閑話.
「やれやれ。 今回の演習も今日で終わりか」
イギリス本土内での演習訓練は最終日を終え、休息を取ったのち帰還することになっていた。
さすがに貴族とはいえ演習地に専属料理人など連れて行けるわけもなく、保存食などを元に簡素な食事を比較的料理が得意な兵士が作り、ティータイムの茶菓子もジャムとクラッカー程度で済ませるしかない。
「ん。 ジャムも昨日で終わってしまったんだったな」
第三中隊隊長はティータイムを楽しむために荷物の中からジャムを探すも、昨日の茶会で最後の瓶を使い切ってしまっていた。
「これは、あぁ新興貴族の」
何か代わりになる物はないかと荷物の中を漁っていると、チーズケーキと書かれた缶詰が残っていた。
妻に押し付けられたのだが、怪しい物だと思い開けてはいなかった。しかしジャムが無くクラッカーだけでのティータイムは味気ない。
「まぁ、ないよりは良いだろう」
期待せずにチーズケーキ缶5種全てを手に持ち、野営地に置かれた組み立てテーブルと組み立て椅子、そこに集まるのは大隊長補佐から中隊長以上の士官だけのティータイム。参加者の中で一番新人であるために、ジャムを容赦なく使われていしまった原因でもある。
「ジャムを切らしてまして、代わりになる物を探しておりました」
第三中隊隊長はテーブルの上にチーズケーキの缶詰5種を並べる。
「ほう、これは確かレヴィア伯のものだな。 妻が旅行中のティータイムに重用していたが、私はいかんせん軍務が忙しく口にする機会がなかったな」
大隊長補佐は珍し気に缶詰を持ち上げ、精巧な絵柄をあごひげに触りながら眺める。
レヴィア伯爵から海軍や水運業界を主に保存食は納品及び売却され、航海での食事を大分改善していることは知られていたが、陸軍への供給量は非常に少なかった。その為今回の演習でも標準的な保存食である硬いパンやコンビーフなどお世辞にも良い食事などではなかった。
「意外といけるものですよ。 旅行の際に一度ティータイムに1缶使用しましたが、残りは妻に持っていかれましたよ」
第二中隊隊長は苦笑しながら缶切りを取り出し、手慣れた手つきで缶詰をてこ式缶切りで開けるとスプーンを取り出す。
保存食でお世辞にも美味いとは言えない缶詰の食事を演習では要いる事から、誰しも缶詰を開けるのは慣れていた。
銃剣やナイフでこじ開ける必要のないことから、てこ式缶切りは特許は取らずにいるためイギリス国内で各企業や工房で製造販売されている。さすがに勝手に特許を取って専売しようとする者は英国内には今のところいないが、念のために英国王家御用達の商店が代表して各国で特許を取得し、正式に製造・改造自由ということで許可していた。
「見た目は貧相ですが、クラッカーやスコーンに付けるのならば問題はなく匂いも味も中々良いものです。 今では妻にレヴィア伯から買い付けられないかと詰められてましてね」
手早くスプーンで掬うと皿の上のクラッカーに載せていく。
「さて、それではティータイムを楽しむとしよう」
準備が出来たところで大隊長補佐の言葉でティータイムが始まる。英国紳士にとってティータイムは重要な事、それが戦地だっとしても最前線かつ激戦状態でなければ、かならずティータイムを取る、それは心の平穏をもたらし思考をリセットさせ活力をもたらせる行為であった。