58.2022年 崩御
老衰による衰弱により徐々に体は弱り。職務などは皇太子へと徐々に引き継ぎながらも公務を行っていたが、静養地へと移っていたものの家族が呼ばれていた。心音が弱り医師がそろそろだと限界だという事、つまり寿命が終わろうとしているのだ。
王室関係者や首相が集まる中、レヴィア伯個人として呼ばれていた。海から離れているバルモラル城、海から離れているにもかかわらず霧笛の音がかすかに聞こえ、女王陛下は目を開きベッドから体を起こした。
「困った子ね。 出航の時間まで知らせるなんて」
そこは家族の場であり関係者は邸内の別室に待機している。その中にはレヴィア伯も含まれているが、その大多数は政府関係者であった。
家族と多くの話を交わし、大きく息を吐き体をしっかりと起こしベッドから椅子へと身を移した。
「レヴィア伯を呼びなさい」
その言葉に隣接で待機していたことからすぐに呼び出され、寝室に入ると椅子の前で跪いた。
「こちらに居ります」
家族ぐるみというわけではないが、女王と三代目レヴィア伯も同様に老齢であり、歳も近い事から若い頃からよく話すこともあり親しくもあった。それは細心の注意を払いAIではなく人工脳による専属判定を行ってまで、出来うる限り人としての対応でもあるが。
「パイトはやんちゃね。 レヴィ、軍命なく霧笛を鳴らさぬよう少し注意をしておいて」
「わかりました。 しかしやんちゃなのは陛下に似たのでしょう。 即位前は何度も突然呼び出され困ったものですよ。 お若い頃は務めとはいえ後方の軍の整備場で働くというので秘密裏に護衛を付けるのに苦労したり、即位後にも呼び出されて来れば護衛もつけず突然車で出掛けたと聞いて何度エリーゼで追いかけた事か」
「まぁ、やんちゃなのはあなたではなくて。 あなたの行動には即位後多くの手間を掛けさせられたのよ。 王立騎兵隊にチャレンジャーⅢ戦車を送り込み、各地の産業で問題のある人物を武力を持って引きずり出したり、上げていては切りがないわ」
地球ではないとはいえそれでもなお最大限の敬意と、同じ時間を生きた人工脳による判断に任せ他愛無い会話をする関係であった。そして一息を付き、身を正す。
「カイ・エアゼレ・ウィルム・ヘイズ。 海竜レヴィアタンよ、私が下す最後の命令です」
誰しもが跪いたまま頭を下げ言葉を待つ。それは普段の茶会や私的食事会の声ではなく、女王として長く英国を支えてきたものであり、その変化に部屋にいた者達はみな姿勢を正した。
「私が居なくなった後あなたも長くはないでしょう。 もし王家と政治が利益を重視し他国の紛争や戦争を止めようとしなかった場合、あなたが一度だけ戦争を止めなさい」
皇太子や首相の表情が固まり、それが何を意味しているか分かった。英国王室と首相だけはレヴィア伯が人ではない事を知っており、それはミグラント国があと少しで消えるという事であった。
「最後の命令、確かに受け取りました。 ご安心ください、如何なる手を尽くしてでも大規模な戦争となる前に終戦へと至らせましょう」
エリザベス女王陛下も、レヴィア伯が人間でないことも代々の人間が全て一つの擬態であることを理解し、そしてそろそろ終わりであることも近年の行動、各方面への契約内容や年に数日間は諸外国で活動しているミグラント国人を全て自国へ戻すなどから薄々何かあると察してはいた。
再びどこからかかすかに聞こえる長い霧笛、船の出航の合図であり旅立ちの時間を伝える。
「出航のお時間です。 妹君のウォースパイトが送り届けてくれましょう。 陛下、御元気で良い船旅を」
時が来たと理解しベッドに再び横になると目を瞑る。その表情は穏やかであり病などの苦痛は一切見られず、呼吸も少しずつ浅くなり眠るように弱っていく。
