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20.1929年 世界恐慌

 アメリカを起点に発した金融恐慌は世界中を襲った。英国に置いてもポンドから金への換金は止まらず、国庫に保管されている金は瞬く間に減っていく。



 イギリス

 ジョージ5世を通した二度目の願い。早急に用意した 金のインゴット300トン を英国政府に無利息無利子で提供し、それとは別に追加で300トンをポンドと換金を行った。英国政府は大手商会や大企業に銀行家を集め、積まれた総数600トンになる金塊の山を見せる事で莫大な保有があると国が示し、一時的な混乱の抑えと今回の混乱は金本位制に問題があったとして数年かけて金本位制の終了を目指すと発表を行った。

 換金騒ぎそのものは収まったが、国内投資ではなく海外投資へ傾いていたロンドン市場への批判、恐慌対策の失業保険の削減などの緊縮財政で政権は交代となり、政府が負ったダメージは決して小さいものではなかった。

 しかし海外投資を減らすという事は自治領や植民地の不満が広まるという事、独立運動が過熱していくのを抑えられずもはや時間の問題といえるだろう。

 徐々に冷え込んでいく自治領や植民地への投資の減少は独立へと傾くと一部の貴族は気付き説明したが、それでも政府は恐慌による予算減少や市場動向を制御できるはずもない。

 孤児もホームレスも増えている現状は犯罪増加に繋がる、せめて失業者対策として農作業紹介や都市清掃などを低賃金と食事保証で行うことを提案するも、それさえも難しいと反対され貴族も自らの大地主としての地位を失うほど財政的な面に余裕はなかった。


「国民を疲弊させる政策だとわからないのですか! 今が貴族が貯め込んだ金銭を使用するときでしょう!

……分からないのならミグラント国として行動をさせていただきます。 反対なさるのなら行動を示してください」


 連邦に所属するミグラント国として議会の決定を大いに批判し、今までの貯蓄及び換金したポンドを原資に英国内にて大規模出資&投資を敢行した。もちろんこれは願いへの対処でもあることから、国王から首相に対して恐慌対策をレヴィア伯がすると説明がなされていたことから、黙認されるよう根回しがなされている。

 農畜産業と食品と孤児院への追加出資に加え、鉄道会社へ出資し農村地域路線の維持管理と改善、上下水道の再整備、ミグラント国製発電所建設、駆逐艦数隻の追加発注による製鉄及び造船産業へのテコ入れ。

 いくらか信用を形にした借入れを英国政府にしたが、ほぼ国内全土にわたる大規模投資により冷え込みは一気に抑え込まれ、送電・電話網の更新に拡張と労働層に大量に流し込まれた資金は循環し半年ほどで恐慌の波は過ぎ去り英国本土内での国民生活は安定することになる。

 もちろん支える目的でもあるが、しっかりと儲けが出た上で配当金が得られる箇所を主に出資&投資をしていた。英国政府からの借入れ金は3年ほどで返済、英国を支える為に出資するべきであった他の貴族の没落と反比例するように配当金は積みあがっている。

 出資を渋っていた有力者や貴族はレヴィア伯に対して嫌悪感を持つが、連邦議会で何度となく主張しても渋ったのは彼等であり、一部の貴族ではあるがアラン伯などは私財を大幅に投じる事で一財産を築きあげることに成功している者達もいた。

 後に返還されるも300トンもの金塊は英国国営金庫に保管されたまま、これを期に毎年約60トンの金塊を国営金庫に保管していくのだが、2000年に4500トンを超える金の貯蓄にそろそろ運用や換金をしてはどうかと英国政府から直接話が来るまで非常時対応備蓄は続けられた。




 フランス

 イギリスの国庫から引き出された金は主にフランスへと流れていくが、それが恐ろしい事を招く事をフランスはまだ理解してなかった。これには自国及び近隣国家の対外投資の引き上げや乱れた英国から流れ込む金によって素早く世界恐慌を離脱できたと思われているが、それは近隣諸国が荒れている状況であり英国が立ち直ると流れる金の量が減り、さらに植民地で独立運動が活発化しフランス植民地金融社が崩れた瞬間恐慌が襲い掛かった。

