。

 

「う~ん。めんどいけど、お店の邪魔になるし連れてくかあ。おっちゃんまたね。

 ドワーフの王様に、私と姉様が会いたがってるって伝えておいてよね」


 マツバがザックスを担ごうとしたが、私は浮遊魔法でヒョイっと持ち上げる。

「じゃあまた」と言って店を出ると、マツバもペコリと頭を下げて私の後に続く。


 そんな私たちを、グラベックはため息混じりで見送った。


 ***

 

 さて、この大陸の魔法について少し話そうか。

 創造神たる女神フェロニアは遥か神代の昔、人間に聖なる力を与えたという。

 

 傷や病を癒す神聖魔法。

 それは女神フェロニアを信仰する清き心の者に授けられる奇跡の業。

 女神の洗礼を受けた信徒なら誰でも、力量に応じた奇跡を起こせる。

 

 エルフの優美な魔力と長寿。

 ドワーフの強靭な肉体と鍛冶の才。

 竜族の強大な膂力と飛翔能力。

 獣人の鋭敏な五感。

 

 各種族への恩恵と同じく、人間には聖なる力が与えられた。

 

 だが、いつからか人間の女性だけに、自然の力を自在に操る者が現れ始めた。

 風を操り、火を呼び、土を動かす。

 自然界のあらゆる現象を行使する。

 果ては無から有を創り、有を無に還す奇跡すら成し遂げた。

 

 そんな強大な力を持つ女性たちを、人々は畏敬の念を込めて『魔女』と呼んだ。

 部族に一人、魔女が生まれれば、その部族の繁栄は約束されたも同然だった。

 

 そんな力を国の礎としたのがディンレル王国だ。

 代々王妃に魔女を迎え続けた結果、王女の魔力は代を重ねるごとに増大し、国力へと繋がっていく。

 

 なぜ、魔法が女性にだけ現れるのか?

 その原理も理由は未だ謎に包まれている。

 

 ただ、魔女たちの魔法が大陸の人々の暮らしを豊かにし、国を発展させた大きな要因の一つであることは間違いない。

 

 そして魔女たちはより良い大陸、より良い国を願うようになった。

 だが、いつしかディンレル王家には女性しか生まれなくなるという奇妙な現象が起きていた。

 

 アリスとアニスの母アメリアも、かつては第一王女である。

 

 現国王アノスは王都リュンカーラ南西部のガーデリア地方の豪族の出身だ。

 ガーデリアはディンレル王国に従属して久しいが、古くは隣国ビオレール大公国と領有権を争い、紛争の火種が燻る地でもあった。

 

 ビオレールより西の国々は古来、男性が武力で支配を確立した土地が多い。

 魔女の存在は極めて稀か、記録にすら残っていないのが実情だ。

 

 いや、遠い昔、彼の地にも多くの魔女がいたのかもしれない。

 だが強大な魔法を操る彼女たちが何らかの理由で姿を消し、いつしか腕力に勝る男たちが支配する歴史を辿ったのだろうか。

 

 アリスとアニス。型破りな王女姉妹はそんな現状を憂い、密かにある計画を実行に移そうとしていた。

 

 ディンレル王国の王都リュンカーラに、他国で虐げられる魔女たちを集め、彼女たちが安心して暮らせる新たな聖域を築く。

 そんな壮大な計画だ。

 

 想いの発端はアリスが10歳、アニスが7歳の頃。

 大陸屈指の天才魔女との運命的な出会いが、幼い姉妹の心に強い光を灯すことになった。

 

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