「……そうね。 旅は 良いものであることでしょう。 みなさん いってきます」
そのまま目を覚ます事なく、医師により崩御が確認された。
「長い職務お疲れさまでした。 良い旅をお楽しみください」
霧笛は確かに流れていたがそれはロンドン港にいた上に、誰かが操作したわけではなく原因不明の霧笛が二度鳴っている。誰かが操作したわけでもなく、稼働していた自動制御装置によって勝手に行われていた。
国葬の日、多くの人々が喪に伏した。地球でもそうであったがこの星の英国は世情が良いこともあり、連邦所属国家でも喪に服す者達は多い。植民地体制から共栄体制への切り替えられたあと発展のために連邦各国を回り続けた王室、それは確かに各地での発言や活動は実を結び相応に筆頭として相応しい女王として信頼されていた結果であった。
喪に服する三代目及び当代のレヴィア伯は相も変わらず冷徹な無表情であったが、葬列で三代目はその長い特徴的な髪を短く切りそろえ遠目に見てもわかるほどの涙を流していた。それは英国王室に仕え続け、英国女王に忠誠を尽くしていた“王室の番犬”や“狂信的部隊”と呼ばれていた臣下が初めて見せた姿であった。
英国の一つの時代が終わった、それは確かな事であった。
2023年
香港から北に少し進んだあたりで正式に警戒線及び狩りの国境線が敷かれ、そこから以南とベトナム国境までは英国連邦の管轄として国連から委託が決定された。とはいえやはり英国そのものは手を出さず、ベトナムやラオスまでの間を国連から任されたことで連邦での統合管理とし、法という名の下に統治するとして英国連邦とベトナムの主導による開発と治安維持が成された。
国際法を順守する組織の編成は少数のみで行われ、主力部隊は香港に住む人たちから募った義勇治安部隊が担う。のちに軍となる前身組織であり、日本の自衛隊にならい侵攻能力こそないものの防衛戦力という意味では台湾とも協調路線にあるものであった。
そして香港は開発及び政治の中心地域として主導され、過去の戦争と合わせて英国人は非常に嫌われているが、英国連邦人ならそこまでではない。あくまで過去の事であり、自由と資本主義に則って思想と経済の自由は保障され、目指す先は香港特別行政区ではない。香港共和国として国家認証に向けた活動である。
法治・軍備・産業・政治、何年かかるか不明であろうと、英国連邦に置いて植民地だった国家は全て独立を果たしている。もちろんいまだ政治面や法治面では完全ではない開発途上国はあるが、国民性が向上し自国採算性が確立されれば独立は不可能ではないのだ。
旧宗国
世界の開発需要は旧宗国での資源開発ではなく、資源採掘だけに留めていた。二度と技術を渡さない盗ませないとの意志が強く、あくまで農畜産業・飲食業以外は決して宗国人を採用しようとはしない。
国防軍及び諜報組織の壊滅と共に、大量の産業スパイ・ブラックボックスの無断解析・他国での犯罪組織・闇金業・人身売買などがはっきりしたことで、一切信頼に値しない国民性だと確定されたからだ。少なくともこの記録が薄れるまでの間は、この思想は揺るがないだろう。
そして資源地帯のほとんどを米国が抑えている為、モンゴルは露との干渉と国境を兼ねて米国との関係を重視していた。モンゴルを狙えば再び冷戦状態に陥るとロシアは判断しており、まずはソヴィヘト連邦の再結成を目指し、ウレイナ(地球名ウクライナ)の領土制圧とソヴィヘト連邦への強制従属を思考する。
再びソ連という大規模な連邦を作り上げる事を考え、そのためには離脱したウレイナを再度取り込みたいという思惑である。
北朝清を蓋するように周辺ロシアは得た事で完全な不凍港や凍らぬ大地を得た。農業や工業にとって利があり、それは紛れもなく国力を高め欲を齎す。
英国とミグラント国