 金の保有量が多いが世界恐慌のダメージによって失業者が増えてしまい、金はあっても仕事がないという事態となる。金があっても社会の仕事がなくなってしまうとそれは景気低迷と共に犯罪増加となり、徐々にフランスの各企業は力を失っていった。もしその有り余る金を自国の植民地投資や買い支えに使えば違う結末であったかもしれない。

 世界中が自らの勢力圏によるブロック経済による恐慌の影響を癒し、そして他国への高い関税による排除は植民地や精力を持たない国にとっては死活問題に近い。

 世界中が混乱する中、静かに地球と酷似した行動をイタリアと大日本帝国は進めていた。




 イタリア

 大恐慌の影響は植民地獲得へ向け軍備を整え、エチオピア帝国に対し奴隷制度開放を建前とした侵略と植民地化を行う方法を選んだ。

 本音で言えば恐慌による経済の低迷を戦争景気と自由にできる経済圏を求めているのはどの国でも理解が出来る。しかし止めるにはこの世界恐慌の中戦力の派遣をしなければならず、イギリスとフランスは戦力を派遣しなかった。

 元よりエチオピアとイタリアはそれなりに仲は良かったのだが、エチオピアの発展と共に皇帝となり少しずつイタリアとの仲が悪くなりエチオピア皇帝を名乗った時決定的となった。

 英国は亡命政府設立こそ協力したものの軍事的協力は出来ないとし、エチオピア皇帝は国際連盟に対して訴えるも、しかしすでに形骸化し意味を失っている国際連盟では何かを発信するくらいしか役割はもうない。

 エチオピアは完全にイタリアに占領され国家としての体裁を失い、亡命政府もあるにはあるが国家奪還へと向かう可能性はないに等しい。第二次大戦によって戦略と共に奪還されるまでは。




 ミグラント

 世界恐慌はミグラント国にとっては何の意味もない。元々国家というそぶりをしているだけであり、全て自己単体で完結しているために生産物は全て輸出であり輸入は原則必要としていない。各国で稼いだ金銭はほぼ再出資及び該当国家の金融機関に預け持ちだしてさえなく、例えその国家の紙幣が紙くずになった所でまた費用ゼロで食料や代替燃料などを輸出して稼げばどうにでもなってしまう。最悪金銀のインゴットなど換金性が高い物などを売却すればよい。


《第二次大戦は避けられない。 各国は経済と民意による外交方針は戦争へと至る道を選んだ》


 対象が裏で活動している動きがみられない。すでに経済と各国の立場に国民思想、ある程度は酷似した歴史を流れるようになってしまったのだろう。文明程度・世界恐慌・国民性・経済状況、それがまとまり流れとなる中で国家の動きは大まかに決まる。しかしそれが国家の民意ならばそれはHITAKAMIが関わることではない。

 諜報機からは独逸で秘密裏に行われる軍事開発、アメリカのモンロー主義、大日本帝国の満州強奪に向けた軍部独断の裏工作、イタリアのエチオピア植民地化とほぼ流れは確定したが対象者達は動いていない。


《経済に問題なし。 世界恐慌は徐々に癒える。 独逸よりまずは大日本帝国か》




 大日本帝国

 世界恐慌のダメージは極めて大きく、大日本帝国は残念ながら軍事に傾向するだけではなく軍部が力を持ってしまった。元より英国や米国の軍事的経済的恐怖を払うための力であったが、満州や華北制圧により同等以上の国家としようと夢見た政策でもあった。

 言葉も武力も現状では意味を持たず反発するのみ。絶対的権力者としている天皇陛下さえも報告される情報に虚偽があり、必要であれば退位を迫り傀儡となる次世代へと変えるか、もしくは戦国時代のように権力も何もない場所へと再び追いやるだけだろう。補佐すべき五摂家も独自に動き天皇家を蔑ろにしており、現状の大日本帝国は詰んでおり方向を変える事はない。




