19.戦間期 2
独逸は莫大な賠償金を請求され国家も国民も貧困にあえいでいた。
第一次大戦中に評価された兵器のライセンス生産による技術譲渡や直接的な買い付けなど、技術はどんどん流出しているがその稼いだ金は返済に充てられ、毒ガスによって汚染された地域の除染費などの負債は膨大で国費を圧迫している。
町に貧民や孤児が増える中、餓死する人々もいる事から冬になれば凍死者など増えるだろう。その状況を打破するために国民が政治に求めるもの、そして極端なものを支持していく国民が増えていくのは仕方ない事であった。それはつまりナチス党の誕生であった。
諜報機によってドイツの国政や世情が傾いていくのを知ってはいるが、今までの取引としてハーフェル港に赴くも労働者は減り、港町だと言うのに閑散としている。
「ようこそ レヴィア伯殿。 今回の取引につきましてご相談があります」
出迎えたのは見知って入る港の責任者と顔役ではあるが顔色は良くなく、心労と生活両方で痩せてしまい体調を大分悪くしているようであった。
「今回の取引では暖炉用木炭類は非常に安くお売りしましょう。 食料は種類によっては無償で出しましょう」
供給できるのはせいぜい港町と周辺地域が飢餓に襲われない程度、それでも少ない人々が助かっているのは確かであった。
「助かりますが、しかしそのような事をして真っ当な商取引とは」
「取引相手が居なくなっては意味がありません。 貴族として他者を守るのも当然の事、滞在中は人を雇い給料として食料と燃料を大目に支払いましょう」
第一次大戦中の国家として罪はあっても国民に罪はさほどない。あくまで当時は国民の代表として選ばれた政治家が政治を行っていたわけではなく、貴族などが独占的に総意として国の方針を決定していた。むろん政治家ではあるが国民ではなく貴族という大きな権力者の中の代表であり、国家・国民の総意による代表とは言えない。
馬鹿で無能な衆愚から選ばれたのならまだしも、まだ国民の総意によって選出されたわけではないのだ。第一次大戦の敗北までならばまだ犠牲者と言える。
「感謝……いたします」
そして物資供給に裏がある行為だと知識層が理解しても、顔役も供給を受けないという判断はない。それだけみんな生活に苦しんでいるのだ。人を雇い燃料を提供し、車に乗りヘンツェル社を訪れ銃器等についてのライセンス生産に関する交渉を行う。もちろん前もって書面で大まかにまとめられており、最終確認と契約書へのサインだけとなる。
「これらのライセンス権利を契約とします」
金銭はもちろんであるが、一定量は賠償として強制的に輸出させられている食料などの代わりとして、レヴィア伯として保存食を提供する。
むろん賠償として輸出させられている農畜産物類などよりも安価に売ると問題になるが、ライセンス費として食料を定期的に融通するのならそれほど問題とはならない。
変わった取り決めではあるが、条約と法に記されていないため問題にはならないことであった。もっともこれは他国も同様もしくはもっとえげつない行為をするために意図して定めなかった事であるが。
「もう少し、食料と暖房用燃料の融通は出来ないでしょうか」
ヘンツェル社の技術者や工場労働者には報酬からの支払いである程度の食料は買える。ただそれでもライヒスマルクの価値が低下し辛い生活は決して好転はしない。
「それでは、今後開発した如何なる貴社の製品、英国ではなく私個人に製造許可を貰えるのでしたら、さらに食料と暖房用燃料を融通致しましょう」
口頭ではいかなる製品としてあるもののそれが兵器を含む事は明白であり、今後銃器から戦車や戦闘機であろうと、設計した図面と材質データを渡さねばならない。
「少し、社内会議の時間を頂けないかと」
これは試作品段階で終わった物から量産品までに至る。独断で決められる事ではないとはいえ、対価としては人造石炭と食料が多く得られる、冬の生活にはどちらも必要な物、国家から秘密裏に研究する為優遇されているとはいえ、それは全従業員に大して十分な量とは言えない。
