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ココロと姫

作者: 大熊 なこ

 教えてください。心、とは何でしょうか。

心のこもった絵、心のこもった声、心のこもった……。私には何一つ理解できないのです。

 この前、図工の授業でお絵描きをしました。

 隣の席の田中くんは、お母さんの絵を書いていました。すると、先生が田中くんの席の前にやってきて、

「わぁー!田中くんはお母さんの絵を描いているのね!心のこもったすごく素敵な作品ね!」

 と、褒めていたので、私も母の絵を描こうと思いました。しかし、私は母の顔がわかりませんでした。母は居るのですが、顔がわからなかったんです。だから、仕方なく丸をたくさん、描きました。私としては母の顔にある大量の穴のようなもののつもりだったのですが、先生はそれを見た途端、私を叱りました。

「林さん、この時間何やってたの?」

 言い方は優しかったのですが、私のことを責めているように聞こえました。私は怖くて仕方なくって、自然と口角が上がってしまいました。猿の笑いです。

 いよいよ先生は怒り出して、授業の半分を私を叱ることに費やしました。そしてしまいには先生が泣き出しました。まるで私が悪いみたい。

「なんで、なんで、あなたはいつも、こうなの?」

 震えながらそう言っていました。


 クラスのみんなで劇をすることになりました。私はキラキラなお姫様の役ではなく、あまり動かない木の役をやることになりました。セリフはただ1つ。

「ザワ、ザワ。」

 私はクラスで影の薄い存在ですから、木の役はピッタリだったと言えるでしょう。

「おい、林。お前、木の衣装作っとけよ。」

 そう教えてくれたのは、クラスの人気者、近藤くんでした。

「どうやって、作るの?」

 私は、聞きました。が、声は届かなかったようです。近藤くんは、さっさと自分の練習に戻って行ってしまいました。彼は王子様の役でした。


 木の衣装なんて、作ったことがなかったので、私は途方に暮れました。クラスメイトに聞こうとしても、みんな忙しく、相手にしてくれません。私は、周りの人の衣装を見て作ることにしました。自分の持っている服に、色つきのビニールテープを貼り付けて、衣装を作っているようでした。


 家に帰る途中、茶色のビニールテープを買いました。そして次に、緑色のゴミ袋をあさってきました。とりあえず体にビニールテープを巻き付けて、そしてゴミ袋を被ってみました。なんとなく、木に見える。あまりにも似合っているので、なんだか面白くなりました。愉快、愉快。

 木には大抵、葉がついているので、ゴミ袋に葉っぱの絵を描こうと思いました。でも、それも出来なくて、丸をいっぱい描きました。

 翌日、先生はその衣装を見て、怒り出しました。丸は、いけないみたいです。

「先生、言ったよね。丸をいっぱい書くのは辞めてねって。お願いしたよね?」

 そう優しく呟く先生は、本当に気持ちが悪かったです。

「はい、すみませんでした、」

 謝り続けました。


 私は、この劇の用意の途中、あることに気がついてしまいました。それは、茶色のビニールテープを巻き付けてゴミ袋を被ることの楽しさです。いや、安心感といえばいいのでしょうか。あの空間は私にしか見えないと思うと、とても居心地が良いのです。



 放課後、家に帰って、なんにもない自分の部屋を見つめました。急に全てが嫌になって、緑色のゴミ袋を被りました。世界はぼやけて、優しいものに見えてきます。体を、ビニールテープでグルグルまきにしてみました。気持ちがいいのです。あぁ、愉快、愉快。私は、音楽をかけました。今度の劇で使うショパンの「華麗なる大円舞曲」という曲です。ここで、近藤くんは、お姫様と踊ります。私もそれに合わせてくるくる踊る。いつしか家の外へと出ていました。だけど、不思議。音楽はずっと流れています。頭の中で流れてるのかしらん。踊りながら森の中。今なら何でもできる気がします。お姫様にだってなれるのです。ゴミ袋を被ったお姫様は、汚い森へ消えていきました。



 そして彼女は、木になりました。




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― 新着の感想 ―
[良い点] おおう! これはどうなったのですか? 語り出しの「心のこもった……」は共感できますよね。でも「丸を書いてはダメ」というのは共感できない。 果たして主人公がまともなのか、それともこの世界…
[良い点] >母の顔にある大量の穴のようなもの なるほど……。丸。心を込めたのかどうかは知らんけど、思わず笑ってしまいました(^o^; これになんだか共感してしまう私も木になろうかな。 とりあえ…
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