 ポーランド

 第二次大戦以降の関わりを重視するならば、この大恐慌の時代がもっとも接触しやすく恩を売りやすい。

 コウォブジェクに向かうが大型船が直接寄港できる港はまだなく、バルセンタ川の中にある埠頭もいまだ100m級中型ばかりでありミグラント国の大型船が泊まれる場所はなかった。もちろん軍用であれば例外ではあるのだが利用できるはずもない。

 港から離れた沖合に停泊し小型艇に乗り換え前もって話を通していた埠頭に到着、寄港日の連絡を入れていたことから案内された場所ではすでに用意されていた取扱品が並ぶ。希望していたチーズ類に食器は輸出できるだけの生産量を持つ品々のみ。取引としてチーズ類及び食器の交易を求め、その規模は10トン単位で行うため小さな商いではないためポーランド側も力を入れていた。


「良いチーズですね。 食器類も質とデザインは中々です」


 羊乳から作られる燻製チーズ オスツィペック、この星にも存在し保存に向きつつ塩気が強い代わりに熱して使用するととても旨味が増す。これならば菓子類に使用しても良し、そのまま英国にも輸出する事も出来るだろう。食器類もデザインに独創性があり高級品としては無理でも、中流層ならば十分に買い手がつきそうである。


「書面通り、チーズは定期的に5000トン。 食器は今用意されている分は全て購入し、英国での売り行き次第で追加発注いたしましょう。 お支払い方法に変更はありませんか?」


「それでですが。 お支払いはポンドや金だけではなく、食料や石炭などは可能でしょうか」


 金のインゴットにしておよそ1トンのみを支払いとしてたのだが、ポーランド側は恐慌によって不足している石炭・食料などを主に求められている。大分弱っている経済としては食料を求めるのは理解でき、大恐慌は世界中に広がっているのは確かな事でポーランドも蝕んでいた。


「わかりました。 そちらの希望する割合でお支払いいたしましょう。 ただしポンドは無しとしますが宜しいですね?」


「問題ありません。 外貨があったとしても、どちらにせよ購入するのは石炭や食料になりますので」


 英国外貨の流出は余り宜しくはない。取引である以上条件を出せば条件を飲む必要が出てくるだが、思った以上にポーランド内は乱れ人種間の軋轢も酷くなっていくだろう。

 契約を取り交わしたのち、別件として個人的な依頼もコウォブジェク港管理にあった。


「当方の大型貨物船が停泊できる港の建設も願います。 もちろん全額こちらが出資いたしますので」


 ミグラント国の貨物船が停泊できる大型埠頭の建設依頼。全長150mの3万5000トン級クレーン付きばら積み貨物船が寄港可能な専用埠頭、可能であれば全長250m5万トン級であればもっともよいのだが、それは戦後に自力でやってもらえばよい。

 多額の資金が必要なのだが石炭や食料の輸入金によってほぼ等価支払いとし、残りは金での支払いと契約を行ったことで大商いとなり、いまだ恐慌を引きずっている中で他の地域と比べて活気と人手に溢れたが、ただそれも狭い範囲であり一つの地域に過ぎない。

 チーズと食器の交易で訪れるたびに大量の食料と石炭が港町に流通し、それを狙った犯罪者も多く入り込み町の規模は望む望まぬもなしに拡大していった。





1931年 満州事件

 9月、大日本帝国は満州全域に攻勢をかけ一気に制圧を行った。当時は抗日ではなく対共産が優先であったことから対応が遅れ、防衛網はほとんど築かれず関東軍は首都まで一気に制圧をしてしまった。この行為は正確には日本政府ではなく、一部の日本陸軍であるが主に関東軍の仕業であった。

 レヴィア伯として英国連邦に所属してい居る以上勝手にはまだ動けない。国際連盟としても勧告だけでありもはや意味をなさず、軍事的活動を止められる力はなかった。


「大日本帝国は早急に撤兵することを勧告する」


 国際連盟による公的な場での発言には大日本手国政府は反応をしたものの、関東軍と呼ばれる一部はミグラントを小国だと見くびり、満州政府に大日本帝国外交官は国連及び大日本帝国政府の書面をもって訪れたのだが。

