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7.暴れ馬

前国王の軍勢とリアム王の軍勢とは圧倒的な数の差があり、誰もがリアム王の敗北を予想していた。


若造が少数の軍を率いて反乱を起こしたとあって、前国王軍はまともな戦略も立てずに正面から返り討ちにしようと待ち構えていたが、彼の持つ天才的な統率力と戦略の前にあっけなく崩れ落ちたのだった。


中でも第一騎士団の戦闘力は凄まじく、彼らを目の前にした敵軍はその圧倒的な力になす術もなく制圧されたと聞く。


(その第一騎士団団長が、まさかこんな優男だったとは)


エマの少し前を、張り付いた様な笑みを浮かべた水色髪の男が颯爽と歩いている。どうやら先程から数人の令嬢達にちょっかいを出されている様だった。


「騎士様、どうぞお名前を教えてください、王専属騎士様のお名前を知らないなど恥ずかしいですわ」


「騎士様の髪は本当に美しいのですね、触ってみてもよろしいかしら・・あらやだ、私ったらつい・・はしたない事を・・・」


顔を赤らめ上目遣いで見詰めてくる令嬢をノアは視界に入れようともしない。ただ令嬢達は、ノアの傍にいられるだけでも満足そうで、相手にされていない事など気にも留めていない様子だった。


ノアがなぜ令嬢に囲まれているかというと、先日届いた王からの招待状が原因だった。


招待状には、『交流を深めるために令嬢数人と王、そして王妃と共に王族の所有する領地で会食を行う』との内容が記されおり、領地までは馬で来るようにと指示されていた。


乗馬用の軽装に着替え、指定された集合場所へ向かうと、令嬢達の送迎を命じられたノアがいたのだ。


令嬢はエマを含めて5人招待されており、その中には初日の宴でエマを怒鳴りつけたエミリアもいた。エマを発見した途端に怨念のこもった視線を送り続けたが、エマ自身がエミリアを覚えていないため気にも留める事はなかった。


(領地を出てから乗馬など出来なかったからな、久しぶりに楽しめそうだ)


エマの暮らしていたカールソン領では、雄大な領地を移動する手段として馬が使われ、領主領民関係なく乗馬教育がなされる。


特にエマは、人では出しえない速さで颯爽と駆け抜ける感覚を大変気に入っており、『久しぶりにその感覚が味わえる』と今回の招待を嬉々として受けたのだった。


珍しくエマが心躍らせながら歩いていると、ふっと前方から獣の匂いがした。


「こちらからお好きな馬をお選びください。私が前を走り誘導いたします」


「っほぉ」


久しぶりにノアの声を聞けたためか、数人の令嬢が手を頬に当てため息をつく。


ノアの指し示す方向に目をやると、そこには50頭程の馬が入りそうな厩舎があった。軍用の馬にしては数が少なく、また中を覗き見ると手入れの行き届いた上品な顔立ちの馬が並んでいた。


(また、令嬢専用か)


莫大な財を持つ王宮の力に感心しながらも、教育の行き届いた大人し気な馬を見てエマは残念に思った。完璧に調教された馬よりも、気性の荒いくらいの元気な馬が好みなのだ。


一応全ての馬を見てみようと、広い厩舎を見回していると、建物の奥の方から声が聞こえた。


「っわ、こら、落ち着け」


(ん?)


声を頼りに進んでいくと、人目の付きにくい、入り口から最も離れた馬房へと辿り着いた。


「どうどう」


声の主は若い調教師で、彼を困らせているのは興奮気味の美しい白馬だった。


触れられる事さえ不快な様子の白馬は、調教師が手を近付け様とする度にその手を食い千切りそうな勢いで咬み付こうとしていた。


「この馬がいいです」


「え!?」


大人しく完璧に調教された馬達の中で、元気一杯に怒りを表現するその白馬は、まさに自分好みの馬だった。


突然背後から話し掛けられた若い調教師は、状況が飲み込めず混乱している様子でエマを見返す。


「申し訳ありませんが、この馬は大変気性が荒く、ご令嬢には到底乗りこなせるものではありません」


騒ぎを聞きつけてか、いつの間にか駆け付けたノアが呆然としている調教師とエマの間に入る。


「ご心配頂きありがとうございます。ですが私は乗馬を得意としておりますので、ご心配には及びません」


反対するノアを押し退け、目当ての馬へと近付こうとするが、その体はびくとも動かない。


「いえ、貴方が想像されるよりもこの馬は危険なのです。自分の力を過信してはいけません」


(随分なめられて・・・いや、心配されているようだ)


他の令嬢ならノアが心配する姿を見て赤面しながら意見を変えたのだろうが、男社会で生きて来たエマは、女だからと令嬢だからと自身の行動を制御されることが大嫌いだった。


「この馬はそんなに気性が荒いのですか?」


「は、はい、毎日世話をしている僕達でも跨る事すら出来ません」


ノアの存在を無視するかのように若い調教師に話を振る。失礼とも捉えられるエマの態度に動揺を隠せない若い調教師は、ノアへ戦々恐々とした視線を送りながらも質問に答えた。


「では、試してみましょう」


そう言うと、調教師に近付くふりをしてノアの隙を突き、馬との距離を縮めた。エマは素早い動作で馬の鼻元に手を当て、海の様な深い青色の目をじっと見つめる。


「いけません、カールソン嬢、お下がりください」


咄嗟の行動に反応が遅れたノアだったが、エマを馬から遠避けようと素早く腕を掴んだ。その時、


「グルル・・・」


「よーしよし」


先程まで怒りを顕わにしていた白馬が、目を細めながらエマに顔を擦り付けた。そんな白馬を愛おしそうに撫で回し、唖然とするノアと若い調教師の方へと振り返る。


「ね、得意だと申しましたでしょう?」


そこには、『ざまあみろ』と書かれたエマの顔と『ざまあみろ』と言ってそうな馬の顔があった。


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