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詞御たちにその顎門を開き襲ってきた俱纏使い。彼からすれば、まさに虚をついた攻撃で文句の付けようがない、とこの時、始末屋は思っていた。
(よし、仕留めた! 正体がバレた事には驚いたが、それも些細なこと。そのまま噛み砕き飲み込んでしまえっ!!)
が、鮫の形をした俱纏は、大きく口を開けたままの状態でまるで氷漬けされたかのように停止して、開けている顎門は口を閉じる事ができなくもがいていた。
「貴様は脅威度階位・上位丙型のレガシー=コルベットだな? まさか月読王国の西の首都、宵闇で出会えるとは思ってなかったぞ」
詞御の言葉に驚愕の表情を見せる警備員、もとい始末屋。何故分かった、と言わんばかりの表情をしている。
「浄化屋なら脅威度が上位なら誰でも知っているぞ。調査不足だな」
「ば、馬鹿な!? その若さで浄化屋はなれる訳がない。確か高校卒業してないと資格は取れないはず!」
状況整理が追いついていないのか、始末屋のレガシーは軽い錯乱状態に陥っていた。
それを呆れて見た詞御は、携帯端末を操作して資格者証をご丁寧に見せつける。
「仮に違ったとしても、この月読王国の皇女を狙ったのは確かな事だ。普通に犯罪だよ、レガシー。国家転覆罪で現行犯逮捕だ」
「お、皇女だと!?」
突き付けられた現実に更に追い討ちをかけられて、自身の俱纏がどういう状態になっているか、気付いていない。それを詞御は丁寧に説明する。
「で、そのままで良いのかい? お宅の俱纏の歯が欠け続けてるぞ」
更なる衝撃に愕然とするレガシー。けれど、戦闘の事となると幾分冷静になって自分の俱纏の歯が徐々に粒子状になって消えているのが見て取れた。
慌てて攻撃をやめさせ詞御たちと距離を取る始末屋。すると、消えかけていた歯がとれ、瞬時に次の乱杭歯が生える。
「なるほど。鮫が基本形態なだけに歯は直ぐ生えるか。なかなかの優秀さじゃないか」
あろう事か、襲ってきた輩の俱纏を誉める詞御。
と同時に、誰にも悟られる事なく自分の背中にいる人物を見る。
驚いているジョーズはどうでもいい。問題は依夜だ。臨戦態勢ができていないのだ。
(薄々は予感していたが、これでは、な。この件が済んだら、一旦学園に戻り、女王と話さないと。このままではいずれ命を落とす。でも、女王に言っても……な。“それ”を含めての修行ならば、自分が指南しないといけないか、依夜のためにも)
そう、心の中で思いつつも詞御は次の手を打っていた。詞御とセフィア以外は誰も気が付いていない。勿論、始末屋も。
間合いを取ろうと一旦後方に下がるレガシーだが、不可視の壁にぶつかり、停止する。
「高天防人流・絃術が一つ、絃結界。セフィアの力も乗せているから、壁を突き破ろうとしても、お前が消えるだけだよ。王手、だな。お前らの言葉で言えば“チェックメイト”と言った処か。で、再確認だが上位以上は生死問わず、なのは分かっているな?」
レガシーは自分は狩る側だと思って裏の世界で生きてきた。その証拠にいま生きている。しかし、本能が理解する。この浄化屋の場合は別、だと。自分は捕食者なのだと。
レガシーの眼前では、詞御の手首に嵌っているリングが発光し、短めの片刃の刀――『小太刀』を持ち構え、それを逆手で柄を持っていた。
「この窮地を脱出したければ、自分を倒す以外にないぞ? 下がれば消滅、進めば生き残れる、と言ったところか。投降するなら今のうちだぞ」
上位の階位と対峙してもなお自然体でいられる詞御に、依夜は驚きを隠せなかった。依夜は咄嗟の事態に、即対応ができなかったからだ。詞御の旅に同行を決めた時には、自分も力になれると依夜は思っていたが、蓋を開けてみればどうだ? 役に立つどころか、これでは足手まといではないか、と依夜は自身の実力の無さを痛感していた。
「馬鹿か浄化屋。結界を敷いたことはお前の判断ミス。一対一で俺が負けるはずがない!」
己を鼓舞するかの様に強がるレガシー。対照的に自然体でいる詞御。
「いけ! 浄化屋を噛み殺せ、レクトルっ!!」
なんの前触れもなく、詞御の背後の空間が歪み、サメの顎門が音もなく顕現し詞御を襲う。が、噛み砕かれる前に詞御はゆるりと流れるように移動し、幾度となく襲いかかる攻撃を難なく回避する。
音も立てずに移動する詞御。それはまるで紅葉時に舞い落ちる、葉のように不規則だ。
「無駄だよ。静動での戦闘に頼ってるお前の攻撃など当たらんさ」
落葉演舞。
無音移動を可能とする歩法術。紅葉時に舞い落ちる葉っぱの如く、不規則で流れるようなこの動き。達人でも会得するのに二十年は掛かると言われるのを、詞御は先生の指導の元、短期間で身につけていた。
少しずつ間合いを詰めていく詞御。
そして、何度目か分からない始末屋の攻撃を回避し、その背後に移動する。
「しまった!?」
それが、この場で発するレガシーの最後の言葉になった。
「高天防人流、小太刀術。流転演舞!」
背後に回った詞御は、流れのまま回転し、逆手に持った小太刀で連続六回の攻撃でレガシーの体を斬り刻む。
身体中から血霞をあげて、レガシーは床に斃れ、ピクリとも動かなくなった。