 諜報偵察機には殴られたあと地面に正座をさせられている政府の外交官の姿が映っていた。


「貴様、なんのつもりで敵国の書面を受け取ってきた。 我々に対して不敬な奴らを断じず何をしているのだ!」


 話す余地などなく満州まで国連で議決された書面の写しを持ってきたものの、政府外交官が逆に関東軍側から叱責される始末。軍部が大日本帝国の政治面に強く介入し過ぎている。

 止められるのは天皇陛下だけであるが、それさえも過度に行えば当代を強制的に引退という暗殺を行い次代へとさせかねない。もちろん世界を同じ流れに進めようとする者達が高い確率で止めるだろうが、危険性を排除するためには無理強いはしないだろう。

 何よりも軍部の案に賛同しなければ政府の崩壊も辞さないという狂った覚悟を決めており、内閣府もそれに反対できなかったということだ。


 統合的に見て、英国連邦の判断は武力的介入はせず国際社会を通じた威圧外交のみであった。宗国という欧州から遠く離れた地域であるために、アジア圏の満州内で済むのなら軍事活動をするほどではないと。ただし、中華民国と大日本帝国政府の平和的仲介を行った米国は非常に気分を害していた。




 大日本帝国

 彼ら、関東軍幹部の目的。それは世界恐慌からの立ち直りの為に言ってしまえば植民地を求め、満州鉄道などぎりぎりの経営に宗国が競合する線路の敷設計画などを危惧していた。宗国全土を制圧し列強と並ぶ国力と国土を経て、いずれ起こるだろうアメリカなどとの第一次大戦級の大戦に備えるとの妄信。

 国際連盟による宣戦布告のない大日本帝国の軍事侵攻による満州制圧対して外交威圧、さらにその事が軍事的侵攻による満州制圧が正しいと主張した。

 大日本帝国政府がなんとか関東軍の暴走と国際社会の圧力と苦慮していたが、海軍軍人らによって首相が暗殺されるという五・一〇事件によって満州国設立へとなってしまった。

 首相という存在は大幅に力を失い形だけの存在になりつつある、まさに軍部の暴走ともいえるが多くの国民は関東軍の行為を、日露戦争で明治の日本人が血を流して獲得した満州の権益を不当な宗国から守ったものとして歓迎してしまっていた。


「国際的立場の問題から、形式的でも辞任をする形で事を納めたい」


 国際連盟からの圧力や国際的立場などから、政府は関東軍の責任者達に辞任を求めたのだが。


「そこまでいうのなら我々は辞任いたしましょう。 まぁ軍を従わせることができる後任が居れば良いがね」


 政治側から軍部に職務交代を命じたところで、新しく役職についた者達に対して部下たちに命令を聞く事が無いようにされてしまっている。もはや関東軍では軍務の放棄や政治的脅しを利用することで政府は強い発言を出来なくされている。満州国はほぼ関東軍による傀儡国家と言えるだろう。

 軍がまともに動かなければ自国を守るのも危うい状況ではあるが、そもそも関東軍の独断行動による占領をしなければせいぜい経済活動で押しつぶす程度で、当時の大日本帝国の国力と軍事力から占領や傀儡政権など各国政府は考えて居なかった。

 あくまで欧州や米国にとって日本は極東でのロシアを抑える為の駒であり前線、その程度であれば何も言わず関わる気もなかったのだ。第一次大戦で出した多額の損害金、さらに世界恐慌とまで連続した事でどの国も大規模軍事活動を世界的に忌避させるだけの疲弊を与えていたからであった。





1932年、大英帝国から英国連邦へと至る大会議。

 大日本帝国に構っていられない事情も英国にはあった。ウェストミンスター憲章である。

 1929年の世界恐慌の発生に対応する為、旧植民地などで共通市場をつくり資源供与などで協力し合う経済圏の形成が始まりでありそれを強化したい側面もあった。

 これは第一次世界大戦後によってアメリカが発展した反面イギリス帝国は衰退し、ソ連を中心とした社会主義圏の形勢、帝国体制では対応が難しくなり英国が変革を余儀なくされ連邦会議を開催している。

