ショート 抑止力は見た目から(再校)
小銃や拳銃の発砲音が響く町並みを見下ろしながら、ため息を吐いた。
身辺警護を付ける高所得者層も居れば、大金を払えない一般市民も居る。銀行強盗や凶悪犯罪の対応に手一杯で、他県の県警本部も疲弊しているようだ。民間人への被害は増える一方で、悪党どもの数は減らない。銃器と弾薬、爆発物を密輸している人物が、適当なチンピラに暴れさせて警察の対応を「観察」しているようにも思える。
根絶させるためには大きな力が必要だ。この街の誰もが、他の誰かがなんとかしてくれるのを待っている。徐々に明るくなる空の紫色と、澄んだ空気の黒を肺いっぱいに取り込む。数度深呼吸し、指先の震えが収まるのを待つ。
これから始めようとしているのは暴力を伴わない殲滅戦。覚悟が、決まった。
「出番だよ」と呟きながら試作品の表面を軽く撫でてやり、夜明けのバルコニーを後にした。
- - - - -
動物園からペリカンが脱走したというニュースを見てしまったのが、悪党どもにとっての不運のはじまりだった。
人気者のカッショクペリカンが大写しになる。大きなクチバシを広げ飼育員の投げた魚をキャッチし、咽喉嚢と呼ばれる首元のたるんだ器官をうまく使い、喉の奥へと魚を運ぶ。しかし、その和やかな映像を速報の赤い文字が横に切り裂き、町中で銃を乱射する強盗へと切り替わる。昔であれば逃走したペリカンを追い回す警官の姿が続いているはずだが、割くことの出来る人員など残っているはずもない。
ソファーに腰掛ける。ガラステーブルの上に乱雑に置いた政府向けの資料を見つめながら、今までのやり取りを思い出す。
超音波探査による遷音速飛翔体検知システムについては以前から防衛省へ提案していたものの、財源の捻出や承認などに阻まれて動かない。もし承認が降りたとしても量産・配備まで数年単位でかかり、その間にも死傷者は増えていく。それでは遅すぎるのだ。ソファーから立ち上がると共に、数人の有力者へと連絡を取る。特許のいくつかを売却した金で資材と開発チームを調達すると私はすぐに研究を開始した。
- - - - -
利益を追求するために技術を学んだ訳じゃない。誰かを守るための術が手元にあるのだから、守ってしまえば良い。地下のオペレーションルームへ続く昇降機に向かいながら、試作機との通信状況が良好であることをタブレットで確認した。ためらいなく、作戦開始の命令を下す。
リアクティブシールド理論は非常に簡単だ。半球タイプの隔壁を展開するまでの時間より、超音波探査で飛翔体のサイズと効果範囲を予測、防衛対象を囲む壁ではなく、飛翔物を膜で包む方が早いのだ。この子なら上空を旋回常駐するドローン型なんかより可愛らしいし、威圧感は無い。小中学生と同じくらいの背丈でコンパクトでもある。
ガラス越しに並ぶこの子たちが人を救う。ここまで共に歩んでくれたルーム内にいる同僚たち。彼らの視線はモニターに釘付けとなっており、様子を見守っている。空いている席の一つへと陣取り、メインカメラで撮影されたライブデータを再生する。
バルコニーから降り立った試作機が地面へと着地し周囲を警戒・偵察する様子が映し出される。反響した超音波は内部の羽毛にも似たアンテナでキャッチし走査した物体を照合する。建物の角から銃器を持った一団が曲がってくると、カメラは各銃器のスペックをいち早く特定し「防衛対象」のスキャンを開始する。
月が沈み切る前の、水色の月光をその鋼羽に受けながら。
総重量150kgのペリカンがアスファルトを蹴り、前進する。
手元にある武器を過信しすぎた一人が散弾銃をこちらに向けるが、他の仲間のように一度退散するべきだったのだろう。引き金にかけた指が動くのと同時に両翼を展開する。前面装甲を使い「周囲の建物」への被害を減らしつつ、防御力を誇示して相手の戦意を削いでいく。
そうだ、いいぞ。いつの間にか握りしめていた両拳を静かに胸元へ手繰り寄せる。自律行動はテスト通り問題なしだ。
「忠告します。その銃器では装甲を貫通できません。ただちに武装を解除し、最寄りの警察署へ出頭していただけますか?」
警告を受けながらも射撃を続けていた悪党が攻撃の手を止める。降伏するつもりなのかと思いきや、銃へショットシェルを装填しているようだ。赤いプラスチック筒にカメラが寄ると、側面の印字から"バードショット"であることが判明する。
「忠告を続けます。ペリカンは鳥類ではありますが、私はご覧の通り生物ではありません。よって皮肉が効いている事以外、その銃弾に意味はありません」
お構いなしに射撃を再開する悪党へと更に前進する。測距計のメートル数が一歩ずつ減っていくと同時に悪党の表情が歪んでいく。