家族はともかくとして親類や友人などは辛い生活、時には凍死や餓死まで見届けなければならないかもしれない。
三日間の緊急会議、そして正式な取引として契約が為され、定期的に暖房用燃料と野菜類や肉類を毎月提供し、代わりに提供期間中はヘンツェル社から設計段階まで達した製品の設計図を得るという取り決め、独逸政府を通さないヘンツェル社との密約であった。
独逸 ベルリン
第一次大戦をアドルフ・ヒトラーは歴史通り生き延び、今や政治家として生活をしていた。
「元気そうで何より」
戦中の間はさすがに手紙だけのやり取りであったが、家族は独逸国外で生活しているので支援は続け交流は続いている。現在のドイツで政治活動をしているが一人だけであり、母と妹は相変わらずベネチアで暮らしていた。
「政治家として忙しい限り、しかしレヴィア伯には国民への支援を一議員として感謝している」
地球の歴史とは異なり、学を修め芸術に浸された生活をしたことから政治家として支持されるため過激な発言等をしてはいるが、精神的余裕も大きく私生活では落ち着いて筆を片手にキャンパスに絵を描いている。政治家としてはさらに優秀であり多くの票を集めていた。
「各国からの圧力による貧困は国内に広まり、返済の為に国民は辛い生活を強いられている。 それはどうしても避ける事は出来ず、国民は強い政治家を求めている」
戦前はクルップ社はともかくヘンツェル社とは取引していなかったが、今回の戦争によって負債は大きく企業存続と社員の生活の為に取引に正式に応じている。特にヘンツェル社についてはクルップ社よりも負債の量は多い。それは従業員や技術者を流出させ自国で引き抜くためなのだが、余計に固執させ他国企業に技術者は移ろうとしなかった。だからこそ潰してしまえば良いと、取り決められた限界ギリギリラインの返済を常に迫っているのだ。
「最近ではベネチアに良い劇団があり、独逸の楽団が良い味を出していると聞いていますよ」
「独逸の楽団は優秀ではあるが、今は大分諸外国で活動しているのですよ。 ただしやはり外貨の問題でドイツに戻る事はありませんが」
あくまで、ただの雑談の範囲にとどまり別れる。片方は英国貴族、片方は独逸ナチス党の議員、独逸は第二次大戦を起こす。国民をこれ以上餓死が身近な貧困と他国家からの暴力から守るために、そして勝利することでそれが翻り優秀な民族だという歪んだ自負として弾圧と支配へと変わる。
独逸は止まらぬ道を進んでいった。
英国
第一次大戦中の功労などが大まかに終わり、最後にレヴィア伯について会議が行われていた。
・ 多数の兵器納入
・ 防空網が整うまでロンドン空襲を防ぐ
・ 多くの傷病者の治療と輸送
・ 前線地域での戦争犯罪の抑止
・ 各戦域への食料供給
金銭報酬をするには第一次大戦による出費が多く国庫は芳しくなく、勲章で収めるには多数の兵士達に知られ過ぎている。貴族として英国の力になるよう四半世紀活動をし続け、孤児院上がりや農家などから信望もされている。
「レヴィア伯領地の独立を認める」
大英帝国が支配する植民地は独立の為武力蜂起が起きかねないほどに独立の機運が高まっていた。
そんな中正当に実績を積み上げた自治領さえ独立が許されないとするならば、ますます武力行使による独立運動が活発化しかねない。その為領地の自治だけではなく独立を認める形に落ち着いた。
ただし帝国に所属する一国であり英国王を頂点に掲げる事が条件であり、また戦争が起きた時英国王からの参戦命令もある。
許可の一番の理由は貴族として子飼いにし続けるには国内での評判が中流層以下で広がり、ただの貴族として領地持ちという形で片づけるには名があり過ぎる、その状況で平和的独立の希望している中で許可を出さないと言うことは余りにも体裁が悪い。
大英帝国所属国家 ミグラント国
大分時間が掛かったものの正式に英国から独立し国家となった。ある種独立した英国初の連邦所属国家のようなものであり、のちに規定される英国連邦とほぼ同じ規定が為されていた。