 大英帝国の終焉、それは白人系自治領は自主的な外交権をもつ独立国家であると規定し英国連邦の設立されたことで決まった。

 操作されていないはずの英国で起きた事象、これをどう評価するかについては悩むところではあるが当時の経済活動から考えればブロック化による安定、そして余剰を外部に売る事による資産追加だけとなれば大恐慌や第一次大戦の損害を癒せる、本国周辺だけではあるがそのためにはこの事象は必然だったかもしれない。


「非白人層を差別するのなら、我々は断固として独立の為に運動を行う!」

「その通りだ! 我々は自治領であり植民地ではない!」

「自治領への変更を要求する!」


 ただし、白人系自治領だけの独立は非白人系自治領や植民地の反発を招く。そしてその通りに独立運動は徐々に強くなり軍事的威圧だけでは抑えきれず、部分的な権利開放などで宥めてはいるがいずれは独立するだろうという事を連邦所属国家は理解していた。

 その為にイギリス本国は完全な独立ではなく連邦加盟国で収まるように、連邦加入国は独自の外交によって自らの友好国としてなるよう外交を始めていた。


「当方としては反対するつもりはありません。 しかし大声で要求せず粛々と要求を書面にし、さらに独立した場合の国家方針の予定や主産業などを示すべきでは?」


 ミグラント国として連邦所属国家として独立運動に関与する予定はなく、独立した義務として初の議会で騒ぎになるのを抑えるのに終始する。


「独立すれば連邦にどのような利があるのか。 英国にどのような負担が減るかなど、書面にし一国ずつ説明したほうがもっとも利があり時間も短縮されるでしょう。 如何ですか? このままでは何一つ進みません」


 怒鳴り合いに近い激しい議論の中に水を差すようなことであったが、お互いに自治領や植民地であるにせよ会議に集まっているのは外交の責任者達、いったん収まると一旦仮書面に纏め明後日に再会議という話で本日ついては終わりとなった。

 ミグラント国は秘密裏に英国政府側から植民地について完全な独立ではなく、連邦国家帰属へと落ち着く形に勧める様に持ちかけられ、その為にある程度の権限と特別外交権利、そして秘密情報部への協力を求められていた。


「割り当ての部屋はそちらへ。 手出し口出しはしませんが、協力関係は忘れなきように」


 英国秘密情報部としてもミグラント国レヴィア伯の各行動や情報収集能力を把握しており、協力ということでその収集能力を得ようとしているのは明白、しかしそれは不可能であることから一部門にミグラント国の派遣員が駐在し、情報交換を適時行うという範囲に収められた。


「それではお約束通り情報はこちらにまとめてあります」


 第一次情報交換として各自治領や植民地において、条件さえよければ独立しても連邦に帰属し続けると判断する派閥情報の提供。英国政府は精力的に動き始める事になり、対価としてクウェートとの独占的交渉権及び独立に向けた条約や人員についての許可を得るに至る。




 クウェート

 ミグラント国の外交として敵に回られては厄介。味方である内はまだ安心できる国家であることは間違いない、クウェートと外交関係を持つ必要があった。

 1930年代初頭、天然真珠が主要外貨収入であったが、日本の高品質人工養殖によって尋常ではないダメージを与えられていた。しかしクウェートは石油に優れる、だからこそ採掘や権利を確保しつつ西側に友好的立場になるよう関わっていく必要があった。

 クウェートを訪れ、統治機関や地元の有力者たちを集めて初の会談においてミグラント国側が提示した内容に全員が顔を見合わせていた。


「確かに油らしいものが確認しておりますが、これだけの金額となりますとリスクが大きすぎるかと」


「もちろん出資には条件があります。 各国が自治領から独立国家へ、植民地から自治領や独立へと向かう中、武力独立戦争へと向かぬよう知識層及び商業層を味方につけるように金と仕事の配分を回す事です。 民意である独立運動は仕方ありませんし当然な事、しかし武力闘争による殺人などは決してあってはなりません」


 感情論ではなく国家運営と金勘定で動ける層を味方につけ、例え独立しても英国連邦や西側の味方であってくれるよう民意を向ける。そのための多額の出資、それも当時から見れば植民地の年間運営予算に近い金額を出すと、石油採掘及び購入権利について持ち掛けていた。


