少し頭を働かせればわかることでしょうに ~先読みの聖女は全力で悲劇を回避します。愚かな婚約者の扱いはそれなりに~
聖女はすべてを知っていた。
夏の長期休暇を控えた時期に行われた王立学院主催の夜会のことでした。
私の婚約相手であるクロッカン第一王子がパーティーの締めの言葉の挨拶として、とんでもないことを言い出したのです。
「集まってくれた皆に伝えたいことがある。僕の許嫁であるフィーナ! この場を以てキミとの婚約を破棄させてもらう!」
宴も酣となった頃を見計らってクロッカン様がピンク髪の令嬢の腰を抱きながら突然叫びだしたのです。
「まあ! その理由をお伺いしても?」
「そんな事はいちいち言わなくてもわかっているだろう!」
わかっておりますけど。少し時期が早いのでは? 私の読みでは冬のパーティーで切り出してくると思っていたのですが予想以上に自殺願望が強いようで。
「まさかそのピンクに唆されてのことでしょうか」
「ピンクとはなんだ! マカロに失礼だろう!?」
いきりたつクロッカン様は子供っぽくて可愛らしいですね。思わず笑みを浮かべてしまいそうになりますが、ここは我慢のしどころでしょう。
私は静かに目を閉じて、呼吸を整え彼の脇でドヤ顔しているピン……失礼、マカロ子爵令嬢を睨めつけます。
「家格が下の子爵令嬢、しかも婚約者が居ると知っていながら殿下に近づいた不埒な輩に貴族の礼など必要ありませんわね」
あらん限りの冷ややかさを言葉にまとわせて突き放しました。実際に気に入らないというのもありますけど、それ以上に哀れで滑稽な彼女に慈悲など不要。
「ひどいっ、あんまりですぅ!」
「おお……可哀想なマカロ。せめて僕の腕の中でお泣き」
どこからどう見ても嘘泣きの演技ですね。それすら見抜けない殿下はよほど「真実の愛」に飢えているようで、これまた惨めと言いますか。
「フィーナ! これがお前の本性なのだろう。今みたいに学院でも彼女をいじめ抜いて自殺寸前まで追い込んだことを僕は知っている!!」
あら、すごい表情。男らしさの無駄遣いです。
周囲の貴族令息令嬢から失笑がこぼれ始めました。
「殿下。その茶番、すでに全員が嘘だと知っているようですが」
「え」
その時になってようやく殿下も気づいたのでしょう。
打ち合わせでは殿下が大げさに叫ぶと同時に取り巻きの十数名が熱烈に援護してくれるはずでしたもの……ね?
証人となるはずだった学院生たちは全員個別で尋問、すでに無力化済みです。
私と殿下のどちらに付けば大やけどをするか教えて差し上げただけですが。
「殿下、今ならまだ間に合いますわ」
左右に首を振り、忙しく周囲を見回す殿下に向かって私は言いました。
「なっ……なにがだ!」
「婚約破棄の撤回です。ここに居る皆様だけの胸のうちに秘めてもらうことで殿下はこの先待ち受ける悲惨な未来を回避できます」
「悲惨……だと?」
ここに至って未だ状況を把握していない彼に向かって私は大きくため息を吐きながら続けます。ピンクも微妙な表情になってきました。子どもたちの相手は疲れますね。
「まずそこのピ……マカロ子爵令嬢は不敬罪で地下牢に幽閉され、半年後には森の中で行方不明になります」
「ヒッ!」
そんなに怯えなくてもいいのに。ただの事実ですから。
「殿下は廃嫡の上、やはり幽閉されて病死ということになりますわね。実際はもう少し激しい結末なのですがそれは言わぬが花」
「馬鹿な、そんなことが、いや……待てよ……」
クロッカン様の顔がどんどん青ざめていきます。
思い出しましたか?
