#4
生徒会長視点です
「今日は、比較的簡単な現代文から勉強しよう。教科書、ノート、ペンを出せ、復習から始める」
勉強を教えると約束した日の放課後、今回は宗教勧誘をしていたという理由ではなく、勉強をするという正当な理由で、花ノ宮を生徒会室へと連行した。
ホワイトボードを前に花ノ宮を座らせ、勉強するための準備をさせようとする。しかし、花ノ宮さっそく問題があるらしく、俺を呼んだ。
「……生徒会長」
「なんだ、逃げるつもりか」
「いいえ。最近、物をよく失くすみたいで現代文のノートがありません」
そう言って、ノート以外の教科書とペンを机に出した花ノ宮。教科書は水に濡らしてしまったのかシワシワで、ペンはシャーペンでも、ボールペンでもなく短い鉛筆だった。
大体予想はつく、クラスメイト達に教科書を水浸しにされ、ペンを隠されたので予備鉛筆しかなく、ノートも同じく隠されたままなんだろう。心からフツフツと怒りが湧くのを感じる。
この状態では、低くても仕方がないだろう。
「俺のものを使って勉強しよう。ペンも貸してやる」
「ありがとうございます」
「AではなくBという構文があったら、Bの方に注目しろ。Bは強調されているから、重要な文である可能性が高い」
「ぽへぇ」
「詰め込み過ぎたか……今日はここまでにしよう」
現代文の文章の読み方を中心に教えたが、キャパオーバーに達したらしい。このまま無理やり叩き込んでもしょうがないので、今日は終わらせることにした。
「ありがとうございました」
「……。」
蚊の鳴くような声を出して、自分と対面して座っている花ノ宮は、机に突っ伏してしまった。
ここ最近ずっと花ノ宮を監視していたが、カルト宗教にハマっている以外は律儀で、礼儀正しい生徒である事が分かった。それに、世間が想像する信者よりも理性がある。そんなに悪い人間ではないのだ、彼女自身は。
俺はそういえばと思い出し、鞄の中からクッキーを取り出した。
「頭を使ったから糖分が必要だろう。お前にやる」
「いいんですか?」
「今日は特別だ、褒美として受け取るといい」
「ありがとうございます」
花ノ宮はさっそく受け取ると、口に放り込んだ。幼い子供の様に素直に美味しいと言って、幸せそうに口を動かしている。
「ミャーノミャーノ」
「なんだその鳴き声は」
「ミャウロ教の感謝を祈る言葉です。今は食べ物に感謝を祈っています」
突然放たれたカルト信者ムーブに、ドン引きをする。そんな事は気にせずなのか、花ノ宮はミャーノと言いながら食べ進めた。
最初は花ノ宮は悪だと決めつけ、監視対象でしか無かった。しかし、今は放課後一緒にいるのがルーティンのようで、この時間を何処か楽しんでいる自分がいる。
「花ノ宮、俺達は友達になれるとは思わないか」
「友達というか、お母さんでしょうか」
「おい、失礼だぞ」
「冗談です。お友達になるのは嬉しいですが、そうしたら、貴方が不利になってしまうと思いますよ」
弱いくせに俺を庇おうとしているのか。そんなに俺が弱く、虐められるように見えるのだろうか?
心配そうな表情を浮かべている花ノ宮とは真逆に、鼻をフンと鳴らして自信満々に答えた。
「心配いらん。俺は強い」
「そうですね、この学校で1番強いと思います」
「そうだろう、そうだろう」
雑に褒められても良い気になり、テンションが上がった。花ノ宮も同じなのか、表情が綻ぶ。
「会長。お友達になってくれて、ミャーノです」
「……。」
何日か一緒にいたが、花ノ宮は初めて俺に笑顔を見せた。それに驚き、黙り込んでしまう。
花ノ宮は俺が守らないといけないな。
そう思わせるような、庇護欲を掻き立てられる笑顔だった。彼女はきっと、カルト信者でなければ、この笑顔で男たちを狂わせる、魔性の女になっていたかもしれない。
「会長?」
「お前はもっと笑って過ごせ」
「そんな無茶な」
そんな俺も、すでに狂わされているのかもしれない。
無表情に戻った花ノ宮を見て、密かにそう思った。