「石油は今後あらゆる面でクウェートの外貨獲得手段になります。 その為低価格かつ優先的英国連邦での購入権利を含め話し合いを行ってもらいたい。 もちろん独立に向けた様々な権利を徐々に開放出来るよう英国政府との間に書面も交わして有ります」


 石油権利の購入に向けて話し合いには英国政府と米国政府を巻き込み、合弁企業の設立と共に原油の採掘及び採掘技術について話し合いが行われ、3か国の企業出資、正確には英国と米国の石油企業とミグラント国政府という形で成り立つ。



 合弁会社 クウェート石油化学機構

 ミグラント国が出資した分は採掘や精製技術研究の予算に回され、クウェート石油はのちの1937年に巨大油田の掘り当てに成功した。急ぎ行われた試掘や計算からその膨大な保有量は船舶や車両などの使用に期待されており、日進月歩とはいえ採掘・精油技術が徐々に上がる事で最大採掘試算量は月ごとに上向きに改定されていった。

 以後採掘・精製技術は米国・英国企業も得る事で、各国各企業で研究開発と共に試掘が行われることになる。



 ある程度話が纏まったのち、連邦会議において連邦に取り込めば米国との軋轢になる為、極めて友好国であるように努めるべきだと発言し些か議場は荒れた。

 しかし事実連邦国家として取り込むにはまず独立運動が起きている非白人系自治領や植民地についての問題を解決しなければ、非白人系であるクウェートは辛い立場となってしまう。最終的には自治領や植民地問題が解決するまでは好意的優遇自治領として振舞い、解決したのちに独立や連邦への所属如何について打診という形に落ち着いた。

 決定されてからはクウェートの民間や市井にも資金が回るよう、英国政府からもクウェートの運営について汚職で潰えないよう監督や指示が頻繁に入り、法治についても部分的に英国人の特権を排除したり政治を開放するなど独立運動が広がっていく中で比較的落ち着いた状況が続いていた。


「そっちの工期は予定通りだな? ため池の整備はしっかりとやり、再チェックを怠らぬよう通達を」

「農地周りへの水路は7割出来ている。 ただしやはり風車による揚水量は少ないのが問題だ。 念のため蒸気揚水機の設置も上に案として出しておこう」


 正式に決定が行われてから灌漑として雨水を集めるため池や最新の浄水設備などが急ピッチで建設が行われている。

 英国から輸送されている腐葉土や肥料によって海沿いの地域に関してのみ豊かな農地が大分広がり始めていた。いまは輸出された作物だけが多様であるが、次の収穫期にはクウェートでも育ちやすい野菜類の生育が順調であることから豊作の予定となっている。


「不味い。 不味すぎる。 ここまでされてしまえば民衆は独立の意思が揺らいでしまう」

「だが、これを拒否してしまえば民衆から我々が排除されてしまうぞ」

「……仕方あるまい。 民衆から排除されてはなにもならん」


 良くも悪くも優遇されている為にこれは籠絡の手段だと気付いている独立派の者達も、ではこの出資を拒否して前の生活に戻るかと言われれば否と言えた。そのような事をすれば少なくとも民衆から袋叩きにされてしまう。

 独立は変わらずする、しかしそれは平和的かつ先でもよいと思える程度には生活は改善し、発展の未来が見える状況を捨てるほど苛烈な独立主義な人達は多くはなかった。





 1932年 出資と開発

 英国から独立し連邦へと所属したのだが、長らく英国で活動していくうちに積みあがったポンド残高は膨大になっている。何よりも大恐慌時に各所に出資した配当金は大きいだけではなく、ミグラントからの輸出に関してはコストがほぼ0であるために、輸入と英国本土内での出金に限られる。

 英国内で多目的に出資している配当金については、そのほとんどを他企業への再出資に回していることから減るどころか増え続けている現状であった。本来であれば投資の失敗などで減るはずであるのだが、しっかりと企業の運営体制について監視及び管理をしている為、不正や不義理があれば即座に株主総会で是非を問う為、健全性を保ちながら利益を出している。

