①
昔から、人は容姿が全てでは無い。そう、今でも思っているけれど、やはり人生容姿が良ければ大半は上手くいく気がする。
「てめぇ、ガンつけてきやがって!」
ただ、目が合っただけだ。
それなのに、勝手に睨まれたと勘違いして絡まれた。全く勘弁して欲しい。
これが仕事中で無ければ無視している所だが、生憎絶賛仕事中。すぐ様謝罪を述べ、頭を下げる。ブツブツ文句を言いながらその客は店を出て行く。
はぁと軽く溜息をはいた。
こういう身に覚えのない、クレームはよくある。
私は目つきが鋭いと、子供の頃から言われていた。そのせいで、人から距離を置かれる事なんかもあったし、好きな人からは怖いとも言われてしまった。
目付き等、産まれ持ったもの容姿の1部なので、言われてもどうしようもない。目がくりくりしている子や垂れ目な子が羨ましかった。
成人してから目の辺りを整形しようかと考えたが、メスを入れたりするのが怖いので実行するのを渋っている。
「さっきの大丈夫でした?あのお客さん、すごくたまに来ますけど…来る度に従業員に文句言うので…あまり気にしないで下さいね」
後ろのレジに入っていた山岡さんがかご出しの帰りに、そっと声を掛けてくれた。
「…大丈夫です。心配してくれて、ありがとう」
山岡さんは同い歳だが、誰に対しても優しいし常に笑顔。目もぱっちり二重で、髪型は緩く巻いたショートヘア。
そんな彼女のレジはいつも人が並ぶ。老若男女問わず。子供だって彼女のレジに並び、自分の番が来たら嬉しそうに話し掛けている。
それは少し羨ましい。
私のレジは時間に急いでいる客や、文句を言いたい客くらいしか来ないのだから。
しかし、山岡さんはたまに変な客から告白されたり連絡先を聞かれたりしているのは少し大変そうだなと思う。
私とは対称的な人。
「ちょっと、トレイ回収に行ってきますね」
客が減り手が空いたので、案内所にいたチーフにそう伝えた。チーフは笑って、回収が終わったらついでに水分補給にでも行ってらっしゃい。外の空気を少し吸ったら、多少は気分転換になるだろうしと、労りの言葉を貰った。それに軽く頭を下げ、自分のレジに休止板を立て店の外にあるトレイ回収BOXに向かう。
トレイの回収BOXを開け袋の中を除くと、ペットボトルや缶等も入っており今度は盛大に溜息を吐いた。仕事が増えた。
「全く、トレイだけって書いてあんのになんで関係ないやつ入れるかな…字が読めない人が入れてんのかな…まあ、でも夏の日に生ゴミ入ってた時よりかはマシか~…」
ブツブツと文句を言いながらトレイではないゴミを別の袋に移す。
そんな時、ぬっと黒い影が私を覆った。
トレイを捨てに来た客かと思い、顔を上げると目の前にすっと1本のペットボトルのお茶が差し出された。
驚き固まる。
すると、差し出してきた人物は少し間を開けて口を開いた。
「これ…良かったらどうぞ。……安心して下さい、これさっき買ってまだ未開封なんで…」
相手は見知った顔の男性。
常連客でほぼ毎日夜に来店する。
そして、何故かいつも私のレジに来てくれる。
スーツで、オールバック。後ろは少し刈り上げている。いつも無表情で近寄り難い雰囲気を醸し出しているが、会計が終わると毎回「ありがとうございます」と穏やかな声で言ってくれるので、私はこの人が割と好きだ。
何か話す訳では無いが、来てくれる度に嬉しくなる。人は見た目ではないのだ。
そんな人に初めて会計以外で話しかけられたのだ。しかもお茶の差し入れ。
「え?わ、私に?!いや、その…お客様から頂くわけには…」
「…先程、怒鳴られて落ち込んでいらっしゃったみたいなので…。応援の気持ちです…俺、あなたの接客好きですから。レジ打つの他の人より早くて丁寧ですし」
客に褒められたのはかなり久しぶりだ。
それも直接面と向かって言われたのは初めて。
今迄クレームの方が多く言われてきたので、嬉し過ぎて思わず涙ぐんでしまう。しかし、今此処で涙を流したら余計に相手に気を遣わせてしまうと思い、袖で涙を拭い自分の精一杯の笑顔で彼に礼を言う。
「…ありがとうございます!…お言葉に甘えて、お茶頂きますね」
お茶を受け取ると、彼は少し安堵した様な表情を浮かべた。
「…じゃあ、失礼します」
私がお茶を受け取るとさっと背を向け歩き出す。慌てて私はその背に向かって言葉をかけた。
「ありがとうございました!またの御来店、何時もお待ちしてます!」