ビッチ姉さん
『ビッチ姉さん死す。』
友人から届いた絵葉書の端っこは、たった一文そのように書かれていた。
ビッチ姉さんは三角屋の先を曲がった突き当たりの時代を感じさせるアパートに住んでいる。世間的に所謂尻軽な女人であり、暇な時分や遊女を買う余裕の無い月末には、皆が世話になっていた。
ビッチ姉さんは誰でも彼でも良いと云うわけでも無く、とりわけ事情持ちの──哀愁を漂わす青少年なんかに弱かった。
逆に金に物を云わせ、空にした日本酒の瓶を転がしては次を開ける中年には絶対に従わず、決して股を開くことは無かった。
彼等はそんなビッチ姉さんが好きだった。
享年28歳。旅行先での早過ぎる死であった。
ビッチ姉さんの訃報から三日経って四日経ち、ついにアパートへ棺桶が運び込まれた。
逝損寺のエロ坊主が慌ただしく葬儀段取りについて語り始め、喪主をビッチ姉さん一番のお気に入りである松之助が務めることと相成った。
ビッチ姉さんの訃報を受け、次々と青年達が献花に訪れた。
献花と云っても、献花台に置かれたのは所謂『大人の玩具』というやつであり、大小前後使用未使用問わず、次々とあらゆる玩具が置かれていった。
何が彼等をそうさせたのかは定かではないが、其れ等が彼等にとってビッチ姉さんとの強い繋がりを意味している事に相違無いと見て取れた。
ビッチ姉さんの遺影の前で皆が思い思いの姿を晒し、別れを告げる。棺桶の覗き窓からはアヘ顔ダブルピースのビッチ姉さんが見える。最後までビッチ姉さんはビッチ姉さんであり、ビッチ姉さんがビッチ姉さん足る所以でもあった。
荼毘に伏されたビッチ姉さんは、近くの共同墓地へ埋葬された。
生涯一回千円を貫いたビッチ姉さんであったが、貯金はおろか、現金は何も残っておらず、葬儀代等については松之助を始め、多くの青年達が負担した。
墓石にも多くの青年達が顔を見せ、手を合わせた。多くの菊の花や薔薇の花が添えられた。ただ、誰かがローションを墓石にかけたらしく、滑って転倒者が続出した為、注意書きとして『ローション禁止』の看板が設置された。
十日経って二十日経ち、松之助はビッチ姉さんの遺品整理に取り掛かった。アパートの引き払いもあるため、取れる時間はそう多くは無かった。
ビッチ姉さんの私物を引き取りたい青年も数多く居り、松之助は一つ一つ値段を付けて引き取り手へ遺品を委ねていった。葬儀代を賄うため、雑巾や使いかけのトイレットペーパーなんかも売りに出した。
とある写真について、松之助が手を止めた。
小さな子ども達が肩を組み笑顔でピースをしていた。裏には『ビッチお姉さん ありがとう!』の文字が。
ショタっ気の無いビッチ姉さんの事、松之助はすぐにそれが何なのかピンときた。
ビッチ姉さんは一回千円が詰め込まれた貯金箱を、孤児院へと寄付していたのだ。端の方に写っていた電柱に書かれた『濡矛一丁目』の文字から、すぐに孤児院を見つけることが出来た。
「ええ、その方でしたら月に一度此方を訪れては、貯金箱を置いていかれます」
松之助は孤児院の責任者から話を聞くことが出来た。ビッチ姉さんのスワッピング写真を見せるとすぐに反応があった。
松之助はビッチ姉さんの意外なる一面に驚くと共に、ビッチ姉さんの慈悲深きその御心に、更に敬愛を深めた。
「えっ!? ビッチお姉さん来たの!?」
「お兄さんビッチお姉ちゃんの家族!?」
話を聞きつけた子ども達が、あっと云う間に松之助の周りを取り囲んだ。無邪気な子ども達の笑顔を見て、松之助はビッチ姉さんの死について触れることが実に後ろめたくなった。
「ビッチ姉さんな、引っ越しすることになったんだ……」
「えーっ!」
「やだー!」
責任者は松之助の険しい顔を見て、すぐに真実を察することが出来た。
「あのね、これ……ビッチお姉さんに渡して!」
一人の男の子がそっと、松之助にシールを手渡した。手書きの拙い字で『肉便器代表』と書かれたタトゥーシールには、ビッチ姉さんが如何に子ども達に愛されていたかが現れていた。松之助は居たたまれずに、逃げるように孤児院を後にした。
松之助は泣きながらビッチ姉さんの墓石に赴きしがみついた。ローション禁止を蔑ろにした青年によるヌルヌルで上手く立ち回れないでいたが、やがて諦めその場に泣き崩れた。
誰しもがビッチ姉さんの死を悼み、ビッチ姉さんとの想い出に浸った。
松之助も真夏のエアコンが壊れた部屋で過ごした七泊八日の激しい日々を胸に、ビッチ姉さんへ一心の愛を誓った。
濡れて尚そこに在らんとする菊の花や薔薇の花の数々に、松之助はビッチ姉さんの愛の深さを知った。
もうビッチ姉さんは戻らない。
色褪せて尚、ビッチ姉さんは彼らの中で生き続けるのだ。