 そして輸入量は非常に少なく、孤児院や未来のある人物への出資などはやはり少ない。積みあがったポンドは独立にともないもちろん資産となっているのだが、余りにも外国がポンドを持ちだすのは宜しくはない。

 しかし個人の所有する財産であるとして、英国政府と長い話し合いの中で最終的に国営企業の設備更新に対してある程度出資することで話が付いた。更新導入する設備の指定と銘板に出資者刻印がされる。

 本来であれば出資不可能な軍事工廠及びダムなどを含む候補先を見て回っていたのだが。


「……余りにも古いですね。 よくこれでやってこれたと感心してしまいます」


 よく言えば昔からの伝統ある設備や道具類、悪く言えば古臭く使い勝手の悪い道具類、そのために基礎から入れ替えてしまえば効率はきっちりと上がるのだが、予算や伝統主義な技術者や責任者によって更新が停止していた。最新の設備や機器などは販売されているのだが予算と人的問題である。


「現場の技術者達は十分だと言っております。 ならば手慣れた道具が良いと判断しており現状維持としております」


「現場は十分と言いましても、効率が悪いのでは問題です。 設備及び道具の更新は必要だと判断いたし、早急に全て入れ替えさせていただきます。 伝統の方法や道具などは技術館などで保存・継承すればよいのです」


 古い設備では必然的に効率が低く、効率が低いとそのまま価格が上がってしまう。伝統技法も大事ではあるが製造現場では適時最新技術に更新すべきことなのだ。

 基礎的な装置や工具類を更新するだけでも変わるのだが、マニュアルの策定なども同時に進め効率と品質向上に務められるよう細かい指定及び作業方法をまとめ直す作業が必要であった。

 予定とは異なり納入後にも基礎作業の最適化などに時間が必要であり、出資した国営工場がひと段落するには二か月の時間を要したが、品質と効率の上昇によって伝統技法を主張していた責任者達は解任となってしまった。

 仕方のないことだが、予算のいくらかを私的流用していたための解任である。そして今回の一件により、他の企業でも設備更新が行われるようになり、英国企業における生産効率は若干上昇する事になる。





 1933年

 世界は満州国の建国と共に大日本帝国と満州国を最終警告として世界経済から排除を行った。これは第一次大戦から各国が大戦を忌避する上で、武力的行為よりも世界的経済活動からの排除がもっとも国家に対して効果が大きいということが分かっているからであった。

 しかし大日本帝国は 国際連盟 から脱退してしまった。それが仮初であり烏合の衆であったとしても、それは国際的に認められる場であり公開され保証される交渉の場、もう止める手段はなく軍部が政治的力を持ち過ぎている現状では成す術がない。



 英国連邦 ミグラント国

 様々な都合上、少数生産以上をしてしまうと国家規模を怪しまれてしまうことから限界であり、さらに解析されては困ることから製造できるものも限られる。運用は自国軍という擬態のみとしてもだ。

 陸軍において戦車が必要であった。すでに秘密裏にヘンツェル社からVK3001(h)のデータは得られているが、だからといって生産するわけにもいかない、まったくもって手詰まりである。

 表向きは相も変わらずルイス機関銃ばかり使用している点も、いい加減新しい機関銃や連発銃に切り替えなければならず、最高ではなくても最良となりえる武器が必要である。ルイス機関銃は歩兵から航空機に艦載と流用が利き最高ではなく最良であったが、だからといって古い設計のモノを第二次まで使う訳にはいかない。

 イギリス陸軍が正式採用したことから英国政府に話を通し、ブレン軽機関銃のライセンス生産権をミグラント国も購入し製造を開始。ルイス機関銃の時とは異なり、国家となったことから兵器生産について英国王室及び政府の監視の目は厳しくなくなっている。

 製鉄及び工作精度の違い及び部分的メッキ加工から10~15%程度性能に開きがあるが、それでも互換性はあるので英国陸海空軍に供給することに問題はない。なんにせよ303ブリティッシュ弾の量産と共に自国軍及び英国連邦への供給は必要であった。

 食料・燃料・武器・弾薬、全て大量生産し備蓄しなければ第二次大戦で出来る事は限られてしまう。あくまで限られた範囲、技術的に問題のない程度、確実に積み上げ備えていくほかない。欧州戦域の変化に対して対処する為にどのように干渉してくるのか。