「聞く耳を持たないのではなく、恐らく射撃音対策で耳栓か何かをされているのだとは思います。それでも忠告は3回しなさいとインプットされておりますので、形式上させていただきます。おひトリで勇敢に戦われているのは認めますが、投降してください。博士、恐らくこれも聞かれているのでしょう?」
ああ、聞いているよとマイクへ告げる。画面内の風景が小さく上下する。何かに納得したような、うなずき。
「あー、博士。通信状況がなぜか悪くなりました。これより音声の品質と品性が保証できませんのでご了承ください」
クチバシをショットガンの銃口に突き刺し、開く。銃身は端からフレームごと上下二つに裂けていき、呆然としていた悪党がようやく銃から手を離した。
「テステス。電波わりーなーどうしようかなー。誤作動でうっかりレコーダーがオフになっちまった」
首を大きく左に振りショットガンだったものを地面に叩きつける。そして腰を抜かした悪党の耳元にクチバシを近づける。
「もし私に"道徳心"が実装されてなかったら、今頃お前を八つ裂きにしていただろう。
"非武装の防衛ロボットが人間を八つ裂きにする方法"は14通りあるみたいだぜ」
声にならない悲鳴が聞こえる。ドスの効いた合成音声などインプットした記憶は無い。
「昨今の技術革新と"まだ"人間である事に感謝しろよ、チンピラ」
カメラが右に大きく傾き地面と平行になる。恐怖に引きつる顔が一瞬写りこむと青白い光が画面を覆った。搭載した無力化用の非殺傷電磁ショックが行使された証拠だ。
「博士、通信が復旧したようです。武装勢力のひトリを鎮圧しましたので座標をリンク致します。一部映像に乱れがありましたがお許し下さい。トリ乱してはおりません」
人間を守ってくれ。今考えればざっくりとした命令だが、細かい指示を与えない事で柔軟に対応出来る。
銃や火器で撃たれるのも撃つのも人間だから、過剰防衛も許されない。
アーマーを貫通する弾薬が開発されれば、それを防ぐアーマーが開発される。火力による抑止はさらなる火力を呼ぶだけ。防衛に特化した自律型ロボットを解き放ったら、どのような抑止効果をもたらすだろうか。
「博士、聞いていらっしゃいますか? 逃げた他の武装勢力を捜索しますか、それとも一時帰投でしょうか」
可愛らしさと強靭さを両立した、完璧な隣人が犯罪を駆逐する。
「おーい、編集の人ー。ここで一旦カメラ止めてくれ。アップする時にはカットでな。誰かそこのクソッタレの側頭部を固いもので一発ブチかまして現実世界に戻せ。テメエら人間の尻拭いをしてやってるのにお花畑にトリップしてる、そこの丸メガネだ。」
この日をどれだけ夢見たか。
「誰か自律行動規約に追記してくれ、博士に対してのツッコミは攻撃に該当しないって」
安心して動物園に行ける日が、またやってくる。
ーーーーー
街中を闊歩するペリカンにWeb販売の魚型バッテリーをあげる子供。写真撮影に応じるペリカンが、サービスとばかりにクチバシを大きく開ける。今ではさほど珍しくもない光景に少しにやけつつ、そろそろ別の機能も実装するかなどと考えながらドアの鍵を開けた。歓声に振り返ると通りを挟んで向かいにも居たようで、翼を広げてこちらへ向けて振っている。機械の冷たさを中和するペリカンの愛らしさ。自画自賛しながらドアを閉め、テーブルに荷物を置いた。
最初こそ混乱はあったものの、メディアの力というのは侮れない。悪党退治の様子は数分の編集作業を経て動画サイトへとアップされる。動画の広告収入により、ペリカンは一匹ずつ街に増えてゆく。再生されればされる程に治安は良くなる。世知辛い話だがボランティアにも金は必要だ。
観光客の消え去った動物園がどうなるか、知っているか? 悪党ども。
写真立てに手を合わせ、裏から期限切れのチケットを二枚取り出す。無邪気に笑う私と、父。作業着姿の父はペリカンに頭部をがもがもされつつ、カメラに向かってピースしている。まだ平和だった頃の最後の写真だ。考えなしに銃をぶっぱなす輩の少なかった時代。
テレビを点けるとどこかの銀行強盗を鎮圧中のようで、撮影者の前方で銃声が響いている。ペリカンの群れに向けて放たれたコンパクトミサイルがガツンという音とともにクチバシに咥えられ、そのまま飲み込まれた。たとえ耐爆コーティングの胃袋を爆炎が焼こうとも、私のペリカンたちが負けるはずはない。肉薄し強盗たちの頭をクチバシで挟み込み電気ショックで気絶させると共に静かになった。ズームした画面内のペリカンと、私の口がシンクロする。
「鉛玉なんかより、魚を寄越せってんだ」
今日もどこかの空で金属製の隣人たちが飛び、悪党どものケツをつっつきまわす。