若 第五話
夜はまだ続く。
猫人は目を覚ます。立ち上がった瞬間、誰かに手を引かれる。
見上げた先には平木がいた。そして、それを囲むようにして炎が燃え上がっている。
倉庫に燃え移った松明の火が、村全体に燃え広がったのだろう。
建物はほとんど崩壊しきって、夜の静けさと炎の音が入り混じっていた。
猫人は平木に腕を掴まれながら走っていた。
猫人はふと後ろを向いた。人が倒れている。
「わ、か?」
猫人はより強く腕を引っ張られる。
「若のことは気にすんな!とりあえず前向いて走れ!逃げるんだよ!」
平木の圧をかけるような声は、確かに震えていた。やはり倒れていた人は若だったようだ。
「わか!」
猫人は何度も若を呼ぶ。ずっと後ろを向いて。
若は平木が向かう駐車場に指を指した。
「逃げろ。」そう口が動いたような気がした。
すると倒れている若の背後から、狐の仮面を付けた三人が現れ、1人が若の前に落ちていた槍を拾った。若の腹をえぐった槍だ。
猫人は耳が良かった。
三人の会話が聞こえる。
「よくも逃がしてくれたなぁ。」
「ほんとですよ、この若者。」
「あ?お前のことだよ。村長さんよ。」
「え?」
「お前はもう用済みだ。あの世へ送ってやるよ。」
「ど、どうか、どうかお許しを、ど…」
「この村ももう終わりだな。全焼しちまってるし。」
「そうですね。この若者はどうしますか?」
「うーん、せっかくの目当てを逃がしてくれたわけだし、じわじわ痛めてから殺すか。」
「相変わらずですね。リーダー。」
若の叫び声が大きくなる。
平木と猫人は駐車場に着き、バイクを走らせた。
若の叫び声は、段々と小さくなる。
やがて、若の叫び声はエンジンの音に紛れて消えていった。
山の道を夜の静けさと共に進む。
カーブに差し掛かるところだった。
目の前にトラックが現れ、気づいた時には平木と猫人は宙に浮いていた。
潰されたバイクはトラックの下敷きにされ、猫人はガードレールの外に叩きつけられた。
平木は頭から血を流して倒れている。
「ひ…らぎ、」
猫人が立ちあがろうとした瞬間、
「あっ、」
足を滑らせ、崖の底へ転げ落ちる。
痛みを感じたのは、心だけだった。
何処も骨折をしていないどころか、傷すらついていない。
ただ、2人を失った悲しみだけが、心を傷つけた。
夜は長い。ただ、真上に見えている沈みかけの三日月を、ずっと眺めていた。
見える星の数が少なくなり、やがて猫人は眠りに落ちた。
目が覚めて、星を眺めて、また寝て、その場でずっと、仰向けのまま。
お腹は空かない。痩せ細りもしない。
特別感はなかった。猫人はこれが普通だった。疑問も抱かなかった。
何処からか足音が聞こえる。
「まさか俺の故郷が崩壊してたなんてな、まあ、あんな故郷なんて滅んで正解だったな。あんな村、いらねぇよ。ん?」
足音の主は、可愛げな少女と目が合う。
「え?」
その時の空には、半分だけの月が輝いていた。