1935年 スペイン内戦・日宗戦争

 大規模な戦争に発展しないよう、経済制裁の中に原油や石油の制限も裏ではなく堂々と輸送や交易がおこなわれている。国際連盟が意味を無くしてしまった。

 ブロック化経済により大恐慌を乗り越えようとする各国、その為に新たな植民地を求めてイタリアはエチオピアを植民地としたことで経済を支配し富を吸い上げもはや制御は聞かない。



 スペイン内戦による影響

 英仏の不干渉という体制は両国の都合もあったが、政府の社会主義と革命派国家社会主義に、欧州各国にとってもあまり都合が良い政治体制ではない事から、政府および革命の両方に対して支援しても利がないと言える。他国に避難民や軍による侵攻がない限り、国際連盟と共に内政不干渉及び支援なしとした。

 独逸は弱った国力増強として革命派を支援し武器弾薬の売却を行い、さらに近隣での内戦を理由に再軍備の宣言をしてしまい、第一次大戦でドイツと戦った周辺国家は大いに慌て軍備拡張が行われる。隣国の政治的思惑により内戦は悪化し法は失われていった。



 大日本帝国は宗国での泥沼となる鎮圧戦争。

 鎮圧戦で次々と物資を消費していく日本では製造の難しい資源や物資、満州での採掘や生産し貯える予定が崩れていく様に日本政府は頭を抱えるが、関東軍は構わずに強硬策を取り続けるも人的思考を排除した計算が成功するはずもない。

 人種の異なる他国を制圧するという事は原則難しい。全滅させるか数十年かけて人格と生活を矯正し同胞となるかの二択しかないのだ。地球でも長らく戦争や紛争の元となり西暦から宇宙歴に変わるまで続いたことが証明している。大日本帝国は地球と同じように地獄の道を進む。



 イギリス

 連邦各国での独立運動は続き外交力はほぼ奪われてしまっている。幸いな事は武力的独立運動にまではまだ達しておらず、外交交渉という形で収まっている事だろう。

 他国に干渉している余裕などなく、アジア問題どころか日英同盟についてもほぼ形骸化し、日本とは同盟関係の延長はしないという方針というだけであった。


「レヴィア様の評判は変わらず良いですよ。 恐慌で失敗した方達からは大分憎まれていますが、それは仕方ない事」


 アラン伯爵夫人との茶会、最近では長男夫人も加わるようになっていた。第四代アラン伯からの長い付き合いとはいえ、第六代アラン伯もいずれ伯爵の地位も長男に譲るだろうと、夫人も対応を長男夫人に譲るとして二年前から茶会に参加していた。

 差し出されたイギリス国民や貴族間でのレヴィア伯の噂や評判をまとめた書類、現在イギリス国内では好意的に判断されておりレヴィア伯として商工業活動について問題にはなっていない。貧民から中流層ではよく知られており、誤解からかミグラント国ではなくイギリス貴族と認識されていることもあるようだ。


「伯は相も変わらずお美しい。 若さとは異なる美をお持ちで」


 1902年に20代の姿を見せそれから33年、大よそ50代半ばの姿に老いた様に擬装しているものの、やはり肌艶の変化は比較的若い範囲にある。その方が他者が侮りやすく女性からは妬みに男からは蔑みと有用なのだ。


「肌や角の手入れは怠っていませんよ。 次の茶会の時にはミグラント国最新の美容液もお持ちしましょう」


 地球とは異なりこの星では老衰や病死に関して分かりやすい指標があり、死が近付くと角が変色するか抜け落ちるのだ。戦場でないのならその時に後継者を指名し準備を進めればよい。


「しかし私の後継者となる娘も近く呼ぶことになるでしょう。 余りに老いては国家運営に支障をきたし、生前交代が許されないのなら自死するのみです」


 生前譲位については何度もイギリス政府及び議会に提出しており、根回しも含め徐々に理解や賛同者を集めつつあり、伯爵以上の地位を持つ貴族複数の承認がある限りにおいて認める形で進められていた。

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