私が婚約者でいる理由が「先読みの聖女」であることを。
昨年は秋から冬の異常気象による飢饉を予言して回避しましたね。
今年は隣国への遠征を控えるように進言しましたが、強硬派のせいで多くの兵士が命を落とすことになりました。
それ以後は陛下は私の言葉を信じてくださるようになったのですよ。
クロッカン様がその淫婦と戯れている間のことですが。
話がそれましたね。続けましょう。
「そして私は修道院送りもしくは僻地で余生を過ごすことに。迷惑ですわ」
「なぜそうなる!?」
「わからないのですか? 貴族が集まる夜会を台無しにして、無様を晒した殿下を許す人がここにいるとでも?」
「それは全部フィーネがマカロに意地悪をしたせいで……」
「ではお義父様に尋ねてみましょう。悪いのは私ですか?」
不敬を承知で私は陛下の顔色をうかがいます。
陛下は憮然とした様子で側近に耳打ちをして、クロッカン様に言葉を伝えます。
すでに真っ青だった彼の顔が紫色になってしまいましたね。きれい。
「そんな……私の立場はどうなるのだ」
「第二王子のブシュドー様が王太子として引き継ぎますわ。ノエル公爵令嬢がブシュドー様を支えてくださればこの国は安泰。そこまでの未来は見えておりましたので、陛下には事前に進言しております」
「お前、この状況を予測していた……? い、いつからだ!」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに私は微笑み、
「そこのピンクが殿下に話しかけた時からですわ」
口元を扇で隠しながら凍てつく視線で子爵令嬢を睨みつけました。
「ヒイイイッ!」
「ピンクって呼ぶなあああぁぁぁぁぁ!!」
そんな些事を気にしている場合ではないと思いますけどね。
「そのような理由で、私の方から婚約破棄を申し入れてあげましょう。それならばギリギリ、首の皮一枚ですが殿下の極薄のプライドも保てることでしょうし」
皮肉たっぷりにそう申し上げると、クロッカン様は歯ぎしりしながら私を睨み返してきました。
「お前はどうするのだ……」
「私は隣国への人質として海を渡りますわ。すでに陛下との話し合いも終わっていますのでご心配なく」
人質と言いましたけど、あちらの第二王子の婚約者として迎え入れられることになっております。先程申し上げた隣国への出兵が失敗に終わり、現在は一触即発状態。ですが聖女である私の身柄と引き換えに停戦条約を結ぶ運びとなっているのです。
「ま、待ってくれ。俺とピンク……じゃなかった、マカロはどうなるんだ!」
「それについても手配済みですわ。たしか辺境のお城が空いておりますね。殿下にはあちらを治めていただくことになると思います」
ええ、ええ! 海沿いの素敵な土地ですね。青春真っ只中のお二人にお似合いです。海を見下ろす古びたお城、その後ろには魔物たちが住む未開の森。なんてロマンチック。
「辺境とは……まさか、デ、デスビサイドのことか! う、嘘だ……嘘と言ってくれええええ!!」
突然頭を抱えて膝をつくクロッカン様。あぁ、そんなに落ち込まないで。
私、彼の元許嫁ですもの。精一杯の思いやりを込めて言葉に従います。
「う~そっ♪」
「お、お前が言うなああああぁぁぁ! くそっ、くそ、くそおおぉぉぉ!」
ひどい。せっかく殿下の好みに合わせて可愛らしく言ってみたのに。
「ひとつ言い忘れてました。現地では殿下の為に私兵団が用意されておりますわ」
「ほ、本当か!」
「ええ、たしか有名な『首切りジェリー』『殺戮ピューレ』『錆鉄のパウンド』でしたか……」
「全員犯罪奴隷ではないか!!」
「腕っぷしが強いことには変わりないのでは?」
うまく更生させてくださいね。クロッカン辺境伯様。
ちなみに、前世の記憶によればこの夜会の後でデスビサイドへ行くのは私でした。
ですがそうなると、悲嘆に暮れた私が魔女として覚醒してしまい、魔族を従えてこの国に牙を向くことになるのです。
圧倒的な魔力を得た私が王族を含めた貴族を惨殺してしまうなんて考えただけでも恐ろしいですね。
それはさすがに陛下にお伝えしておりませんけど。
近衛兵たちがクロッカン様とピンクを引き連れてパーティー会場から遠ざかっていきます。この後どうなるかは……皆様のご想像にお任せしましょう。
婚約破棄は慎重に。
何かを得れば何かを失う。
これはただそれだけのお話。
(了)
めでたし。
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