女王陛下の言葉に従い、新たな英国王はミグラント国が消えた場合に備え首相と共に準備を始めていた。
BAEに対して公的であるが秘密裏にライセンス提供が今までの以上の数が行われており、受け入れる側としても機密管理やライセンスで得た技術の利用に苦労している。
金銭ではなく事が起きた時の為、現在英国企業などとしている契約の変更に非常時における株の譲渡契約など、国家としてミグラント国が消滅したときに備えた動きをしているが、秘密裏に契約更新を行う手間は非常に掛かっていた。
纏められた書類を執務机に置く英国王としても頭が痛い問題であり、ミグラント国はすでに英国及び英国連邦にとって相応に重要な一国。それがなくなるという事から来る損失は代替するにも簡単にできる事ではない。
「……わかってはいた。 しかしこれほどまでに英国を支えていたとは、居なくなった時の損害は非常に大きいとは」
「広くそして長らく関わりのある企業が多く、一つ一つ持ち株の切り替えには時間を要するかと。 何よりも公的には知られずとなると、数年は掛かる見通しです」
首相としても英国及び英国連邦の各企業に対してミグラント国との関りを調べている書類を見ている。
少なくとも、ミグラント国が予備役保管している膨大な数の兵器を引き上げ、維持管理していかなくてはならない。
「企業の汚職・売国監視については、ミグラント国と同様に監視ができる体制になっております」
諜報機関では大分諜報技術が高まり、戦争や紛争時の敵国の情報収集などではない限りは、ある程度は企業や人権団体などの暗部を暴けるだけの諜報能力を得ていた。
ミグラント国が得ていた英国内での資金によって行われていた貧民や農業支援にも回さなくてはならず、手広く下支えをしていたことから一部層からの支持と信頼も厚い。中でも傭兵組織レーヴァンは結成当時からの関りがあり、兵器の導入や兵士の訓練だけではなく、退役兵士の受け入れ先や再就職訓練など幅広く信頼と関係も深い。幸い傭兵企業レーヴァンはすでに英国王室・英国政府・英国企業の三組織によって株は買われており、運営そのものも半国営・半民営という形で英国連邦における唯一にして巨大な傭兵組織となっている。
米国系傭兵企業ベイラーについては、米国退役軍人会と米国企業による買収によってミグラントからの独立が成されている為問題にはならない。ただし傭兵企業ベイラーからは供給される銃器と食事の品質が下がったとレーヴァンに話が来るなど、主要株主の変更による弊害が出ていると嘆きの声が届いていた。あくまで企業であるために株主会の要求には答えなければならず、むろん第一の大株主は米国政府であり第二に退役軍人会であるのだが、その次に来る民間の統合票による予算削減要求には答えなくてはならなかった。
「今になって、母が友人のように親しくいていた訳と、その偉大さが良く分かった。 もしレヴィアタンの寿命が尽きなかったとしても、私では母のように扱う事は出来なかっただろう」
ミグラント国が下支えしながら、多方面において英国の発展に尽くしていた。それは英国王や首相が考えているよりもずっと大きく、そしてエリザベス二世女王陛下がレヴィア伯が時折起こすの暴走のような問題行動を根回しなどで軽微に納めていた理由、一歩間違えば身を切り裂く危険な対象を自制しながら自在に操り、英国繁栄のために臣下とし重用し続けた。
それは確かに数値と結果に現れ、英国及び英国連邦は世界に強い影響力と発言力を持ち、第二次大戦後には一時米国の下に成りかけたが現在では対等に立ち振る舞えるだけ英国は強大化している。もちろんそれは英国連邦としての英国であるが、連邦所属国家に対して防衛・繁栄・発展の責任を持つことで、所属各国から英国に対して信頼と協力を得られる。紛れもない連邦各国の意思を統一できる筆頭国家であった。




