3.世界 1877年-1878年
英国と一年ほど交易を続けてはいるが、いまだ船舶のチャーター依頼はなく、食料交易だけを行っていた。世界は不安定な状況で英国は関わり方に注意を払っているように見える。
そしてそれはHITAKAMIとて同じこと。太平洋上で領有を保証するため日本と米国の承認も欲しいのだが。
日本と関わるにはまだ政府と士族による争乱で国家が完全に一つとなったとは言えない、記録にあるデータと若干の差異こそあるものの、偵察探査機からの情報は間違いなく各地で士族の反乱、状況は決して良くないため外交を持つのはまだ数年先になるだろう。
アメリカも南北戦争こそ片付きはしたものの、先住民族との大規模な争いに発展し、接触を持てば即座に利用されることが明白であり、まだ接触を持てる段階とは言えない。
イギリスも似たようなモノではあるが、植民地であるために本土は安定している点だけが異なる。そして現状でも植民地に物資や兵士を運べなど言うことはなく、契約条項の中にも加えられてはいない。
良くも悪くも貴族に序しても外様であり、内政には関わらせるつもりがないという事だろう。
しかし英国を選ぶのには理由はある。当時の列強と言うのもあるが、何よりも最大限自国に都合がよい法律や条約などで契約を結んだとしても、それを確固たる理由もなく反故にしたり破ったりすることは決してなく順守への努力は行うところでもある。
・定めたとしても都合が悪く成れば交渉などさほどせず反故及び破棄を検討し通達してくるアメリカ。
・条約や契約を定めても自らは縛られないと考え行動をするフランス。
・事があれば軍や現場レベルで暴走し条約・契約が守られない当時の大日本帝国。
・自らに最大限都合よく条約・契約を定めるが順守し原則反故にはしないイギリス。
・そもそも条約や契約など意味をなさないロシア。
契約・条約という事に関して難物相手とはいえ、当時は大英帝国以外信頼は出来なかったのだ。もちろん契約や条約を不意にしても問題がない程度の国家や組織が相手でではない場合に限る。
1878年
露土戦争、ほぼ史実通りに動いている中、各国は講和に向け話を進めサン・ステファノ条約によって講和が決まり終結した。
しかしサン・ステファノ条約に納得できなかったイギリスとオーストリアが動き、欧州7カ国を交えてドイツのベルリンにて講和会議が行われる。
「ドイツ ハンブルク港まで船をチャーターしたい」
ここで英国側がチャーター船の依頼を出してきた。
ほぼ同じ歴史ならば、軍事・政治共に辣腕を振るっている鉄血宰相ビスマルク、その人物に大して英国には駒がある事を示す気なのだろう。
何よりも英国とてドイツ ベルリンで行われる会議、正確に把握していなくとも何かしら露独間で何かしら密約くらいはされている事を予測し、国威を示す装甲艦隊だけではなく想定及び推測不能な船舶を用意し、不足な事態が発生しないよう威圧するつもりなのだろう。
優雅に日にちをかけて約800kmの陸路を進むのも手であるが、時速5~7kmの馬車、船舶で15ノットかつ時速24km程度、まだ飛行機も産まれておらず飛行船さえまだ試験的な時代、船舶が世界最速の移動手段である。
長い旅は陸路にせよ海路にせよ楽なものではない、当時の大型船舶だとしても設備には限界があり楽な旅ではなく、こちらの船舶の巨大さを利用するつもりであることは間違いない。
「予定日前に客船の我が身を向かわせる。 船員の用意は不要ではあるが、船内で過ごすための従者の用意はそちらで頼みたい」
話し合いは進められ、輸送物資と乗船人数などどれくらい積めるのかと、そして客などとは別に輸送費の支払いさえ行えば兵器・薬物・人身売買・盗品に関わらない限りは問題はないと回答をするにとどまる。
「それではよろしくお願いしますよ」
外交官は表情を隠しているようで、何やらドイツから輸送したい物資があるようだ。
