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第11話 アニス姫と友人たち

「ねえ、アニス。さっきの模擬戦、ちょっとイライラしてなかった? 魔法に全部出てたよ」


 王宮にあるアニスの私室。

 豪華だがどこか少女らしい調度品に囲まれた空間で、ディルが淹れたてのハーブティーを啜りながら、ベッドにふんぞり返るアニスに声をかけた。

 今日の魔法訓練は、いつも以上にアニスの魔法が荒れていたのだ。


「……バレてた?」


 アニスはむすっとした顔でクッションを抱きしめる。図星だったらしい。


「まあ、アリス姫様の婚約が正式に決まったんだもんねえ。アニスが心中穏やかじゃないのは仕方ないか」


 隣で焼き菓子を頬張っていたチャービルが、あっけらかんと言った。

 姉の婚約の話に、アニスの眉間の皺がさらに深くなる。

 わかってる。姉の幸せを願わないわけじゃない。王族としての立場も理解してるつもりだ。でも……


「頭の中ではわかってるんだよ! 王族の宿命だって!

 でもさあ……なんだかなあって感じなんだ。姉様、他のことは何でも私に話してくれるのに、婚約のことになると、いっつも上手くはぐらかすんだもん。

 それが……ムカつくっていうか、寂しいっていうか……」


 アニスは膝を抱えて俯いてしまう。

 姉離れできていない、と言われればそれまでだけど、生まれた時からずっと一緒で一番の理解者だと思っていた姉が、自分にだけ壁を作っているような気がして、それがたまらなく嫌だった。


 そんなアニスの隣に、いつの間にかマツバが座っている。

 彼女は黙ってテーブルの上に山盛りになっていた甘栗の皮を、繊細な刺繍でもするかのように優雅な手つきで剥いていく。

 それから剥き終わった艶やかな栗の実を、そっとアニスの口元へ運んだ。


「……ん。おいしい」


 餌付けされているようで少し癪だが、マツバの剥いてくれる栗は絶品だ。

 口の中に広がる優しい甘さに、ささくれ立った気持ちが少しだけ和らぐ。


「……マツバはどうなの? キルア族じゃ族長の娘で、巫女様だったんでしょ? 縁談とか、そういう話はなかったの?」


 気分転換に、アニスはマツバに話を振った。


「縁談ですか? 『兄様(あにさま)以上の強い男性でなければ結婚はしない』と公言しておりましたので、申し込みは一件もございませんでした」


 マツバはなぜかフンスと胸を張って答える。


「いやいや、マツバ、それ全然威張るところじゃないからね?」


 ディルが呆れたようにツッコミを入れる。


「でも、ヒイラギ以上かあ……たしかに腕っぷしだけならそうそういないかもね。

 でも正直、あれと付き合いたいとか、結婚したいって思うタイプじゃない気がするけど。真面目すぎるし、朴念仁っぽいし、絶対女心とかわからなそう」

 

「私は結構好きだけどな、ああいう不器用なタイプ。

 それにアリス姫様は、ヒイラギのことをどう思ってるのかな?

 最近、いっつも側に置いてるし、一緒にいる時はなんか雰囲気が柔らかい気がするよね。

 あれ、絶対意識してるって」


 チャービルが、恋愛探偵のように目を輝かせながら言う。


「いいえ、チャービル、それは違います」


 マツバが即座に反論した。


「アリス姫様は兄様(あにさま)の強さを護衛として信頼なさっているだけです。

 兄様(あにさま)に懸想されるほど、あの方は簡単な方ではございません」

「うーん、マツバは兄様フィルターがかかってるからなあ」


 アニスは腕を組む。


「でも、姉様が男の人に本気になったことなんて、今まで一度もなかったし。

 ……たださあ、ヒイラギと一緒にいる時の姉様、なんていうか魔力の輝きが違う気がするの。

 普段はもっとこう、凛として張り詰めた感じなんだけど、ヒイラギが側にいると、もっと温かくて、キラキラしてるっていうか……くーーっ! 私がまだ姉様に勝てないのは絶対そのせいだー!

 恋する乙女パワーとか、そういうやつに違いない!」


 アニスはベッドの上でじたばたと足をばたつかせる。

 結局、彼女の最大の関心事は恋愛よりも魔法の優劣らしい。

 ディルとチャービルは顔を見合わせて苦笑した。


「でも、もしアリス姫様が本当にヒイラギのことを想っているのだとしたら……」


 ディルは少し真剣な表情になる。


「キース公子との婚約はただの政略結婚。ディンレルの王女として、それを受け入れるしかない。

 アリス姫様はアニスと違って理知的だから、自分の気持ちを押し殺して国のための選択をするだろうね。

 たとえ、それが身分違いの恋だとしても……」


 ディルの言葉に、チャービルも頷く。


「私たちとは違うものね、王族は……」


 チャービルの呟きに部屋の空気が少しだけ重くなる。

 ディルとチャービルは、元々は王国領の片隅で暮らす庶民の娘である。

 

 幼い頃、魔女としての素質を見出され、半ば強制的に親元から引き離されて王家に献上された。

 産みの親の顔も、もう朧げだ。

 自分たちを売った代金で、故郷の村か街が少しは潤ったのだろうか。

 恨んではいない。それが古くから続く、この国の習わしだと理解しているから。

 

 もし王家に男子がいれば、自分たちは世継ぎを産むための道具として扱われたかもしれない。

 幸か不幸か、今のディンレル王家には男子がおらず、自分たちは王女付きの魔術師見習いという立場を得た。

 さらに幸運だったのは気まぐれで魔法バカだけど、裏表のない第二王女アニス様の側近になれたことだ。

 

 貴族出身で、常に権力争いや政治的思惑に晒される第一王女付きのローレルやアロマティカスに比べれば、ずっと気楽だ。

 責任も少ないし、何より、この底抜けに明るい主は自分たちを身分で差別したりしない。時には振り回されるけれど、対等な友人として接してくれる。

 だから私たちはここにいる。選ばれたわけじゃない、居場所を与えてもらっただけ。

 それでも、この場所を守りたい、とディルは思うのだ。


「まあ、でもさ」


 チャービルが重くなった空気を吹き飛ばすように、明るく言った。


「ヒイラギだって、アリス姫様のことが好きなのは見てればわかるじゃない。アリス姫様のためなら、何でもしそうな勢いよ。

 キース公子とかいうのが、どんな奴か知らないけどアリス姫様を不幸にするような奴だったら、ヒイラギが黙っちゃいないでしょ。

 案外、最後はヒイラギがかっさらって、ハッピーエンドってのがお約束じゃない?」

 

「そうだなあ……それに、アリス姫様だって、ただ黙って運命に従うような人じゃないしね。

 きっと、ご自分の幸せを掴む方法を見つけるはず。

 だって、あの女神フェロニア様に愛された姫君だもの」


 ディルも同意するように頷き、マツバも「アリス姫様なら、きっと……」と祈るように呟いていく。


「そりゃそうでしょ!」


 アニスが、ベッドから勢いよく起き上がった。

 瞳にはいつもの自信と姉への絶対的な信頼が輝いている。


「もし、姉様が不幸になるような世界だったら……そんな世界、私がこの手で滅ぼして、作り変えてやるんだから!」


 物騒極まりない宣言。だけど、それが最高にアニスらしかった。

 ディルとチャービルは思わず吹き出して笑い合い、マツバだけが「ア、アニス様、それは……!」とオロオロするのだった。

 まあ、何はともあれ、姉の幸せが一番ということらしい。

 

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