そして独立と同時に軍事的中立宣言と共に赤十字への戦地での護衛協力、国際的戦争・軍事条約の順守及び監視を行い法に準ずると宣言を行った。
・非戦闘員である民間人への犯罪行為の抑止
・捕虜への条約違反行為の抑止
・条約禁止兵器の運用停止
その全てに対して軍事的対応及び国連への報告を行うとし、各国に対してハーグ陸戦条約への参加及び赤十字への協力について書面確認、批判も少なくないものの独立国家ミグラント国元首として国際会議場で発言を行った。
「不参加とは、つまり国際条約という国家間の約束を守れない、その程度の国家及び政府であると証明するわけですか。 列強と呼ばれていても残念なことです」
挑発的な言い方ではあるが、国際会議前の個別会議では大英帝国と仏蘭西は参加を表明し、条約を守る為の最低限ではあるが1歩兵中隊と物資の提供の了承を得ていた。
「やれやれですね。 自国の軍も御せないとは、やはりその程度という事、ですかね」
「守れないというのなら仕方ありませんが、条約を守れるように努力しては如何ですか」
笑顔で話す英国と仏蘭西の代表者は余裕を持って参加しない国を、自国の軍隊を御せない程度の国家と煽り、米国は手間だと呆れながらも再表明を行った。
4回目の協議でソ連及び大日本帝国も参加、むろん必要であれば陰で条約を破る事は明白であり、お互いに最低限の牽制をするための条約締結に過ぎないのはどの国家も理解している。それでも建前上の約束は成され、これを口実にいくらでも行動の是非を問うことが可能となった。
国際連盟 条約監視団
英仏軍合同2歩兵中隊、個別会議で参加を表明した独逸は現在の立場上1小隊が限界、ソ連と日本は同じく各戦争条約について明確に順守の再表明だけで戦力や物資は出さない。特に日本の関東軍が勝手に満州を狙っている事から支援には特に消極的な面があった。
他国も同じように条約について参加や順守表明という形であったが、元より国際連盟そのものが主要列強国家にとって大して価値があるとみておらず、列強として権威ある発言をする場程度としか見ていなかった。
予定通りに他国は条約に参加した。条約が非常時の最前線では軽んじられるとしても、条約に加盟しているというだけで監視監査を行う際の理由と権限になりえる。それは違反している部隊が監査を武力を持って拒否したとしても、こちらが武力を持って制圧する理由として使えることに変わりはない。
国際連盟 条約監視団 正規兵力
ミグラント国から 歩兵1個大隊
各国から 歩兵3個中隊
たったそれだけの戦力であるが公式かつ建前は中立な戦力ともいえ、装備についても英国及び米国標準で纏められ、食料や燃料はミグラント国から供給される。
異界の座
「わかっているだろうな。 裏切ればお前達を消すくらい簡単なことだ」
「わかっていますよ。 歴史通りに米国はモンロー主義に入っている。 これから世界へは事が起こるまで過干渉どころか戦力を出す事はないでしょう」
「……変わらず予定通りに進めている。 周辺国からの圧力と排斥で時間が経てば独逸は再軍備を行う」
2柱が特に力をもち拮抗を保っていたところ3柱となったことでバランスが崩れ、最低限地球の歴史をなぞる以外は互いの接触も少なくなり、2柱は気付かれぬよう互いに身を守れる術を用意していた。
「間違うな。 お前達が居なくともどうにでもできる事を」
怯えの見える言葉を残し通信を解除した。それが気付かれないだろうという考えにもいたならないほどであった。
「さて、我々は気を付けていきましょうかね」
「あぁ、そうしよう。 お互いに」
2柱を事実消せるだけの力はあっても怯える様は哀れに見えていた。2柱はすでに見限ってもいるし、何か予期せぬ存在が居る事を理解し捜索とさらなる隠ぺいを続けていた。
直接戦うのではなく隠蔽と裏工作を駆使し、規定年数まで世界を維持する事を選んだ2柱、それは直接的行動を取るHITAKAMIにとって苦手な方法であった。