ほぼ40日の船旅、その時間を13日程度まで短くできるのならとのことだが、半信半疑ではあるために出航日は40日の航海を要する艦隊と同じ日。
装甲艦から前ド級戦艦時代ならば戦闘航行速度14~17ノットが限界、巡航航行速度ならばさらにおちることから半信半疑である事は仕方ない。
客船そのものは後々必要であると予測出来ていたことから、建造そのものは終わっている。
ウェーブ・ピアーサー型高速三胴船 仮名ストラー
全長140m
全幅35m
最大積載量 1万トン
推進式 ウォータージェット
貨物満載の巡行航行で40ノット、空虚状態で巡行44ノット、燃料が重油でも石炭でもない事から長距離航行に問題は何もない。
問題は船内設備を理解できるかではあるが、期日前に案内係でも決め先に乗船させて覚えさせれば良い。
出向予定日五日前
到着した船に驚きはしたものの、後部ランプを埠頭に接続し荷物が積み込まれはじめ、そして船内設備の説明を受ける為集まっていた。
「では、艦内放送にて指示と説明を行う。 メモを取り忘れぬよう」
外交官としてベルリンに向かう一団、従者として貴族の身の回りの世話をするのだが、執事補佐とメイド長など代表者数名が乗船し使用方法など一つ一つ確認していた。
船内設備、客室・食堂・浴場・ダンスフロア・展望室・小さなバー。船内放送で一か所ずつ説明していく中で、特に浴場についてはかなり驚きを持ち、男女別れた形で全員が毎日入れる事には本当がどうか繰り返し質問することで何とか理解していく。
「これは、確かに広く利用しても問題はないですね」
「しかし使用人までとなると贅沢ですし、利用してよいのか確認しなければなりません」
当時の航海中は小さな浴槽で数日の一度が貴族であっても限界、浴場を備えそれなりにお湯と水が使えるなど予想できたはずもない。
西暦2000年代の一般的貨客船フェリーを参考に大きな4つの湯船と8つのシャワーを備えているだけ、高級客船にはさらに優れた設備があったデータはあるが高級客船は20~23ノット、わざわざ建造する必要も快適過ぎる船旅を提供する必要性もない。
何よりも人員が居ない以上、内部設備に無人機を製造して対応する必要が出てくる、そのような事までするつもりなどない。
使用人を沢山連れて歩く以上、その者達に使い方を教えた上でやればよい。構造など教えるつもりなどないが。
出航日
興味深く見て回っているのは技術者でありそして諜報にまつわる者、構造を調べようと描き取れるものを片手に船内を歩き回る姿が擬装された小さな監視カメラには映し出されている。
しかし扉はあるが取っ手などなくこちらで開かなければ入る事は出来ず、そして内部を説明する義務もない。
出向する音と共に港を離れ、同じ日に出向した艦隊は翌日には見えなくなるが元々艦隊として共に航行する予定はない。
甲板がなく外に出れないという事には不平不満が相応に出たが、40ノットもの速度で航行する船の甲板に出るなど危険な行為を許可はできない。
「余り揺れんのだな」
外交官オード・ラッセル、のちのアムトヒル男爵が乗船している。さすがに首相や外相が乗船するわけにも行かず、外交官補佐や書記官などさほど重要ではなく多くの使用人達が乗船し、他の外交官と共に船内を見回りながら感想を述べていた。
「中は明るく、熱くも寒くもない」
ラッセル外交官は不思議なものと乗船したばかりのホールを見て回るも、従者の一人が声をかける。
「ティータイムの準備が整っております。 展望室へとご案内いたします」
展望室は3箇所、船首・左舷・船尾に設けられており、食堂としても利用が出来る。今回は船首の展望室で中央ホールから船内エスカレーターに驚きながら上り一面大海原が展望できるホール、そこには見た目こそ貴族が使用するには若干貧相ではあるが、座る上での品質は満足できるソファーとテーブルが設置されていた。
