6.1902年 冬
独逸帝国 ブレーマーハーフェン港、冬になり石炭の需要は増す。しかし石炭シンジケートの影響によって価格は高騰、木材の伐採による薪で補うにしても石炭よりも燃焼時間は短く寝ている間にどうしても消えてしまう。
木炭を作るにはそもそも薪が必要になることから効率も良くない。案の定、HYコークスは入荷した分は全て売り切れており、さらなる売却を求められていた。
「追加売却向けとして、高炉などでは使えない料理など家庭向け品質のモノを安価に持ってきましたよ」
間伐材や不要な木製家具などからではなく、購入している食物の不要部分や調理殻を使用した人造薪。
価格の下落で生活が困窮しているイギリスの農家から大量に農作物を購入することである程度価格を上げ、船や軍の保存食に加工する以上どうしても食材の端切れや不要部位が出てくる。
値段を落とし品質も相応、薪の代わりとして使用は出来るが温度はあまり上がらない事から溶鉱炉などには使えず、あくまで燃焼時間が長く4時間程度の間徐々に温度を下げながら燃え続けるだけでしかない。
いつの時代も趣味的な生き方をするというわけでもなく、ある程度原材料の分類を分けて製造しなければ品質が安定せず無駄が発生してしまう。その中で質が劣る物は燃焼時間を優先したものに利用し、製造した人造薪である。
「どんどん運べ! 出来高制と思ってやれ!」
「今回は一人当たり50kg持ち帰ってもいいそうだぞ!」
「袋と木箱に詰めていけ! 港町向けは荷車にどんどん積み込め!」
「持ち帰り分はあとだ! 早く運ばないと岸壁が石炭と薪で埋まるぞ!」
一晩燃焼テストをしてからであったが、こちらが提示した金額と輸出量について問題なく受け入れるとして現在港で荷下ろしが行われている。ローダーから勢いよく吐き出される人造薪は予定箇所に積み上げられ、端から次々とスコップなどで台車や袋に詰めて運んでいく。
セルフアンローダー付きばら積み貨物船 カルヴノ型 2番艦ボルボロス、全てが人造薪であることから、正規輸入品である代替HYコークスの1番艦のカルヴノは接岸待ちをしており港は仕事で溢れていた。
「肉は多くないが、働いている連中にはただで料理が食えるから全員しっかりやれ! 小さい作業でもやればいいとのことだ、家族も連れてこい!」
「酒は別売りだが安くありますから、仕事が終わってから来てくださいね」
輸送してきた食料を格安料理として振る舞うと決め、港湾を管理する組織から借りた広場に直径3mの大鍋が設置され、雇われた婦人たちの手によって刻まれた芋に野菜、そして炒めた肉が次々と投入されていく。
「食材と調味料は全部入れるように。 大鍋に合わせて計算してある、さぁどんどん作れ。 ビシバシ働いたらモリモリ食ってしっかり休め」
レヴィア伯として指揮をとりながら、調味料も投入されると良い匂いが港町を漂い始める。
分類上は芋煮鍋に近く、地域特色に合わせてジャガイモとキャベツを多めにしてあり、付け合わせとなるパンは朝一番に小麦を渡して付近のパン屋に大量発注したものが順次運び込まれていた。
食事は善意でやっているわけではなくドイツとはいずれ戦争になる、それまでに一つとはいえ港町の住民とは良い関係となり、必要であれば戦時中でも動きやすい関係を保つために。
今回も港で荷下ろしの仕事をしている労働者達に一人当たり港側が支払う給料とは別に、50kgを提供すると伝えたところ作業員達は活気づいていた。冬の海風は辛く港町となると薪や石炭は暮らしていくのに必須であった。
「しかし、50kgも宜しいのですか。 これだけの人数となると売却する量に影響があるかと」
「海沿い暮らしの辛さは私もわかります。 これからも荷下ろしで働く彼らを蔑ろにはできないことですよ」
