待てず
三題噺もどき―にひゃくよんじゅうなな。
暖かな日差し。
柔らかな空気。
生きとし生ける者達に、目覚めを促す春が来た。
眠っていた者たちは、その陽気に誘われて。
もぞもぞと動き出す。
「……」
この不毛な世界に。
生み落とされる。
生き地獄に。
叩き落とされる。
「……」
あぁ、いや、別に。
この世に生み落とされた新しい命を、これから始まる新しい生活を、どうこう思っているわけじゃない。
それは、それぞれ、楽しめばいいし、今の私には関係ないところで、祝福でもしてもらえばいい。
「……」
今は。
今日は。
「……」
私は、君らを歓迎できるような気分には、なれない。
「……」
外に咲く、桜の木が恨ましく見えて。
楽し気に舞う蝶が、憎たらしく見えて。
花開く植物が、目にうるさくて。
塀の外から聞こえる、子供の声が赤子の声が人々の声が。
喧しくて、やかましくて、やかましくて。
「……」
生きとし生けるものが。
恨めしくて、憎くて、うるさくて、やかましくて。
「……」
死んでほしいとすら思う。
「……」
我が家の、この和室からは、いろんなものが見えてよくない。
息づく、生き物が、たくさんいて。
呼吸が苦しくなる。
平屋の、よくある日本家屋のような家なのだけれど。大好きな祖母から譲り受けた。
普段は、この和室で仕事をしたり、だらだらしたり。
「……」
心安らぐこの和室が。
息苦しい牢獄と化している。
「……」
目の前で眠る死体を前に。
生きとし生けるものの祝福なんてしていられるか。
「……」
私も。
「……」
私も、この子みたいに。
「……」
私も、彼女みたいに。
「……」
私も、さっさと。
「……」
死ねたらいいのに。
「……」
どうしたら、今朝。
なくなってしまった、あなたと。
ずっと、ずっと、一緒に居られるはずだったのに。
なんで私だけ、残してしまったのだろう。
どうして、連れて行ってくれなかったんだろう。
教えて欲しい。
「……」
どうせなら、夏を待ってくれたらよかったのに。
そうしたら、あなたの好物のスイカでも食べて。
それから、息を引き取ったあなたの横で。
同じスイカに毒でも仕込んで、一緒に行けたってのに。
「……」
最初は、そうするつもりだったんだ。
だって、医者は、夏までは持つでしょうって。この春は何も問題なく迎えて、送れるだろうと言っていたから。
なら、好物を食べながら、死ねるなんて言っていたのに。
私も、一緒に好物を食べていくからねなんて、言っていたのに。
あなたは、冗談だと思っていたみたいだけれど。
「……」
本気だったんだ。
だって、あなたの居ない世界なんて考えられない。
あなたが倒れた日からずっと、怯えて生きてきたような私だ。
まだいなくなっても居なかったのに。
あなたの居ない世界を考えて、思考して、怯えて。
その度に、あなたに抱きついて、生きていることを確認して。
こんな臆病者が、生きていけるわけがないだろう?
「……」
それが突然。
今日になって。
あなたは、なんてことをしてくれたんだろう。
たとえ、今日亡くなったとしても。
いっしょに行こうと思っていたのに。
「……」
今朝、起きたと思ったら。
なんて言ったと思う。
「……いきて……???」
そう、確かに言ったのだ。
信じられない。
この私に。
あなたと共に、死のうとした、私に。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
あぁ。
無理だ。
お題:スイカ・和室・医者