「まぁ、悪くはない。 それにしても揺れは少なく眺めは良い」
一人用のソファーに身を預けながら大海原を眺め、書記官なども一面ガラスによって広く大海原を眺める。
「まったくです。 新興貴族の所有船と言う事ですが、病弱で会議には出られないとのこと。 面会した者はアラン伯爵だけとのことです」
「しかし、なるほど快適ではあります。 食事も良ければロンドンへ戻るときは外相の乗船も考えてよいかもしれません」
使用人たちによって用意されたティーフーズと紅茶が並べられたテーブル。長期滞在の為夫人も連れている事から、優雅にティータイムを楽しみながら大海原を飽きるまで眺めながら談笑を楽しんでいた。
彼らが優雅に楽しんでいる間にも、HITAKAMIは航行予定路の天候情報から波の程度など調べている。正規の支払いをしチャーターした以上、彼らを安全にそして迅速に目的地へと届ける義務がある。
現在、衛星の情報から天候に問題はなく波の高さも低い、海賊船と思われる船舶も敵船と思われる艦隊もなく、航海は順調に進む予定である。
夕食の時間となり広めの食堂に集まるが料理人など居らず、決まった場所となる壁際の箱が開き中には湯気を立てている暖かい食事が用意されており、従者によって運ばれ揺れが少なくスープなども深皿ではあるがコース料理であった。
「船内でまともな料理を楽しめるとは思いもしなかった」
「そうですね。 保存した肉に野菜、パンや果物ばかりというのも味気ないですから」
船内料理は途中で寄港できる港で補給するとしても、やはり長期保存が効くものが主体となる為味はどうしても良くない。イギリス貴族の中でフランス人料理人を雇うのがステータスであったように、産業革命以降の食品の低迷からくることも重なってからは、航海時の食事など船病にならない用に食する目的と化しているほどにだ。
「デザートのご用意もできております」
一通りの食事が終わり、使用人達の手によってデザートのアイスクリームが運ばれる。
「ほう、アイスクリームまであるのか」
外交官達は食事に不満は持たず、落ち着いた夕食を静かにしている。
船舶と言えばアイスクリームは外しにくく、そして宇宙航海時代となっても地球圏発となる宇宙船には基本的にアイスクリームの製造設備が常設されている。それは宇宙戦闘航行艦となったHITAKAMIの艦内にも相応のレシピと共に製造設備があり、地球圏で開発されたあらゆるものがデータとして残っている。
単純なバニラアイスに、交易で入手し冷凍保存していた果物をジャム等に加工し混ぜ合わせたフルーツアイスクリーム。今回提供した二種もレシピに記載されているものであった。
夕食後はダンスフロアもあることからナイトダンスを楽しみ、その後浴場で湯浴みをしたのち各部屋へと別れる。
もっとも高級な船内ルームと言っても20畳、約5.7m四方程度の広さしかない。天蓋付きベッドを二つ供えれば個別ティータイム用のテーブルに椅子が二つ、大き目の化粧台が一つが精一杯と言える。それでもなお比較的満足した船内設備に納得して眠りについていた。
順番に食事と入浴を済ませたのち従者たちは4人部屋、二段ベッドが二つ供えられた客室にて休む。数名は夜間の呼び出しに備え、外交官達の部屋の前に待機しているが概ねほとんどの者が眠りについていた。
一部の者達は就寝時間の為光を弱め薄暗くなった船内、技術に関わるだろう人間が二人、夜間の間に各設備をじっくりと眺めメモを取っているが、その程度ならばまだ許容範囲内。分解や破壊などしなければ見た目から推測できる事など限られ、重要な構造など分からないだろう。
すべて監視されている事など気付かず、諜報活動を行っている姿はなんとも面白くもある。
5月末
ドイツハンブルグ港に到着、艦隊の到着予定より半分未満の航海日数であったが、ドイツの駐留外交官には出航日と到着予定日がモールス通信によってすでに伝えられており、港到着の一報を受けて急ぎ向かってきている最中である。