事実一回目の荷下ろし以降、作業員は優先して作業に当たってくれている。もちろん毎回HYコークスを無料で一定量配っているのもあり、それを目当てにしているのもあるだろうが、家族を連れて礼を伝えに来る者もいることから感謝をされてはいるようだ。
港湾労働者達を取りまとめる責任者に大盤振る舞いと言われても、今後の為にもとりやめるわけにはいかない。
「それでは私は用がありますので」
多額となる資金ではあるがそろそろ一括でマルクを使用しなければ問題となってしまう。そして本当の要件を済ませる為港町を案内人、正確には独逸政府が他国の貴族に好き勝手に動かれぬように用意された人員であった。身の回りの世話や警護などを含めて20人に監視されている。
クルップ社
最初に向かうのはグスタフ・ハートマン、フリードリヒ・クルップ社の創業者である。
独逸帝国大使館を経由してグスタフ本人に尋ねる事を連絡済み、今日は義体を利用し彼の屋敷で話し合いとなっている。
新規創業を予定し設備拡張の資金を集めていたフリードリヒ・クルップ社に多額の出資を行い、経営には一切不干渉な代わりに商品の優先購入権、そして投資に伴う配当金ではなく量産兵器の国家を挟まぬライセンス生産権利の融通。全てを言葉ではなく書面でしたためすでに渡している。
これは出資者であり他国の貴族との面通しであった。
「悪い話ではございませんが、詳細についてはまた後日と言うことでは如何でしょう。 私一人で経営するわけではありませんので、他のモノ達との折衝も進めなくてはなりません。 何よりも政府が許可を出さなければなりません」
クルップ社はパリ万博で巨砲を出店し、いくつもの大口契約を持ったことで政府に対して強みと発言力を持っていた。新たに創業するとはいえ、他国の貴族に大砲などのライセンス生産など勝手に決められるわけもない。
何よりもクルップ社以外の大砲や巨砲をドイツ軍が主力導入するのなら、他国に大口径砲を売却するぞと圧力もかけているほどだった。
「政府ですか。 確かに英国貴族である当家へとなると難しいでしょう」
「次回までに調整を行います」
即断するほどではなく、次の交易時にライセンス生産権利と配当金について議論を行うとして一旦は留め、クルップ社側が政府側と調整と言う名の話し合いを行うとして話は終わった。
何よりもオスマン債務管理局をめぐり独逸は英仏と対立しているのだ、そう簡単に通る件ではない。
ヘンシェル社
最新型の蒸気機関車の購入と共に、開発中の電気機関車への出資と購入権取得の打診、こちらはスムーズに契約が成立したものの、政府との取り決めが必要な兵器類の生産が始まった場合は、またその時に取り決めると、思い通りにはならず状況はさほど変わっていない。
マウザー社
独逸政府側が強く干渉してきたことからそれ以上の事が出来ず、マウザーとは接触を持つことさえも出来ず独逸内での滞留期間は終わってしまった。
帰路に就くため港に到着、寄港している間無断で船に乗ろうとしたり密航を試みる者など後を絶たず、港から少し離れた場所で停泊しているために小型船で向かうことになっていた。
乗り込む前に案内役であった者達に少なくない報酬、本来は不要であるのだが100マルクを各員に渡し、責任者には別途皇族への贈り物を託す。
「ヴィクトリア・ルイーゼ・フォン・プロイセン様にこちらを」
とても可愛くデフォルメされた子熊に持たせたクリスタルガラスで作られた薔薇のブローチ。
質素過ぎず豪華過ぎず、普段着ける事もパーティーなどでそっとワンポイントにも使える。使うかどうかはともかくとして、ヴィクトリア・ルイーゼ・フォン・プロイセン、ヴィルヘルム2世の末娘であり王妃が特に可愛がっている。
現在10歳であり、豪華な宝石よりいまだ子供向けのモノが好まれる、少しずつ王家とも関わりを持つ為にはこう言ったことも必要であった。