「楽な航海であったな」
「はい、航海も短く揺れも僅かでありました」
技術者や軍人も少数ながら外交官として乗船し、問題にならない程度ではあるが船内を調べていた。今は駐留外交官の到着を左舷展望室で待ちながら、優雅にティータイムと過ごしている。
見たこともない艦船の到着に港が騒ぎとなっている中、展望室から見下ろす光景はなんとも言えない感覚であった。
「軍艦とした場合、これだけの速力は輸送及び攻撃ともに役に立つ」
「問題は構造が全く分からない事ですが、ある程度参考には出来るかと」
軍人も技術者も前もって船舶の購入は出来ない事や、新興貴族であるために当面の間徴兵や軍役を科すことが出来ない事も伝えられていた。
「どうやらきたようだな」
一報を受け遅れてドイツ駐留外交官は馬を走らせて到着、船外で待機している従者に声をかけ船内の展望室へと案内されていた。
「失礼いたしました! 予定日よりも大幅に早く遅れてしまいました。 まずはお疲れかと思いますので、すぐにご案内いたします」
「艦隊は予定日通りだろう。 何、航海は楽なものであった」
予定日より20日以上早い為もてなしの準備が十分ではなく、他貴族との夜会の予定も入っておらず、外交官邸もしくは所有する屋敷に留まるには数日の準備を要する状態であった。
ロンドン港に戻ることから輸送物資積み込みで5日の停泊の予定であったが、急遽外交官邸宅や屋敷の準備が整うまでの間継続して停泊し、追加チャーター費を支払うことで船内設備を使うのは予想外であったが。
ベルリン会議-条約
ほぼ歴史通り複数の国家の承認及び鉄血宰相ビスマルクの采配によって、戦争の終結と共に複数の国家独立が承認された。
一方でデータと異なり鉄血宰相ビスマルクは武力を強くちらつかせる素振りがあり、どことなく歴史の相違点を感じ、そして武力を一旦取り下げ平和的解決の為に対話を提案するなど、何か不安定さを感じる素振りがある。まるで何かによって、思考を誘導されているようなものであった。
会議の合間には交流を兼ねた茶会が開かれ、顔繫ぎまではいかないものの腹の探り合いと共に、情報を得るため個人間での駆け引きが始まっていた。
「そちらの船は見たことも形をしておりましたが」
「大英帝国には中々の船があるようで」
イギリスが所有する軍船よりも足が速く、見たこともない形状をしている船舶、デザインとて既存のモノとは大きく異なり、話題に出ないほうがおかしいものであった。
「新興貴族の所有船でしてね。 今回の航海にチャーターしたのですよ。 中々良い航海を楽しめましたよ」
「ほう、それはなんとも、購入できるならしてみたいものですな」
手に入れたいと考えるのは独逸側として当然、それは大英帝国の貴族としても同じことではあるが、会談の予定を取り付けるどころか、入港中の短い間だけでは特定の貴族以外と会談など無理に近い。
現在ではアラン伯爵 ゴア家以外とまったく交流を持っていなかった。もちろんゴア家にとっては頭痛の種でしかない不明な相手との交渉や関わりあいなど王命でなければ避けたくもあったが。
異界の座
突如現れた未来の船舶に、世界を見下ろしていた存在達は予定外の事態に仲間を疑っていた。
「あの巨船、誰のモノだ」
「さて、誰の企みかね。 大分平均よりも発達した技術を持つようだが」
「イギリスには協力者はもういないはずだが、手を貸したのは誰だい?」
裏切り者を探すように、そしてお互い牽制し合うことで解決や対策など取る素振りが見えない。
「なんであれ抜け駆けはなしに変わりはない。 管理を怠らず予定通りにな」
彼らは今まで通り、特段何かすることもなく歴史通りに進めるつもりであった。10年から15年ごとに集まり経過などを話し合っているが、そのほとんどの期間は自らが担当する国で気に入った人間を集め、優雅かつ怠惰に暮らしてるだけであった。




